344 バルバルスとの会話
シウの甘い勧誘の言葉に、バルバルスはすぐに頷くことはなかった。
逡巡しているのは顔を見れば分かる。でもそれでいい。彼に「思慮」が生まれた証拠だ。
「ロトス、片付け全部やってくれたんだ。悪いね」
「いんや。大事なお話だろうしな」
「あ……」
バルバルスが、しまった! という顔になる。
「おう、気付いたか。そうだ。お前は今このパーティーでは下っ端なの。こういうことはお前がやることなんだ。分かったかー?」
「あ、ああ」
ムッとしかけたバルバルスは、しかしロトスの「パーティー」という言葉を聞いて飲み込んだ。
「俺たちは竜人族とは違うからな。お前を連れていって黒の森を見せてハイ終わり、じゃない。俺たちは真実を見せる。どんだけ怖い思いをしようが、それは罰だ。シウは甘いから口にはしないだろうから俺が言うけど、お前は仲間の持ち物を盗んだんだ。命に関わるようなものだ。それは一生忘れるんじゃない」
「……分かった」
「そん代わり、それを忘れなきゃ、お前はちゃんとした人間になれるんだからよ」
(自分がどんだけ恵まれてるのか、そん時に気付けばいいんだ)
ロトスは愚痴めいた言葉を伝えて、それから溜息を吐いた。
彼らしくもなくお説教モードだったので、疲れたようだ。
本来シウが言うべきことだったのかもしれない。けれど、彼は何やら思うことがあったようだ。
バルバルスのことを鍛えてやると、グラキリスにも約束していた。
兵士を教育したことで彼の中に何かが生まれたのかもしれなかった。
その後、ギガスラーナの解体も済ませてから移動した。
次からの魔獣討伐はシウが全部行った。バルバルスたちの見える場所まで引き付けて待ってから倒した。倒すところも見せた方がいいだろうというロトスの意見でだ。
クロもブランカも辺りを警戒し、フェレスに乗ったバルバルスを守るという形で傍観させる。フェレスは人を乗せている「仕事」をしているから平然としていたが、ブランカは時折「ぎゃぅぎゃぅ~」と参加したい素振りを見せていた。
シウの露払いが早かったこともあり、なんとか夕方には黒の森近くまで進んだ。
到着後すぐさま野営の準備に入った。バルバルスにも手伝わせ、テントを張ったり竈を設置したりとやっていく。ロトスは魔獣避け薬玉のことを説明しながら周辺の木々に取り付けていた。
ずっとシウが結界を張ったり、あるいはシウが作った結界の魔道具を使うなどして便利に活動してきた。最近レオンがパーティーに参入したので「普通の」冒険者として動くことも多かった。ロトスもそれを見てしっかり身についていたので教えるのも様になっている。
ロトスは普段は明るく、どこかフラフラしたように見える。けれど実際は真面目にものを考えているし、素直な性分だった。人に教えるのもシウよりずっと上手だ。
なんだかんだで、バルバルスはロトスの言うことを聞いている。時折、若者らしいふてぶてしさのようなものも見え隠れするが、命じられたことは嫌々ながらもやり通していた。ロトスが上手く操っているのもあるのだろう。
シウは竈まで出来上がったところで、料理作りに入った。
ロトスは念話で、
(下っ端にやらせようぜ)
と言っていたが、さすがに今日は疲れただろう。フェレスに乗っているだけとはいえ、慣れない森の中の移動だ。
シウは「甘いなー」と言われながら、魔法袋から取り出す体でいつものように空間庫から大量の食材を取り出したのだった。
バルバルスはシウの料理を食べたことがほとんどないようだった。昨日も慣れない料理に怖気づいて、村の女性が作った見慣れたものに手を出していた。
今回はそうはいかない。シウが作ったものしかないからだ。バルバルスは何度か迷った末に食べ始めた。
少し経つと、心持ち早食いになった。
ロトスがニヤニヤしながら見ていたけれど、何も言わなかった。シウも黙ってお皿を近付けてあげたり、次の料理を出したりした。
見張りは交代で行う。
そう告げた時のバルバルスの顔はひどかった。
「お、俺の時にもし魔獣の気配を読み取れなかったらどうするんだ」
「死ぬね」
「死ぬな」
肩を竦めてみせると、バルバルスは怒鳴った。
「そうしたら、誰が俺を守るんだよ! どうやって逃げたらいいんだ!」
「いやあ、清々しいほどの自己中発言」
「ロトス」
「だってー」
ロトスは唇を尖らせてポーズを決めたものの、すぐにニヤニヤ笑いでバルバルスに向いた。
「俺らが死ぬってことは、そん時はお前はもう死んでんじゃね?」
「なっ」
「言っとくけどフェレスもブランカも、お前が命令したって乗せないからな」
ロトスの台詞にバルバルスは見透かされたと思ったのか、顔を真っ赤にした。
「俺は!」
「まあまあ、落ち着け。お前はな、なんですぐ短気を起こすんだ。頭を使えよ」
「な、なにを」
「だからな。見張りを交代で行う、って先輩冒険者に言われてよ? 絶対無理、怖いって思ったから自己中発言になったんだろ? だったら、お前、こう言えよ。『気配察知に自信がないから一緒に当番やってください』って」
バルバルスはポカンとして、ロトスを見た。
「誰も教えないなんて言ってないだろ」
「そうだね、言ってないね」
シウも後押しする。するとバルバルスが小さな声で返した。
「……い、一緒に当番、やってくれ」
「もう一声だなー」
「そうだね。先輩に頼む言葉遣いではないしね」
シウがまたロトスの肩を持つと、バルバルスは恨めしそうな視線をくれたものの言い直した。
「魔獣が来ても、俺では対応できないと思う。一緒に、やり方を教えてほしい」
「うっし。それでいいんだよ」
「じゃあ、ロトスと同じ組でいい?」
「えっ、俺? 今度はシウでいいじゃん」
(なんでさ)
(飴と鞭の、飴版? おじいちゃん、いろいろ教えてやんなよ。俺はモフモフしながら寝るんだー)
(自分もモフモフのくせに)
(へっへー。羨ましいんだろー)
そう念話で告げるや、ロトスはテントに入っていった。今日は彼が先に寝るらしい。フェレスとブランカも眠そうだったので、後を追うようにと勧めた。ついでにジルヴァーも連れて行ってもらう。彼女ももう寝なければならない時間だ。クロはまだ起きているようだったので、呼び戻す。
バルバルスは拍子抜けしたような顔でロトスの姿を視線で追い、それからシウを見て小さく溜息を吐いていた。
結界の魔道具を野営地の四隅に置いているが、いつものシウが使うものではない。
時折、魔獣がやって来ては抜けようと試みる。それがいかにも破られそうで、バルバルスはビクビクしていた。
「君の固有魔法『封印魔法』は結界魔法の上位魔法でもあるんだよ。使う練習はしてきたんだよね?」
「……村内ではやったけど。まだ外へ出て使ったことはない」
「魔法を使ったことがアポストルスに知られるかもしれないから、だね?」
「そうだ。奴等に見つかるわけにはいかないから、上級者と一緒に黒の森近くへ遠征して使う予定だった。ここならバレにくい」
黒の森から出る魔素の波動のようなものがアポストルスの血視魔法を惑わせるのだと、ゲハイムニスドルフでは考えていた。
確かに黒の森の魔素はおどろおどろしい。地中深くから何やら滲み出ているようだ。
シウも時間があれば、黒の森の地中を鑑定したいと思っていたが、今回は無理だろう。バルバルスたちがいるからだ。今度ゆっくりと調査したいものだ。
「――彼等の血視魔法は地中の魔素を頼りに、細い糸を手繰るように調べるっていう大技なんだ。魔力食いで、おいそれとは使えないはずだ。でも万一のことを考えて、その対策を考えてる」
「対策を?」
「その話もあって、今回僕らはゲハイムニスドルフの村へ来たんだ」
バルバルスは黙ってしまった。
シウは気にせず続ける。
「以前から気になってた。あまり対策をしているようには見えなかったからね。精霊も使いこなせているとは思えなかった。彼等を監視目的で寄越す割には、精霊たちは『あそぼー』ばっかり。こっちが『内緒ね』って頼んだら『わかったー』だって」
「……お前、精霊の声が聞こえるのか」
驚く彼に、シウは苦笑して首を横に振った。
「僕には全く見えないし聞こえもしないよ。教えてくれるんだ、みんながね」
そう言うとテントを振り返った。それからシウの膝の上でうっとり甘えているクロを見る。
「クロが精霊たちを誘導して連れ出してくれた。精霊は希少獣が好きなんだね。素直についていくそうだよ」
「そう、なのか……」
バルバルスは知らなかったようだ。愕然として、見張り用の椅子に背凭れた。
「村を守る外壁もそうだ。封印魔法で結界は強く張れている。けど、出入りする門があまりにも杜撰だった。だから強化もした。村人が履く靴の裏にも、地面から探索してくるであろうアポストルスの目を欺くための術式を付与してある。今朝、君に渡した靴はそういうものでできてる」
バルバルスがのろのろと顔を上げた。シウをそっと見て、複雑な顔色をする。
「大掛かりな魔法を行使する場合は、予め《鋲打機》という魔道具を使ってもらう。そうすればもっとリスクは減る。ということは、外へ出るのもそれほど恐れなくていいはずだ」
「外へ出ろって、言ってたな」
強い視線だった。シウはそれを正面から受け止めた。
「そうだよ。君なら、できるはずなんだ」
「俺なら……ははっ」
自嘲気味に笑う彼へ、シウは教えてあげた。
「封印魔法は結界の上位魔法だって言ったよね? 明日よく見てるといい。結界魔法との違いを。結界魔法は外そうと思えば外せるんだ。そして、それは魔獣でもできる」
すでにシウはその相手を見付けている。《全方位探索》の強化版で、黒の森の中に発見していた。
そこへバルバルスを連れて行くことに躊躇いがないわけではない。けれど連れて行こうと思う。
バルバルスが将来相手をするのは、ヒュブリーデアッフェやトイフェルアッフェなどよりもずっと強大なものだからだ。
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