366 冒険者の料理と変人の新しい玩具




 レオンとプルウィアも遅れてやって来たが、シウのいるテーブルが妙な雰囲気なのに気付いて別のテーブルへ行ってしまった。二人のところに人見知り傾向のシルトも向かったので、よほど王族の近くは居心地が悪かったようだ。

 他の生徒たちと、シウが持ってきた山菜のおかずを分け合っている。

 それらを見ながら、シウはジルヴァーの食事を終わらせると自分も食べ始めた。

 カルロッテたちはまだ途中だ。貴族の方々は食事がゆっくりなので、これが普通である。

「お料理が作れるのって羨ましいです」

「興味がありますか?」

 シウが話を振るとカルロッテは頬を赤らめた。

「ええ、とても。それに、冒険者としてお仕事をするのでしたら料理ができませんと」

 うん? とシウは首を傾げた。チラッとマリエッタに視線を向けたら、どこか遠い場所を見るような目をする。

 シウは苦笑を隠して聞いてみた。

「何かで読まれましたか?」

「ええ! 英雄物語で!」

 ぽうっとした表情のまま、カルロッテは続けた。

「『ロワイエの七大英雄物語』に出てきますヴィヴィアーナの若い頃は苦労の連続でしたのよ。女性ということでいつまでも下の者が行う仕事を……それでも諦めずに魔法の勉強を続け、やがて大魔女と呼ばれるようになったのです」

 七大英雄物語唯一の女性の話だ。作者不明のまま語り継がれている有名な物語だった。長らくフィクションだと思われていた物語だが、ここ数十年で発掘された古代書により裏付けが取れ始めている。

「『冒険者として働くためには料理の一つも覚えないと!』と先輩の魔女から教わってましたの。ヴィヴィアーナは持ち前の頑張りで覚えて、徐々に冒険者パーティーの胃袋を掴んだのです」

「なるほど」

「……ですが、わたくしの周りには作れる者がおりませんの」

 しょんぼり顔になったカルロッテに同調するかのように、マリエッタも肩を落とす。いくら下級貴族とはいえ貴族は貴族。彼女も下働きはしたことがないのだろう。少し離れた場所でそわそわしている護衛のアビスもそうした方面は苦手そうだ。

 シウは苦笑を隠したまま口を開いた。

「カルロッテ様が調理をする必要はありませんよ」

「それでは、冒険者として働く意味が――」

「あ、違います。そうではなく」

 シウは慌ててカルロッテの言葉を遮った。

「まず、魔法学校の生徒に泊まり仕事は回ってきません」

「え?」

「貴族が多いというのもありますし、まだ生徒ですから」

 あ、という顔になったカルロッテは口元を手で押さえた。

「それから、下っ端が調理担当というのはある意味正しいです。でも、作れない人も世の中にはいます。たとえば僕のパーティーメンバー、アントレーネは女性ですけど全く作れません」

「まあ」

「今はレオンが担当していて、あ、以前紹介したのですが。あそこにいます」

 シウが視線を向けるとカルロッテはそちらを振り向いた。気配を感じたらしいレオンもこちらを見て、二人はぎこちない会釈をしあった。

 何故かアルゲオがゴホンと咳払いする。

 カルロッテは、シウもだが視線を戻した。

「とにかく、レオンが調理担当です。彼は幼い頃から作り慣れていますから」

「ですけれど……」

「正直、全く経験のない人に教えている余裕はないですよ? そもそも他の冒険者パーティーだといちいち調理もしませんし」

「そうなんですか?」

「はい。調理をしているのは上級パーティーぐらいです。しかも、上級パーティーなら魔法袋持ちも多いから、さほど手をかけなくてもいいですし」

「そうなのですか」

 カルロッテは残念なようなホッとした様子だ。やはり料理に関して自信はなかったようだ。でも少しだけ憧れがあるのだろう。彼女は英雄ヴィヴィアーナに憧れているらしい。

「カルロッテ様。何かができなくても残念に思う必要はありません。何かできることが一つでもあるのなら、それでいいんです。何もなくても、いつかはできるようになります。諦めさえしなければ」

「諦めさえしなければ……。そうね。そうだったわ。わたくし、シーカー魔法学院に入ったのよ。諦めなかったからだわ」

「はい」

「シウ殿」

 カルロッテは背筋を伸ばして座り直した。シウも真面目に向かう。

「今はまだ自信がありませんけれど、戦術戦士科でもう少し学んでから冒険者ギルドに登録したいと思います」

「はい」

「その時にはどうか手ほどきをお願いいたします」

「はい。任せてください」

 シウは頷いて答え、その流れのままアルゲオに向いた。彼は身を乗り出しかけていたので固まった。

「アルゲオも参加するんだよね?」

「あ、ああ」

「だったら優先順位を間違えないようにね。リーダーは僕になるから、僕の指示で動くことを受け入れられるようになって」

「ああ、それは」

 分かっているというような顔だったが、シウはダメ押ししておく。

「君の判断で動かないということだよ?」

 チラッと視線でカルロッテを見る。アルゲオはサッと赤くなり、それから青くなった。

「シウ、お前」

「危険な仕事を受けるつもりはないよ。でも、どこで何が起こるか分からない。そんな時に命令系統を乱すような人がパーティー内にいたら、どうなるだろう? 一人だけじゃなく、仲間全体を危険に晒す。だから指示に従ってほしいんだ。そうでないとパーティーに受け入れられない」

「……わ、分かった」

「そんな悲壮な顔をしなくても、変な指示なんて出さないよ。ただ周囲の人にもちゃんと言っておいてほしいかな」

 何故なら彼の世話をする従者が今もシウに対して目を剥いているからだ。


 何はともあれ、カルロッテたちとの冒険者仕事はまだまだ先になる。




 午後は新魔術式開発科の授業があり、ここでも新入生がいた。彼等はヴァルネリの恐怖の早口授業はまだ受けられず、ラステアの補講を受けている。けれど同じ教室内だ。どうしても耳に入る。だからだろう、震え上がっていた。

 他の授業では生徒同士の他愛ない会話が一つや二つあるのだが、この授業だけは別だ。シーンとした教室内でヴァルネリの機関銃のように発せられる話と、ペンが紙をなぞるサリサリという音しか聞こえない。

 そうして最初の一時限目が終わると、次は復習を兼ねた研究内容の話し合いだ。

 ヴァルネリは最近は休みがちなシウには飽きたらしく、次の獲物を見つけてしまった。

「アロンドラ君、先日出してもらった論文だけどね」

「は、は、はいぃ!」

「君さ、ここの解釈がちょっと固いと思うんだ。でも発想はいいよ。それでね!」

 アロンドラは、ヴァルネリの研究で「複合魔法による固有魔法の発現」に付き合わされて、できてしまったらしい。

 研究対象でもあり生徒でもある。

 ヴァルネリが手放すだろうか。いや手放さない。

 憐れなアロンドラはこの調子で張り付かれているのだ。

 可哀想にと思ったファビアンが途中で助けていた。アロンドラは放心していたが。


 アロンドラと授業がずっと被って一緒だったオルセウスもいるが、彼はヴァルネリにまだ慣れておらず助けられなかった。ごめんね、とアロンドラに謝っていた。その彼女は呆然としたままだ。

「せっ先生に言われて仕方なく……それがまさかできてしまうなんて……」

「先生、新しい玩具を見つけたみたいな顔だったよね」

「まずいね」

 授業後にファビアンとオリヴェルも残って、一緒にアロンドラを慰めることになった。

「シウみたいに適当に聞き逃したら良かったんだけどね」

「わ、わたしも、そうしたかったんですけど。無理でしたぁ」

「僕みたいにって……。ヴァルネリ先生を躱すのは結構難しいよ」

 シウがぼやくと、皆が笑った。アロンドラだけ、しょんぼりしている。

「とにかく、五時限目は要注意だね。アロンドラ嬢が可哀想だ。シウ、君が相手をしてやればいいのに」

「……はーい、分かりました」

 嫌々返事をすると、やっぱり皆が笑う。アロンドラだけオロオロしていた。


 とにかく、次回は皆も協力してヴァルネリの気を引こうと話し合った。

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