355 目眩と古代竜たち




 その日は夜遅くまで調査を続けた。

 たとえば遠く離れた地中深い地底湖から流れ出る水が、どうやってイグの住処である山中までやって来たのかも分かった。

 重力石グラウィタスと呼ばれる不思議な鉱石のせいだ。

 シウもオーガスタ帝国の初期の頃に発行された一冊でしか読んだことがないため、真贋を見極められなかった。

 その本では大昔、空に島が浮かんでいたというのだ。

 読んだ時にマンガみたいだと思ったことがある。いや、前世で観たのはアニメだったか。入院中に子どもたちと並んで観た覚えがある。

 だからこそファンタジーだと思って信じていなかった面もあった。が、よく考えれば、この世界は魔法のあるファンタジーの世界なのだ。

 本では浮島の土台に重力石が使われていたと書かれてあった。そのせいで重力に逆らってふわふわと浮いていたらしい。

 シウは《鑑定》を続けて頭が痛くなるのを感じながらも、作業を続けた。これは心地の良い疲れだ。

 重力石は地下水の流れが突然変わる場所に必ずあった。この鉱石が浮かないのは上部に山々が連なるからだろう。あるいは周辺をミスリルで囲まれているからかもしれない。なんらかの作用を及ぼし合っているのだと思われた。

 想像するのも楽しく、ずっと魔法を使っていると――。

「あれ?」

 くらっと目眩を起こした。

 イグがこちらを見ている。

([……おぬし、分かっておらぬようだが魔力の使いすぎぞ])

「あ、うん、でも」

 シウには魔力庫があるのだ。使っても途切れない魔力の。

 だがしかし、イグは大事なことを教えてくれた。

([普段から多量に使っておらぬなら、魔力を流す道は狭いと思わねばならん。少しずつ使っているつもりかもしれぬが『探査』も『鑑定』も、距離が離れていれば使う魔力は膨大ぞ])

「あ、そうなんだ」

([まったく。神の愛し子とはいえ、おぬしは人間であろうが。死なぬとも体には負担がかかると何故考えん。第一、わしが言うのもなんだが、この一帯は『竜の巣』よ。ただの人間がまともにいられる場所ではない])

 呆れた調子で言うので、イグに言われてもと思っていたシウも素直に受け入れた。

([おぬし、使ってる魔法は地味だが魔力は派手に使うの])

 シウは苦笑して、その場に座り込んだ。座ってしまえば自分がどれほど疲れているのかが分かった。体力だとか、そうした問題ではない。頭を使いすぎた精神的な疲れだ。

 頭もぼんやりする。

「今日はここで休んでいっていい?」

([もちろんだとも])

「連れてきてもらったお礼は明日ね」

([うむ!])

 イグは嬉しそうにきっきぃーと鳴いて、シウに近付いた。そして前足で触れるや、いきなり転移した。彼のベッドの上にだ。

 どうやら大盤振る舞いをしてくれるらしい。大事なベッドに寝かせてくれるようだ。

 シウはお礼もそこそこに、その場でぷっつりと意識を投げ出したのだった。




 翌朝、朝ご飯を食べた後にお礼の宝石を渡した。

「プルプァで見つけたピンクオレンジの石だよ」

([おおお!! 素晴らしい、なんという輝きか!!])

 一番大きく、カットも上手くいったものをイグにプレゼントする。彼は大層喜んでくれた。

「イグの好みは濃い色かと思ったんだけどね。これも綺麗でしょう?」

([濃いものは人間が持ってきたものよ。わしは美しいものが好きである!])

 大変強く宣言され、シウは少々引いた。

 でもならば、薄い色合いのものも好きだということなら、まだたくさんある。

 なにしろ濃い赤や紫よりも多く採取してきたのだ。

「それより小さくてもいいのなら、他にもあるよ。ピンクやオレンジ単色もあれば、イエローが強いのも。あとね、イェーダーでは金剛石を多く掘ってきたんだ。このあたりはカットに失敗したから輝きがいまいちだけど、これなんか黄色みを帯びて美しいと思わない?」

 シウの説明に、イグは首を縦に振った。そのうち踊るかのように身を捩る。きっきぃーと鳴いているのでかなり嬉しいらしい。

([もう新たな石は愛でられないものと思うておった。それがどうだ。わしでも見たことのない石があるではないか!])

 一番大きく美しいピンクオレンジなどは頬擦りして嬉しそうだ。シウはちょっとどころではなく、かなりドン引きになった。けれど「うちの子も似たようなものか」と思えば微笑ましい。

 シウは更に取り出してみせた。

「人間の価値観からすれば高価じゃないらしいんだけど、こういうのもあるよ」

 透明なピンクの石だ。赤い宝石の劣化版だと思われているようだが、フェレスたちが気に入っていたために大量に採掘していた。中でも面白い形にカットできたものをイグには見せたのだが。

([まるであやつの魔核のような色と形ではないか])

「あやつ?」

 シウが首を傾げると、イグは振り返って大きな髑髏を――つまりイグの水筒代わりの入れ物のことだが――見やった。

「え、あれ? アルヒコヒェロナのこと?」

([そうだとも。あれの魔核は美しい色をしておった。同じ形のな])

 シウの手のひらほどもあるピンクの石は卵型に整えられている。元の形が変形の菱形だったからだ。これをカットして卵型にした。

「こんなに大きいんだ……」

([大事にしておったのに、ちょいと目を離した合間に盗まれてしまったのだ!])

 怒りがぶり返したのか前足をダンダンと踏み鳴らす。

([あれほど美しい魔核は久しくなかったというに!])

「……ざ、残念だったね」

 シウが引いているのに気付いたイグは、ハッと動きを止め、取り繕うように「きっきぃー」と鳴いた。

([うむ。とにかく、そうしたことがあったのでコレは――])

「あ、どうぞ。献上します」

 イグは今度こそ本当に踊った。


 ベッドの下にいそいそ仕舞おうとするイグを、シウは止めた。

「また盗られるよ?」

([ハッ! そうだった!])

「魔法袋作ってあげたのに」

([つ、つい癖が出てしまっただけだ!])

 イグはそう言うと慌てて首輪型の魔法袋に石を仕舞った。ついでにベッドの下をごそごそ探して宝物を引っ張り出している。

 決まりが悪いのか、彼はシウにも宝物を見せながら「これをやる」「これもやろう」と投げてきた。いいよと断っても無理に渡してくるので《鑑定》しながら仕舞っていく。

 中には彼の同胞の鱗もあった。いいのだろうか。シウが顔を上げて鱗を摘んでいると、イグが気付いて頭を振った。

([それは赤いやつのだ])

「フルヒトヴルカーンの?」

 今も生きているらしい古代竜のもののことかと思って聞いたのだが、イグは首を横に振った。

([あれの姉妹か一族か、どれかよ。小娘が挑んでくるので相手をしてやったこともある。我らの中では戦闘的な娘であったな。若いというのもあったろうが。……そのせいでどこぞの大型魔獣と死闘を繰り広げ、ようよう勝ったと思ったところで人間どもに後ろからやられたらしい])

「そうなんだ」

 卑怯な真似でもしたのか、イグのトカゲ顔が歪んだように見えた。口調も忌々しげだ。

([もう一頭の赤いのが怒り狂ってな。わしが押さえ込まねば、あの大陸は破壊され尽くしただろうよ])

「そうだったんだね」

([ま、その際に美しい鱗をもろうたというわけだ。それぐらいの役得はあっても良かろう])

 その感覚がシウには理解できないのだが、イグたち古代竜にとっては普通のことらしい。しかも同胞の赤い古代竜も鱗などを拾って帰ったという。シウが「墓に入れるためだろう」と思ったのにイグはわざわざ、勘違いを正してきた。

([前から美しい鱗だと思っておったらしくてな。飾り物にするから半分寄越せと言うのだ。わしも広い心で譲ってやったのよ])

 本当に彼等の感覚が分からない。

 けれども、暴れた後に納得した赤い古代竜は去っていったという。

([死んでしまったものはしようがないではないか。むしろ白いのがおかしいのだ。今でも墓守をするなど、不思議なものよ])

 そんなことを言うが、イグには分かるはずだ。

 愛したものと同じ姿を取る古代竜だ。イグも愛したトカゲの姿を選んだ。死んで体は朽ちただろうし、彼等の考えでは遺骸は「ただの物」と成り果てたのだろう。けれど、愛した気持ちは残った。

 白い古代竜たちも、その思いを大事にしているだけだ。

 そこにいれば、かつて愛したもののことを思い出せる。ましてや生きていた頃と同じ姿でいるのだ。そのままにしたいと思うのも不思議ではない。

 そんな気がしたシウだ。










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コミカライズ版、27日に公開予定です

 ニコニコ静画→http://seiga.nicovideo.jp/comic/35332?track=list

 コミックウォーカー→https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF02200433010000_68/


いよいよラエティティアのパーティー仲間たちが!


って書いてて思ったんだけど、第二部の355話というところまでついてきてくださってる方々にはネタバレしてもいいんだっけね!!


てことで、キアヒとキルヒとグラディウスの登場回です。

編集さんに「顔面偏差値高いっす」って喜びの声を送った回。

ちなみに編集さんはティアの「あまのじゃくなお姉さん感が、ものすごく好きです」とのこと。マジすかマジすか。

好みが合っていて良かったです。






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