364 自由とは何か、戦術戦士科の新入生たち




 シウの睨みは意外とバルバルスに通じたようだ。

「あ、ああ。言わない。誰にも言わない。……その、誓約魔法も掛けられたし。いや、そうじゃなくても言わない、だから睨むなって」

 と、思ったが違った。バルバルスはシウに対して怯えているわけではない。彼が慌てたのは、空気を読んだイグがこちらに来て睨みを効かせたからだった。しかもブランカまで一緒になって唸っている。彼女の場合は半分「楽しそう!」とやっているだけだ。騎獣の言葉はあまり理解できていないバルバルスはひくっと喉を鳴らして仰け反っている。

「あはは。とにかく、彼もバルたちと同じだよ。見つかればどういう目に遭うか分からない。だから認識阻害を掛けてるんだ。街では転変しない。隠れて山奥で、ようやく元の姿に戻るんだ。可哀想だけど仕方ない。この大陸では『聖獣は王族に献上する』ものと決まっているからね」

「そんな、そんなの、ひどいじゃないか。あいつだって自由に生きたいだろ」

 シウは微笑んだ。バルバルスがロトスのことを思って語るからだ。

「そうだよね? ロトスは自由でいたい。特に彼は他の聖獣と違って生まれた時から特殊だった。その意識は最初から高みにあって、自由だった。囲まれた生活は彼には不幸でしかない。だからこそ隠れて生きてるんだ。変だよね? 自由でいたいのに自由がないなんて」

 バルバルスは愕然とした顔だ。改めてその不自由さを想像したからだろう。

「ロトスを自由だと思ってた? 僕らは恵まれている? 確かにそういうところはあるね。バルたちのように、厳しい環境にはなかった。……でも大なり小なり、生きてる限り、不自由さはどこにでも誰にでもあるんだ。そして解消したいと願ってる」

「……俺も、自由になりたかった」

「うん」

「皆、諦めきっていた。そんなのは、俺は嫌だった」

「そうだね」

「……俺から始めたらいいんだよな? あんたはそう言った」

「そうだね」

「よし。やる。あんたのことを信じる。教えてくれ。いや、教えて下さい」

 バルバルスが頭を下げる。シウは微笑んだまま頷いた。

 ブランカには念話で(乗ってもいいよ)と伝える。じわじわ近付いていた彼女は喜んでバルバルスに飛びかかった。もちろん手加減してだ。

「うわっ」

 これでブランカはバルバルスに唸ることはないだろう。シウが許した「遊んでいい相手」だ。

 たとえばシウが、ロトスと本気で喧嘩をしたとしても、ブランカはロトスに対して唸ることはない。ロトスがシウの仲間だからだ。バルバルスもまた、そういうことになる。



 雑談を終えると魔法の勉強だ。

 装備変更に認識阻害も、無属性魔法を使う。ただしレベルが3以上必要で、レベル1の気配察知、レベル2の探索などを使って上げていく。

 闇属性魔法も使えたらいいのだが、彼等には備わっていない。種族特性というものらしい。そういう意味ではシウは規格外だ。もちろんこれは神様からのギフトでもあるのだろう。血筋といったって突然変異はある。たとえばトイフェルアッフェの特殊個体も突然変異だろうと思っている。

 とにかく、闇属性がないため使えない複合魔法はあるものの、それを補って余りあるスキル持ちだ。

「夜目スキルがなくても山奥で暮らしていたら覚えられるし、気配察知でなんとかなるね。あとは精霊は視える、と。だったらアストラル体も視えるのかな? いいなあ」

 シウがぶつぶつ呟いていたら、バルバルスが聞いていた。

 シウのことを変な目で見る。

「アストラル体が視たいのか? 変な奴だな」

「精霊が視える人には分からないよ」

「……拗ねてる? いや、まさかな」

 バルバルスは首を傾げながら小声で何やら言うと、また探索を繰り返した。そろそろレベルが上がりそうなので今日中に装備変更が覚えられそうだ。


 バルバルスに指示している間、シウは暇である。だから交代で戻ってくるフェレスとブランカに交互に乗った。

 クロはロトスに連れて行かれたままなので、斥候役でもしているのだろう。今はもう彼等を感覚転移で視ていないので分からなかった。

 フェレスと小川を遡って上っていく訓練は、水の抵抗感があって良かった。ブランカはなんなく走れるが、フェレスは大変そうだ。それが彼のやる気に火を付けて、何度も何度も小川を駆け上がっていく。途中ロトスが連れて行こうとしたが、いかなーい、と答えていた。

 楽しいことが好きなフェレスが珍しいものだと思ったが、この水の抵抗が気持ちいいらしい。

「だったら今度、もう少し急な川で遊ぶ? 魔法なしで駆け上がるんだよ。難しいだろうねー」

「にゃっ!」

「あ、やるんだ? そっか。じゃ、本当に探すよ。地力が付くから良い訓練になるしね」

「にゃ?」

「もっと速く走れるようになるし、大きな男性二人を乗せても足腰がへばらないってことだよ。疲れないってことかな。飛行ももっと速くなるだろうね」

「にゃ! にゃにゃにゃっ!!」

「うんうん、分かった。でも今度ね。今日はここで頑張ろう」

「にゃっ」

 何やらメラメラとやる気になっている。飽きないといいのだが、その時はその時だ。ブランカか、何かで釣って頑張ってもらおう。

 シウは幾つか川の候補を脳内で選びつつ、フェレスの訓練という名の遊びに付き合った。


 その間にバルバルスは順調にレベルを上げ、夕方には装備変更も覚えていた。

 戻ってきたロトスがそれを知って内心で驚いていたのが面白かった。彼は魔法の覚えに波があり、悔しく思ったらしい。もっともロトスの場合は勉強嫌いのせいだ。それに彼の集中力は途切れやすい。

 今ではレベルも上がっていて、使える魔法は多かった。ただ種族特性でもある分身魔法が一切使えていないのが悩みと言えば悩みだ。本人もちょっぴり気にしているようなので「そのうちなんとかなるよ」と言っている。





 金の日の授業に出るため、シウたちはまた《転移》で戻った。ロトスは週末までいるとのことだから置いていく。


 翌日、戦術戦士科の授業が行われる体育館の小部屋へ入ると、新メンバーが増えていた。カルロッテだ。ついでにアルゲオもいた。教師のレイナルドは大変嬉しそうだった。

 別にカルロッテが王女、アルゲオが上級貴族だからではない。二人もの生徒が増えたこと、そして彼等に付随する多くの人も参加するであろうからだ。

 特にアルゲオには取り巻きもいる。ラトリシア貴族の子息までもだ。彼等は生徒で、正式に授業を受けるため入科してきた。

 戦術戦士科ではお付きの人の参加も了承(むしろ奨励)されているから、護衛も含めて一気に増えた。

 シルトは知らない人が増えたことで緊張しているようだった。尻尾がゆるく振られている。チラッと見ると、彼は慌てて尻尾を隠した。触らないと言っているのに、ずっとこれだ。シウは半眼になりつつ視線を逸らした。


 レイナルドとクラリーサが新人たちに基本的なことを教えている間、シウたち既存の生徒は自主練習だ。ストレッチはもちろんのこと組手を各自で行う。

 シウもその間はサークルの中にジルヴァーを入れておく。大抵は授業に参加しない誰かのお付きの人が見ていてくれるのでお任せしていた。

 この日もクラリーサのお付きの他に、カルロッテの侍女マリエッタが嬉しそうに名乗りを上げていた。

「もちろん触りませんよ? 触りませんけれども、ぜひ、お傍で!」

 みんな希少獣が気になるし、赤子が大好きだ。どうぞと笑って彼等に頼んだ。

 自主練習の後は、レイナルドがやって来て恒例の見立て訓練となる。

 シウは大体、訓練に必要なものを作るためメンバーから外れる。ジルヴァーを抱っこしてから、言われるままに岩場を作ってみたり木々を配置した。

 初めて見る人はぽかんと口を開けて見ているが、これも見慣れた光景だ。

「おかしいだろ……体育館の小教室で……岩? 建物?」

 アルゲオも何やら零していた。

 カルロッテは目を輝かせていたが。







**********


「魔法使いで引きこもり?」五巻は7月30日に発売予定です。コミカライズ版二巻も同時期に発売予定。

正式に決まりましたら追ってご連絡いたします。

どうぞ、よろしくお願い申し上げます!!



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