353 骨の入れ物と新たな草と泉の水




 骨とはいえ実物を見たのは初めてだ。

 シウはじっくりとアルヒコヒェロナの髑髏を観察してみた。ところどころに補強の跡があるが、大雑把な仕上がりだ。白乳の木から出てくる樹液と精霊魂合水晶を混ぜたものを塗りたくっている。内側には、よく分からない土が込められていて、人間の手仕事ではないなと思った。

 はたして。

([ああ、そのひび割れはな、わしが直した。まったく、ちょっと落としただけで割れるとは、あやつの頭蓋骨も大したことはないようだの])

 どこから落としたのか、どういう状態だったのかは分からないが、想像できて笑う。この骨を運ぶ時は古代竜の姿に戻っていたのだろう。適当に運んで落としたに違いない。入れ物として持って帰ろうとしたわけだから惜しかったのか。人間のやることを真似したか、あるいは彼の元からあった知恵なのか。白乳の木の樹液が使えることを編み出した。

 その作業をしているところを想像すると面白い。

「水飲み用に使ってるんだね」

([どこかへ行く時にはな、これに汲んで持っていくのだ。何、水筒のようなものよ])

 勇者や英雄と呼ばれる者が時々彼に戦いを挑みに来たことは、シウも知っている。

 イグは彼等と付き合ううちに言葉を覚え、人間の生活を学んだ。彼等の装備についてもよく知っている。水筒とは違うが、そうした説明を過去にもしたのだろう。

「飲ませてあげた英雄はどうなったの?」

([感謝しておった。そいつが、変な奴での。度々やって来ては語っていったのよ])

「そうだったんだ」

 その英雄が国に帰って語り継いだおかげで、しばらくは人間に襲われることもなかったらしい。

 襲われてもイグは全く平気なのだが、やはり住処の近辺をうろちょろされるのは気に入らないらしい。

 ようするに、人間にとっての鬱陶しい蚊やハエのような存在なのだろう。

 その後は快適に過ごしたそうだ。

([わしの飲みさしたものをな、大事に持って帰っておったな。その時にたんまりと宝石をもろうたのよ])

「聖水よりも美味しいなら、きっと効能も高かったんだろうね」

([たった、あれぽっちでのう。まあ、わしは宝物が増えたので構わんのだが])

 イグは話し終えると髑髏の中からよじ登って、また岩場に下りた。

 そして右前足を前方に向ける。

([ほれ、あそこがわしのベッドで、床に苔が生えておるだろう])

「うん」

([全部持っていって良いぞ。ああ、ベッドの周りのものは残しておくようにの])

「はい」

 シウが礼儀正しく返事をするとイグは満足そうに頷いて、きっきぃーと鳴いた。


 イグの住処は丸い形にくり抜かれた、広い場所だった。

 天井には穴が開いており古代竜の姿でも下りてこられそうだ。転変した姿ではあちらが出入り口になるのかもしれない。

 その真下に泉がある。こんこんと湧き出てくる泉は、シウが入ってきた場所とは反対の方向へ地下に向かって流れ落ちている。

 この泉や地下水に繋がる場所の周辺一体を苔が覆っていた。近くには草がよく生えた一帯がある。シウが《鑑定》すると名前は出てこないが効能は出た。つまり名前として確立はしていないが、効能はシウの理解の範疇だから出たというわけだ。

「少量だと気持ちの安定、浄化、癒やされる? 量を増やせば悪いものを排出する……」

 小さなつやっとした丸い葉を千切って口に入れた。もぐもぐして再度、自分自身を《鑑定》してみた。

「うーん、あー、抽出して」

 独り言を呟いていると、イグがのしのしやって来た。

([わしのベッドを食べておるのか?])

「あ、ごめんね。気になったから調べてた」

 イグは怒った様子もなく、前足でくいくいっと辺りを指し示した。

([このあたりは端っこだ。食うても良いぞ])

「ありがと」

([……食うのか?])

「あ、ダメだった?」

 シウが慌てて振り返ると、イグは少し固まって、それから動き出した。

([構わんがの。わしもたまに食べる。そうだのう。稀にな、魔人どもがくだらぬ魔法を掛けてくるのでな。そうした時に含むと黒い変なものが飛び出てきて、すっきりするのだ])

「……それは魔法じゃなかったのかなあ? 呪術のような。無事で良かったね」

 イグはまた動きを止めてシウをジッと見た。数秒して、鼻から息を勢いよく吐き出す。

([ふん! 少々気持ちが悪かっただけよ。決して、わしが弱かったわけではない])

 イグの自尊心を傷付けたようだ。シウは謝った。

「ごめんね。イグが弱いなんて思ったことないよ。でもほら、気持ち悪いの、嫌でしょ」

([そうだの!])

 四つの足で踏ん張って、胸を反る。その姿が可愛くてシウは微笑んだ。

「イグ、この草も少し分けてもらっていい? イグを気持ち悪くさせるような魔法ってことは、きっとすごいものだと思うんだ。僕なんかじゃ、きっと死んじゃうね。それは困るから、この草を使って薬を作りたいんだ」

([うむ! おぬしのような弱い生き物には必要じゃろう! 持っていくがいい])

 それから、自分のベッドになる部分を歩いて示した。ここからここまでがわしのベッド! とトカゲ姿で駆け回るので、シウはまたしても笑いそうになった。もちろん耐えた。イグのご機嫌を損ねたくなかったからだし、彼の面白い姿をもっと見ていたかったからだ。


 クローバーの極小版のような小さな丸い葉っぱは、上へ積み重なるように伸びていっている。意外と強く弾力があった。寝転んでも元に戻るのだ。そうした形状だからこそ、イグのような古代竜が――ベッドの範囲からして彼は元の姿で――寝てもペチャンコにならずに済んでいるのだろう。

 竜苔も魔法を使って採取しながら、目の前の不思議な草について詳細な《鑑定》を続けた。自分でも飲み込んで確認してみる。そうと予想して知識を引き出し、考えているうちにハッキリとした効能も分かってきた。

 想像通りなら、すごい薬草となる。

 シウはこの草に便宜上「サナティオ」と名付けた。古代語で「癒やし」という意味だ。イグのベッドとして長年利用されていた。イグを癒やしていた草だからだ。

 もちろん効能にも合わせている。

「極々少量なら、リラックス効果で。プロフィシバと聖水を混ぜれば、体の中の悪いもの全てが出るんだろうな」

 イグがどのようにして飲み込み効能を導き出したのか、話を聞いているうちに推測した。

 この泉の水は聖水よりも清らかな水ということになる。それを飲み、サナティオを食んだ。体の中に入れられた悪いものは、それに耐えられなかった。

 しかし、人間が飲むには基材となるものが必要だ。これらは高濃度すぎるし、飲むための媒体、馴染ませるものとしての基材がないと難しい。

 英雄が飲めたのは死にかけていたからか、あるいは何かと混ざったのかもしれない。

 となると、プロフィシバがちょうど良い気がする。

 実験する必要はあるが、シウはそう結論付けた。


 泉の水も《鑑定》してみた。

 以前、オリヴィアにもらった聖水と比べると、遙かに純度が高い。ついでに魔素水とも表示される。濁ったもののない純粋な水だ。

 試しに、昔、水竜が死んでいたコルディス湖の水を取り出してみた。

「《鑑定》っと、あー、純度が違うんだ。面白いなあ。こうやって表示されるようになるのか」

 調べたいと思った通りに、詳細が脳内につらつらと流れていく。

 微生物や水草などの溶け落ちたものが混ざった水だから、とうぜん濁りがある。当時、魔法で細かなものを除去して空間庫に入れたとはいえ、溶け込んだものについてはどうしようもない。いや、今ならどうにかなるのかもしれないが、普通はそこまで考えない。

 なにしろ飲用水としては十分に、むしろ上等の部類に入るほどなのだ。ましてや魔素が溶け込んでいる。

「そっか、ここの水は何万年にも渡って濾過された、本当に純粋な水なんだ。聖なる水になったのは……どこかに光属性魔法と関係のあるものが作用しているのかな」

 シウは気になると、とことん気になる質だ。

 ベッドで飛び跳ねているトカゲ、もといイグに声を掛けた。

「ねえ、イグ。ここ《鑑定》して調べてもいい?」

([構わぬぞ])

 と言うので、遠慮なくやることにした。

 ついでなので、この洞穴内部も軒並み調べてみる。特に阻害されることもなく、鑑定結果がつらつらと表示されていく。

 その間に、シウはそっと泉に手を入れた。

「冷たい……」

 純粋すぎるものは、時に人には害となる。シウの体に異変でも現れるかと思ったが、そうしたことは見えない。《鑑定》してもだ。この場合、無害化魔法は関係ない。魔法ではないからだ。けれどシウには神様からギフトとしてもらった不死がある。これは怪我をしてもすぐに治り、病気にもかからないという優れものだった。

 けれど、全く何もないということはない。風邪にかかってもすぐに治るだけだ。

「あまり吸収されてないのかな。古代竜と人間は違うってことか」

 高濃度の魔素水、高純度の聖水は、そのままでは人間に上手に浸透しないようだ。

「プロフィシバと混ぜて魔力を込めることで、人と混ざれる物にまで『落とす』ことが大事なんだ……」

 もしどこかでレシピを公開することがあっても、聖水はただの聖水がいいだろう。この、聖水を超えた何かは人の手には余る。


 全くイグは、なんてものを教えてくれたのか。

 とんでもない存在を知ってシウは溜息を漏らした。けれどその顔は楽しげで、つまりシウは全然「とんでもない」とは思っていないのだった。












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