別大陸と古代竜

352 出発と転移とイグの寝床




 アントレーネと赤子たちが、イグと会話にもならない会話をしているところ、シウは声を掛けた。

「そろそろ行こうか」

([うむ])

「あ、ジルを頼んでいい?」

「ぴゅ、ぴゅ!」

 離れると気付いたジルヴァーが慌てて手を伸ばすが、それより早くアントレーネに押し付けた。彼女は笑って受け取る。

「ジル、あたしの抱っこじゃ嫌かい?」

「ぷぎゅ……」

「ふふ。あたしの子と一緒に遊ぼう。いい子で待ってたらシウ様がちゃあんと褒めてくれるよ?」

「ぷぎゅ」

「分かったんだね? よしよし。あんたは賢い子だ。どこかの誰かみたいに『やだやだ』って駄々をこねないんだからね」

 そんなことを言われているのに、ブランカはシウに前足でカリカリしている。彼女の体格でやるからもちろん押されてしまう。シウを支えているのはロトスとフェレスだ。フェレスは単純にシウにくっつきたくてくっついてるらしいが。

「ぎゃぅぎゃぅ、ぎゃぅぎゃぅ」

 シウどこか行くの? 一緒に行きたい、と駄々っ子である。

 どうやら雰囲気を感じ取って「長く離れる」と悟ったらしい。こういうところは賢いのだ。

 シウはブランカの顔を撫でて、宥めた。

「ブランカが留守番して、皆を守ってくれたら嬉しいなあ」

「ぎゃぅ」

「フェレスが隊長だけど、フェレスだけじゃ大変だと思うんだ。ブランカは重量級だし持久力もあるからなー。すごく頼りになるんだけど」

「ぎゃぅ! ぎゃぅぎゃぅ!」

「そう? 頑張ってくれるの? 嬉しいなあ」

(シウ、棒読みすぎ。もっと心を込めて!)

 シウはロトスの念話を笑いながら聞いて、それからフェレスを振り返った。

「フェレスも隊長として頑張ってくれる? ブランカと一緒に」

「にゃ!」

 こちらは素直な返事だ。彼はお仕事の後にはご褒美があると知っている。シウに思う存分甘えてゴロゴロできるのだ。マッサージもブラッシングも好きなだけやってもらえる。

 何よりもシウに褒めてもらえるのが嬉しいらしい。

「にゃにゃにゃ!」

「うん。じゃ、皆のことを頼むね。さて、最後になっちゃったけど、クロ。おいで」

 クロはふわふわ飛んでいたが、シウが呼ぶとすぐさま飛んできた。

「きゅぃ」

「いつも我慢させるね。帰ってきたら手のひらブランコしようね」

「きゅぃ!!」

 手のひらで包んでゆらゆらと揺らすのが彼の好きな甘え方だ。案の定喜んだので、シウはなでなでした。

「レーネも悪いね。それにロトスも。バルバルスの教育も任せちゃうけど、よろしく」

「あたしは全然!」

「俺もー。たまにゃ働かないとな!」

 普段働いてないような発言をするが、最近のロトスは冒険者としてもシウの付き合いでも十分働いている。これは彼なりのフォローだ。

 シウはジルヴァーにも「待っててね」と声を掛け、赤子たちを撫でてからイグに合図した。


 イグはぴょんとシウの肩に飛び乗って、

([では転移するぞ])

 そう言うや転移した。

 見ていたロトスたちのビックリ顔を目に焼き付けて、シウは他人の転移に不安定感を覚えたのだった。





 距離が離れているせいか転移している時間が十数秒にも感じた。

 しかしイグは、

([一瞬であったろう?])

 と言った。

 やはり他者の転移について、空間魔法の持ち手(特に個の転移を行う者)からすれば違和感や時間がかかったように感じるらしい。

 ロトスたちは遠いところへ転移しても何も言ったことはないので、これは空間魔法の持ち手同士の問題だろう。

 帰りはシウが転移してイグに確かめてもらうのもいい。

 それはそうとして、まずは転移した場所だ。

「うわー、ここがイグの住処?」

([そうだ。なかなかであろう。ここは入り口の一つでな。景色が面白かろう?])

 むふっと嬉しげだ。胸も反らしている。

 そこは切り立った崖で、振り返れば天高く聳える黒い岩の多い山々だった。見下ろせば遙か遠くに茶色の地面が見える。どこまでも続く不毛の大地のようだ。ところどころに岩場や小さな森があるが、閑散とした景色だった。とても寂しい。

 シウたちが転移した場所は崖の途中の岩棚になっており、大きく口を開けた洞穴があった。奥が見えないほど先が続いている。

 この真っ暗な先にイグの本当の住処があるのだろう。ここはイグにとっての玄関なのだ。

「お邪魔します」

 シウがそう声を掛けると、イグは嬉しそうにきっきぃーと鳴いた。


 イグを肩に載せて、シウは洞穴を進んだ。内側が黒い岩でできており真っ暗闇である。ただ、闇属性の《夜目》を使ったり光属性の《明かり》を使うほどではない。シウには《全方位探索》があって、それらの感度を強めたり弱めたりして使えば意外と問題なく行動できる。よしんば、それを切ったとしても、爺様が闇夜の中で歩く方法を教えてくれた。あのスパルタの経験があるので、シウは大抵のことに動じない。

 もちろん多少の緊張は必要だが、気配を感じながら進めば問題ないことだ。何よりも家主のイグがいる。シウは気にせず奥へと進んだ。

 いくつか分かれ道はあったものの、先細りしていたり空気穴だったりした。わざわざイグに聞かずともいいだろうとスタスタ進めば、イグも案内しようという気持ちは失せたようだ。シウの肩の上でのんびりと寛ぎ始めた。

([ここは美味い水が湧き出てくるのでな。草などもよく茂っておる。だから良い寝床のひとつというわけよ])

 ベストの胸ポケットから宝物を取り出して見ている。やっていることと話していることが違って、シウは笑った。

「その草と一緒に竜苔も?」

([さよう])

「その湧き水は魔素水なのかな」

([美味いのでな。そう、魔獣に汚染されておらぬ。そのため純粋な美味さがある。わしらは甘露と呼んでおったが、さて、大昔に人間の誰だったかが……])

 宝石をポケットに戻して、イグは悩み始めた。

 シウは気にせず進んだ。いよいよ奥に辿り着きそうだ、というところでイグが前足に力を込めた。

「痛いよ、イグ」

([おお、すまんすまん。思い出したぞ。あれは英雄なんとかという男が死にかけていたのでな、哀れに思って最期の雫として与えたのだった。それをあやつは『聖水』と呼んだ])

 大きく開けた場所へと足を踏み入れ、その景色を見ていたシウは自分の肩を見た。

 肩に乗るイグは、左前足を持ち上げた。まるで挨拶するかのようだ。

([浄化されているとな。これほどの純粋な聖水は知らない、と騒いでおった])

 英雄との邂逅の場面もおかしいが、魔素水が聖水と同じとは知らなかった。いや、もしかすると魔素が練り込まれた水にも「レベル」があるのかもしれない。

([わしは飲み水はここのものと決めておる。死にかけの英雄に出会った時はたまたま転移したばかりでの。ほれ、あそこにある入れ物。あれに泉の水を入れていたのよ])

 指差した先には、一体何の魔物か魔獣の頭部だろうかと悩みそうな、大きな骨が転がっていた。

「あんなもので水を汲んでるんだ」

 苦笑すると、イグはぴょんと飛び降りた。するするっと進んで入れ物に飛び込む。

([何を言うか。これは戦利品だ。こやつめ、身の程を知らずにわしに挑んできたのよ。ふん! 返り討ちにしてやったわ!])

「ふうん」

 何という魔獣か骨を見ても分からなかったので《鑑定》してみると、アルヒコヒェロナと出た。

「あー、大亀の魔獣かあ」

([鑑定したのか。骨を見て分からんのか、いかんのう])

「そうは言うけど、今の時代にアルヒコヒェロナはいないよ?」

([なんだと?])

「古代に絶滅したとされる魔獣だからね。ペルグランデアングイスと同じく、古代帝国時代に消えた幻の魔獣って言われてるよ」

 大昔に存在した魔獣は大型で、ペルグランデアングイスもアルヒコヒェロナも小さいもので十メートル、大きくなれば五十メートルにもなる。どこの怪獣大決戦かと、この話をしてあげた時にロトスが叫んでいた。

 今の時代に、ここまで大きい魔獣はほぼ存在しない。グラキエースギガスの十メートルでさえも異常に大きいと言われているのだ。

 もっとも竜、いやドラゴンを同じ範疇に入れていいのなら、その限りではないが。

 この話をすると、ややこしくなるのでシウは黙っていることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます