346 結界魔法と封印魔法
トイフェルアッフェの群れ全てを倒すと、それらを空間庫へ放り込んで崖の上へと戻った。時間にして一時間も経っていなかったはずだ。
が、何時間もそのままでいたかのように、ロトスもバルバルスも固まっていた。声を掛けても動けず、まるで油の切れた機械のようにぎこぎこと座り込んでしまった。
フェレスだけは至って普通だ。
「にゃー。にゃっにゃっ。にゃふぅ!!」
いや普通というよりは興奮していたが、いつも通りだった。かっこいい、シウはすごい、ふぇれもやりたかった!
そんなフェレスを撫でている間に、ロトスが先に復活した。そしてバルバルスも息を深く吐いて動き始めた。
その場に《結界》を張る。ただの結界魔法のものではない。シウの空間魔法を用いたものだ。
「結界魔法は、同じ固有魔法を持っている者ならば意外と簡単に解除できる。持っていなくても、僕のように複合魔法が得意な魔法使いならば解除は可能だ。あるいは結界魔法のレベルよりも高い攻撃力のある魔法を持っていれば、強引に壊すことができる。さっきの、見たよね?」
「あ、ああ……」
「茶色のあいつは、結界魔法を持っていなかった。でも『波動砲』というスキルを持っていた。その攻撃力で結界魔法を壊したんだ。意味は分かるよね?」
畳み掛けるように話すシウへ、バルバルスは目を合わせようとはしなかった。というよりも、シウがドサッと地面に下ろしたトイフェルアッフェの死骸から目が離せなかったのかもしれない。
緑がかった茶色の個体は、首を落としているというのに今にも動き出しそうなおどろおどろしさを彼に与えているようだ。
シウは脅すつもりはなかったが、そのままにして話を続けた。
「以前、僕が倒したトイフェルアッフェの変異種は《結界破断》スキルがあった。それを使って、ゲハイムニスドルフの封印を超えたんだろうと思う」
「けっかい、はだん……」
「あるいは封印魔法にも掛ける人によって『手』は違う。やり方や、穴も出てくると思う。僕はそうした穴を幾つか見付けたことがある」
「えっ」
「ロトスも一緒だったから知ってると思うけど――」
「あ、シウが直してたやつだな」
ロトスはバルバルスよりも立ち直りは早く、いつもの調子で会話に混ざってきた。
そんな彼に、バルバルスは怪訝そうな視線を向けた。
「直す、だと? 封印魔法だぞ……」
「な。そう思うよな。でも、シウはやっちゃうんだ」
バルバルスは今度はシウを見た。どこか、奇妙なものを見る目で。化け物とまではいかないが不審者扱いは間違いない。
シウは困った顔で笑った。
「封印魔法は持っていない。でも、僕には空間魔法がある」
バルバルスは目を見開いた。
「鑑定魔法もある」
「え?」
「実は他にもいろいろ使える。複合魔法が得意なんだ。使っていると固有魔法に格上げになって、結界魔法だってもちろん使える」
「な、そんな」
「そういう人間もいるということを君は、君たちは知っておくべきだ。アポストルスだけを脅威に思うんじゃない。アポストルスよりも、むしろ封印魔法を壊せる人間が出てくるかもしれないことを考えなければならない」
「封印魔法を壊す……」
「かつてのハイエルフたちがどうやっても勝てなかった大型魔獣を、封印できている。その力はアポストルスなんかよりもずっと強大ですごい。けれど、誰かが破壊するかもしれない。それは人間かもしれないし、中にいる魔獣かもしれない。対抗できる力を身に着ける必要がある」
いつ生まれるか分からない「大型魔獣に匹敵する勇者」に頼らなくてもいいように。
「全身全霊をかけ、魔力を尽くして封印作業を行ってきたゲハイムニスドルフにならできるはずなんだ。本当はアポストルスよりも強いってことを、知ってほしい」
シウは具体的に説明した。
「封印魔法は結界魔法の上位版でもある。ヒラルス長老は『そうではない』って言ってたけどね。でももしも血脈だけを縛るためのものなら、そうではない生き物は通れるはずだ。けど、今まで魔獣は村の外壁を超えたことはなかった。だよね?」
バルバルスは頷いた。
「封印魔法のレベルを上げよう。レベルは5が最高値じゃない。僕自身が証明している。鑑定魔法はレベル5という数値のままだけど、実際のレベルは上がっていると実感があるんだ。空間魔法もね。ただの空間魔法で結界魔法よりも高度な結界を張れると思う?」
魔法の勉強はあまりしてこなったのか、バルバルスは答えられなかった。
本来、魔法が得意な種族のはずなのに。
「僕は空間魔法で水晶竜、クリスタルムドラコと呼ばれる竜たちの住処を囲んだよ。竜の大繁殖期に突入したせいで周辺に魔素の暴走を起こしかけたんだ。つまり、彼等ごと『封印』したんだ」
「……封印、空間魔法で?」
「そう。スタンピード対策に必要だった。時々、視てるけど問題なく作動してる」
「……固定されてるってこと、か」
「封印魔法はもっと上位の存在じゃないのかな。僕はそう思ってる。レベルを上げたら攻撃にもなりうる」
バルバルスだけでなくロトスまで怪訝そうな顔になった。シウは人差し指を立てて、告げた。
「敵対してきた者を人型に囲んでしまえばいい。数分で死ぬだろうね」
「え……?」
「うわ」
(えげつない! シウ、えげつないぞ!)
(いや、だって)
念話できゃんきゃん騒ぐロトスを無視し、シウは続けた。
「以前トイフェルアッフェを倒した時に、どう倒せばいいのか分からなくて幾つかの方法を試した。彼等は空気がなくてもしばらくは死なないと思う。けど、人間は死ぬ。封印魔法っていうのは空気を通す結界魔法よりもずっと上位だから、あっという間に死ぬだろうね。空間魔法はそのあたり柔軟だから、どちらも選べるけど」
酸素がどうということは分からないまでも、閉じ込められたら死ぬ、ということはなんとなく理解したようだ。バルバルスは青い顔で俯いた。
「自分の周囲に封印魔法による警戒システムを構築するのもいい。敵対する人間が近付いたら気付くように。そして気付いたら瞬間的にその場所を封印してしまう」
「そ、そんなことが、できるようになるのか?」
「なる」
シウは断言した。
バルバルスは地面に横たわるトイフェルアッフェを見ると、そのままの格好でシウへ告げた。
「だったら、覚えたい」
シウはもちろんと快く答えたのだった。
その場で早速解体することにした。
「シウはスパルタだからなー。諦めろ。な」
「……あんたの方が厳しいと思ってた」
「何言ってんだ。俺の方がずっと優しいっての。シウは甘いけど、鍛えるって決めたら超厳しいんだ。あー、でもそれも、甘いからだろうけどな」
聞こえているのだが、二人はぼそぼそと解体に四苦八苦しながら話している。
シウはとっとと魔法を使って解体を続けていた。
「甘いから厳しい?」
「そ。将来な、俺らが困らないようにって考えてんの。あれは親バカってんだ。とにかく、懐に入れたやつに対して甘すぎる! でもま、それで俺も生き残れた。他にも助けられた奴いっぱいいるよ」
「そう、なのか」
「お前もさ、拗ねてぐちぐちして引きこもってるより、すっげースキル貰ったんだ。使いこなして『俺無双』やれよ」
「お、俺無双?」
「チートだぞ、チート。お前、性格的に向いてると思うからさー」
「ロトス?」
シウが口を挟むと、ロトスはやべっと口にも顔にも出して、慌てて解体用ナイフを動かしていた。
あらかた解体を終えると、またフェレスに乗って移動する。
シウだけ先行して飛ぶのでバルバルスは緊張しているようだった。シウのことは「強い」と認識していて、だからこそ護衛として近くにいないことが不安な様子だ。
けれど何かあれば封印魔法を使うよう言い含めたため、悲壮な表情で緊張したままフェレスに乗っている。
フェレスはちょっぴり、この人やだなあという態度だ。手綱を変に引っ張り、騎乗帯の上からでも分かるほど締め付けてくるからだろう。
後でご褒美が必要だなとシウは考えながら《感覚転移》を切った。
最初に殲滅した群れに比べれば、驚異となるような魔獣の住処はなかった。けれど境界線に近い場所や、群れとして拡大しては困るような巣を見つければ倒していく。
ロトスもバルバルスも、もちろんフェレスにも手を出させない。シウが一人で魔法を使ってあっという間に片付けた。
その頃にはもうバルバルスはシウに反論する気持ちも、また虚勢を張るような態度も見せなくなっていた。
会話をすれば素直に応じるし、目付きも随分とおとなしくなっている。
黒の森の異様な気配を肌に感じながら殲滅を見続けたのだ。反抗する気持ちも失せたのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます