356 イグの本当の姿




 竜苔の採取がメインだったのに、サナティオという効能の高い新種の薬草も発見できた。高濃度聖魔素水も汲んでいいとイグが言うので有り難くいただく。

 泉から流れ出ていく先を《探査》すると先が分かれ、地下水へと紛れて薄まっていくようだった。しばらくは生き物に影響するような場所へは出ないようだ。どこかで地下水が現れるところや汲んでいるところがあったらと心配したが、少なくとも魔人族の気配は感じられない。

 シウは、朝からずっと延々流れ出る泉の水を汲み続けた。

 午後になると、イグが突然とんでもないことを言い出した。

([白いのを見に行くか?])

「え?」

([おぬし、わし以外の古代竜を見たことがないのであろう?])

「いや、うん、そうだけどね。寝てるだろうに邪魔することはないんじゃないかな」

 イグはむっと口を閉じて考える仕草だ。そもそも、シウは「生きている古代竜」は見たことがない。イグはあくまでもトカゲ姿なのだ。

 そう言うと、イグは口をパカッと開けた。

 しばらくして前足で顎をカリカリと掻き始めた。

([そうであったな。おぬし、わしの本来の姿を見たことがなかったのか])

「うん。白の古代竜より先にイグの本当の姿を見たいなあ」

 イグは嬉しそうにきっきぃーと笑った。


 その場で転変するかと思ったが、イグは何を思ったのか外へ出ようと言い出した。

「まあいいんだけどさ。変なの」

 ベッドの大きさや住処の洞穴の広さからも、転変して平気だろうに。シウは首を傾げつつイグが示すままに入ってきた道を逆に辿った。

 外が見えて、崖を見下ろす。改めて見ると随分と険しい場所だというのが分かった。

「出たよ?」

([うむ。では、そこで見ておれよ])

 そう言うやイグはシウの肩から下り、更には岩棚からも飛び降りた。

 あ、と思う間もなく、悪寒に近いような強大な魔素の塊が広がるのを感じた。ざあっと急激に膨らんだ魔素の中心は間違いなくイグだ。

 シウが見下ろそうと岩棚の端に寄れば、すでにイグは転変した後だった。

「すごい!!」

([ふふん。どうだ、わしの本当の姿は])

「すごい、すごい! 格好良いね!」

 シウは自分でも驚くほど、興奮した。ああ、これが竜に憧れる少年とやらの気持ちなのだ。どこかで冷静な感想も抱く。

 なにしろ目の前の古代竜ドラゴンは、今まで見てきた竜種とは比べ物にならないぐらい大きくワイルドだったのだ。水晶竜や水竜など、子どものようなものだ。大きさも倍近いなら、存在感に至っては雲泥の差がある。

 竜種と呼ばれている彼等と、古代竜は全く別物だということも本能で理解した。

 水晶竜を頂点とした竜種たちは、あくまでも飛行ができる竜系統の種族であって、ドラゴンではない。

 本物の竜はこんなにも力強く、太い。がっちりとした体型は戦闘に特化したかのような姿だ。ただそこにあるだけで途轍もない生命力を感じる。

「うわー、これが本物のアンティークィタスドラコなんだね!」

([そうだとも。下位の竜どもと一緒にしてくれるなよ])

 イグは嬉しいのか鼻息が荒かった。むふーむふーと、離れているのに息が感じられる。彼はホバリングしながらシウに対面していた。どこか自慢げにも見える。でも自慢したくもなるだろう。これほど格好良いのだ。シウは彼を褒め称えた。

「イグ、すごい。黒錆色の鱗が映えてて美しいし、首も太くて強そうだよ。頭から尻尾、じゃなかった竜尾までのラインも素敵だ! 前足も太いんだね。後ろ足も蹴ったら、どんなものでも壊せそう。翼なんて飛竜とは比較にならないほど分厚くてしっかりしてるし、それなのに内側の模様は繊細なガラス細工のように美しい」

([お、おお、そうか。おぬし、意外と見る目があるな])

「角も太くて格好良いね。重くないの?」

([重いはずがなかろう。見よ、わしのこの立派な体を!])

「あ、そうだね。首も太いね。それにしても魔素が濃いなあ。その大きさを維持して飛ばすんだから、そりゃあ膨大な魔力がいるよね」

 彼から放出されている魔素の流れがすごすぎて、これは確かに普通の人ならば怯えるだろうと思った。

 改めて、トカゲ姿の時は「抑え込んでいる」と知れた。この力を凝縮させて内包させたまま過ごすというのは、それだけでも能力が高いと分かる。彼は魔法の才能もまた備えているのだ。

 シウは、もっと魔法について模索する必要性を感じた。むくむくとやる気が湧いてくる。

「イグ、僕、もっと頑張るよ!」

([おお、そうか。何やら張り切っておるな。まあ、なんだ。おぬしは愛し子とはいえ人間よ。もっと頑張らねばなるまい])

 ちょびちょびと使っていた魔法をもっと頻繁に使う練習も必要だ。体から放出する魔素の道を太くすることも。同時に、広げた道を凝縮させることもだ。自在に操れるようにならなくてはいけない。

「イグ、ありがとうね。ここに連れてきてくれて」

([うむ。礼儀正しいものは、わしは好きだ。よし、そうだ。特別におぬしを乗せてやろう])

「いいの?」

([もちろんだとも。ほれ、頭から乗るがいい])

 イグは岩棚に頭を近付けた。飛竜の頭の上に乗ったこともあるシウだが、さすがに古代竜の頭部を踏むのは躊躇しかけた。けれども本竜がいいと言っているのだ。まあいいかと、ぴょんと飛び乗った。

 するとイグはぐぐっと頭を上げて、それからぐるりと回転した。シウがなんとかバランスを保ったまま頭部に立っていると、彼は楽しそうに咆哮した。

([はははっ! わしの頭に平然と乗りおる!!])

 え、ダメだったの? そう思ったが、イグからは楽しそうな気配しか感じない。だったらいいかと、シウは気にしないことにした。

([わしの角に紐でも引っ掛けておけ。持てぬだろうからな。これから、おぬしに見たことのない世界を見せてやろう!])

 シウは了解した。すぐさまロープを取り出して角に引っ掛ける。一応、空間魔法で自分を取り囲んで固定しようとはしたのだ。けれど、すぐに解除した。生のまま古代竜との飛行を感じてみたい。

「できたよ」

([よし。では、参ろうか!])

 イグはもう一度回転したあと、ぐぐっと上空へと飛び上がった。そして思い切りの咆哮を上げる。決して攻撃魔法が出たわけではないのに、まるで波動砲のような強いものが出たように感じた。それぐらい、古代竜の咆哮とは別格なのだった。



 見下ろすと、イグの住処は黒っぽい岩が続く険しい山が続く。岩棚のところが一番高さがあって、上空から見れば深い。切り立った崖、という言葉がこれほど似合う場所もない。シウたちがあちこちに作っている休憩所のひとつ「崖の巣」よりも垂直の長さがある。

 遙か下に岩場ばかりの山がいくつか繋がり、北へ向かって茶色の地面が続く。

 南側は険しい山並みだ。《遠見》で確認すると、徐々に草木の生える普通の山となっている。いや、普通と言っていいのかどうか分からないが。

 なにしろ、イグの住処がある山から南側はずっと三角錐のような山が延々続いているのだ。人の足ではまず踏破できないだろう。低いところを遠回りにして進んだとしても、低い場所は切り立った岩場が続いており歩きづらそうだ。草木が生えるようになった場所まで辿り着いたとしても、さて、中継地もなしに森の中を歩ける人間がそういるとは思えなかった。もっとも、クレアーレ大陸には人族ではなく魔人族が住んでいる。彼等ならここまで来れるのだろうか。

「イグ、魔人族ってこの辺りに来る?」

([来るわけなかろう])

「あ、そうなんだ」

([もう一つの住処になら、近くまで来たことはある。盗まれたのもそこだ])

「ふうん」

 シウの曖昧な返事を気にせず、イグは続けた。

([稀に、あのあたりまで来たのではないかという形跡はあるな])

 前足で指差したのは茶色い地面の向こうだった。山とは反対側の、平地だ。所々に小さな森があり、岩場がある。けれども何もない、本当に生き物の気配さえ感じない延々と続く平地だった。

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