365 食堂にて
授業が終わるとカルロッテが寄ってきた。少し興奮した風なので授業のことを話したいのだろう。
「食堂へ一緒に行きますか?」
「よろしいの?」
「僕は構いません。ええと、でも一応――」
アビスに確認するため振り返ると、彼女と侍女のマリエッタは同時に頷いた。問題ないようだ。
「大丈夫みたいですね。では行きましょうか」
「待て、シウ」
アルゲオが慌てて身を寄せる。彼はカルロッテがシウに寄ってくる前から目を光らせていて、まるで彼女の従者のようにピッタリ張り付いていた。そこまでしたらストーカーっぽくて、少々不気味だ。
「庶民もいるような食堂へカルロッテ様をお連れするなど失礼極まりない」
「学校内は平等だよ? 庶民どころか冒険者の僕だってサロンへ行く。反対に伯爵家の子息が食堂へ来ることもある」
「いや、それは」
「疚しい場所へお連れするわけでもないのに」
「やっ、疚しいなどと!」
「なんでも反対する人は嫌われるそうだけど……」
恋愛指南というわけではないが、つい最近ラエティティアから聞いた男女の機微について語ってみた。するとアルゲオの顔がみるみるうちに青褪める。
「ええと、嫉妬に駆られて行動を制限するのは男としての器が小さいとかなんとか――」
「わたしはそのようなことはしていない!」
「うん。じゃ、行動を制限するようなことはしないんだよね?」
「あ、いや」
「もしかしてお付き合いされてるのなら、僕の口出すことではない、かもしれないんだけど」
「おっ、お付き合いだなどと」
はしたないことを言うな、と目を剥いて怒られてしまった。
一応、ここまで二人とも小声で話していたのだが、最後のところで声が大きくなってしまった。
カルロッテが困惑したままチラチラ見ているので、シウは笑顔になる。
「あ、じゃあ、行きましょうか」
「待て、シウ!」
「アルゲオも一緒に行く?」
シウが笑顔のままで聞いてみると、彼はぐっと喉を鳴らした後に渋々といった様子で頷いた。
先に進んでいたエドガールとシルトたちに追いつくと、歩きながら改めてカルロッテを紹介した。
本来は、これぐらい気軽な方がいい。ここは誰もが平等の学校なのだから。
カルロッテも気楽に挨拶をしている。
エドガールは失礼にならない程度の略礼だ。シルトは挙動不審で、結局エドガールの従者のフリをして挨拶を回避していた。
やがて食堂に入り、いつもの場所へと辿り着く。
「あ、シウ、今日の昼は――」
「シウ、ここが空いてるぞ……」
話しかけてきた友人たち全員がぽかんとして見ている。カルロッテを連れてきたからだ。学校に通う王族のことはもちろん皆が知っている。他国の王女であってもだ。
「同じ授業を受けることになったから、どうせなら一緒に昼食をと思ってお誘いしたんだ」
「へ、へえ……」
「すごいな、シウ」
「そういう問題か?」
小声でこそこそ言いつつ、皆サッと席を用意してくれた。
クレールとディーノは顔を見合わせ、目で語った後に皆を上手く分けてくれる。
「君らはこっちの席に移るといいよ」
「俺たちと交代しよう。あ、そっちはテーブルを固めてな。プルウィアが来るかもしれないから、端の席は空けておこう」
皆、指示通りに動く。その間にエドガールがカルロッテを自然な様子で席に案内してくれた。その後ろから付いてくるアルゲオを同じテーブルに付ける。彼等の侍女や従者は世話をする者だけ置いて離れた。
世話係にはクレールが食堂のシステムを説明している。ディーノの従者でもあるコルネリオも手助けしようと連れ立ってカウンターへ向かった。
シウは先に作り置きのおかずを他のテーブルへ置いた。すると生徒たちから小声で話しかけられた。
「シウ、いきなり王女様をこんなところに連れてくるなよ」
「驚いたじゃないか」
「シウってすごいんだな」
「俺、もう驚かないって決めたのに」
「分かる。ジルヴァーのときで驚くのは終わったと思ってたよ」
皆、口々に言いながらも目はテーブルの上に釘付けだ。
「今日は山菜シリーズだよー」
春に芽を出す山菜は今が柔らかくて食べ頃だ。天ぷらにしたり、おひたしにしたりと大量にある。中でも食べ盛りの少年や青年たちにとって、カリッと揚がった天ぷらは大人気だ。
他に、筍を使った炊き込みご飯もある。良い鰆も先日手に入れたので唐揚げにしていた。
新玉ねぎをスライスして湯がいたアスパラと混ぜ合わせ、マヨネーズ少々と軽く醤油を掛けて、最後に鰹節をぱらり。これが美味しいのだ。
最初は山菜も野菜も苦手に思っていたらしい彼等は、シウが美味しそうに食べるので徐々に洗脳されて今では好んで手を出している。
未だに野菜を苦手としているのはプルウィアぐらいだ。それでもシウのおかずを食べる時は必ずどれも口にするよう心がけていた。幾つかに一つは「美味しい!」となるかららしい。
従者たちが主の食事を持ってきた頃合いを見計らって、カルロッテたちのテーブルにも大皿を取り出す。
「僕が作ったんです。良かったらどうぞ」
残りはコルネリオが従者たち専用のテーブルに持っていってくれた。彼等も交代で食事を摂る。
「まあ、シウ殿。これを全部あなたが?」
「はい。作りました」
カルロッテと、世話をするマリエッタが驚いた。
「ジーク兄様にも聞いてましたが本当にすごいのですね」
「そ、そう言えばラトリシア王族の方々にも料理を披露したとか」
アルゲオが横から話を振ってきた。シウは頷いて苦笑する。
「シュヴィ、えーと、ポエニクスのシュヴィークザーム様にお菓子作りを教えたのが始まりでね」
シュヴィークザームの趣味と言ってもいいぐらい、今では専用の厨房に入り浸っている。彼のロシアンルーレットお菓子は相変わらず王族を震えさせているようだ。しかも――。
「最近はヴィンセント殿下もお菓子作りをされるらしいよ」
通信でシュヴィークザームが教えてくれた。ロトスいわく「ドヤ顔」が想像できるような声で「我が教えてやっている!」と自慢していたものだ。
「ヴィンセント殿下が?」
「まあ、素敵!」
前者はアルゲオ、後者はカルロッテだ。前者は眉を顰めた様子で、後者は言葉通り。
アルゲオは慌てて言葉を取り繕おうとした。
「あ、いや、素晴らしいことだ」
クレールとディーノが苦笑を隠して、横を向く。それに気付いたアルゲオが顔を赤くした。
その後も会話が続くのだがアルゲオが尽く間に入るので、何やら妙な具合になった。
鈍いシウでも気付くのだ。カルロッテだって彼の下心に――という言い方をすると大袈裟かもしれないが――気付いているらしいからこそ、困ったように微笑んでいた。
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