343 解体と素材、外の世界へ




 ブランカに乗ってロトスのところまで戻ると、何故かバルバルスも一緒になってオーガの解体をしていた。

「手伝ってくれてるんだね」

「……」

 バルバルスは返事をしなかったが、ムスッとしているのは表情で分かった。

 シウがロトスを見ると、

「だってー。大変じゃん! こいつも初めてらしいし、良い練習になるだろ!」

 などと言う。シウは呆れながらも頷いた。

「まあ、いいけどね。確かに解体はやっておくと良いし」

「だろだろ! てことでバルバルス、お前真面目にやれよなー」

「ちっ」

「その代わり手間賃はちゃんと出すぞ」

 ロトスが言うと、バルバルスが少し驚いた様子で顔を上げた。彼はロトスを見てから、シウにも視線を向ける。だからシウが答えた。

「もちろん、仕事なんだから払うよ。現物支給で魔核か部位、あるいは金銭でも。ロトスが決めることだけど、なんだったら交渉してみたらどうかな」

「……分かった」

 嫌々やっていたらしいバルバルスだったが、それからは真面目にロトスから解体の方法を聞いて作業を続けた。


 ゲハイムニスドルフでは誰もが仕事、というよりは「役割」を持っている。当たり前のように割り振られる。そこに「頑張ったから賃金を」というような発想はない。そもそも彼等は村内で貨幣を使っていなかった。あるのは外貨だ。仕入れのために必要なロカ貨幣を持っているに過ぎない。

 彼等の食料は配給制だ。どんなに働いても同じだけ。そのことに若い者が不平不満を持つのは有り得る。若い頃は年老いた人のことなど想像できない。動きの遅い彼等の働きを軽視する。自分が動き回れるのが「普通」であり「当然」のこととして捉えてしまう。

 それに能力が高い者はどうしたって、低い者のことを理解しづらいものだ。なまじ自分が軽々とできるだけに、できないことが理解できない。

 バルバルスは能力者レベル6だ。ゲハイムニスドルフの中では二番手という高レベル者だった。

 幼い頃から大事にされ持て囃されてきた。

 その彼が「何故あいつと同じものしか与えられないのだろう」と不満に思っても不思議ではなかった。

 誰もが自己犠牲や平等感を持てるわけではない。優しさは、そうと考えて行うことから始まるのだとシウは思っていた。

 最初から「良い子」でいられる者など少数だろう。大抵は、育てられるのだ。そして大抵はバランスよく育っていく。

 バルバルスの場合は利己的に傾いた。

 そんな彼をシウは可哀想だと思った。ロトスもまた、シウの意見に同意してくれた。


 ロトスはオーガの肝臓を取り出して、フェレスとブランカに渡した。

「ほい。お前らもご褒美」

「にゃ!」

「ぎゃぅ!」

「クロは今は要らないんだよな」

 クロは内蔵は大好きというわけではないし、フェレスやブランカほどは食べたがりではない。ロトスはこうした気持ちを感じ取るのが上手かった。

「きゅぃー」

 やはり食べたくないとクロは答えた。ロトスは次に、

「シウは、要らねえよな」

 と聞いてくる。もちろん、内臓がどうと言っているわけではない。「ご褒美」の話だ。シウは笑って頷いた。

「うん」

「一番働いてるけどな!」

「一番とか関係ないよ」

 ロトスはシウの意を汲んで話を振ってくれている。バルバルスに聞かせているのだ。

「俺は角をもらっちゃうぜー。おい、バルバルス。お前何が欲しいんだ? 内容によっては許可するぞ」

「別に、俺は――」

「オーガの素材について知らねーんだろ。ばっかだなー」

「なっ!」

「すげえ高価なのもあるのに」

 ロトスはニヤニヤ笑って、勿体ぶりながら素材を手に語り始めた。

「ふっふっふ。いいか、よく聞け。オーガの角は心臓病の薬に使われるんだ。睾丸は強壮剤に必要。どっちの薬も高価だ。つまり、分かるな?」

 引き気味となったバルバルスが、それでも返事する。

「あっ、ああ、分かる」

「オーガなんて魔獣は、人の多い場所じゃ滅多に見られない。高価にもなるってなもんだ」

「そ、そうか」

 話が終わりそうだったので、シウが後を継いだ。

「角には体の内部を調整する作用があるんだよ。他にもいろいろな薬に使われるんだ。ロトス、教えたことをちゃんと言いなよ」

「うっ……」

 ロトスが胸を押さえる真似をするので、シウは呆れて続けた。

「全く。……他には睾丸が強壮剤、皮は革鎧などの武具、爪も武器に使われるね。他に舌が毒全般に対する解毒薬の材料となるし、目は視力回復薬に必要だ」

 バルバルスが目を丸くした。そんなに使えるものだとは知らなかったらしい。

 そして、ロトスの手元を見た。どれも解体されて、しっかりと分けられている。

「これだけで金貨五十枚はくだらないかな」

「五十枚!?」

「うん。交渉次第では八十枚は行くかと思う。角がね、高いんだよ」

 他の部位は、全く別の素材でも作れるものだった。なければないで、下位互換となるものもあれば、別のアプローチで作られた薬も多い。これでなければならない必要性はなかった。

 けれど、角にはオーガにとって大事な力が備わっているのだ。


 オーガは魔力も高く人型で魔法を使うことから、より一層忌み嫌われている。

 自分たちと似ている形にも関わらず一切似ていない醜悪さに、人間は気持ち悪さを感じるのだ。

 そのオーガの魔力や戦闘力を理性で使いこなし、同族やゴブリンたちを率いる精神性は角のおかげだと言われていた。

 角には「調整」力があると言われる所以だ。

 事実、角を失ったオーガは小さな魔獣よりも「考え」というものがなくなる。計算して戦うということができなくなるのだ。では戦いやすいか、というと違う。更に凶暴になった。

 リミッターが外れ、限界まで暴虐の限りを尽くす。

 痛みを感じればたとえ魔獣でも怯むというのに、角を失ったオーガにそんな様子は微塵も見られなくなる。

 角は特別な存在だ。

 それを知った先人たちが苦労して編み出した薬の配合は、今もまだ他に替えがないレシピとして存在している。


 シウの説明をバルバルスは真剣な顔で聞いた。

「今まで素材は竜人族がまとめて持参して、シャイターン国の辺境地で換金していたと思う。僕も詳しく聞いたのが先日のことだったんだけど、かなり買い叩かれていた」

 バルバルスは眉を顰める。こんな隔離された村で生まれ育ったというのに、人間の表情というものは変わりない。

 魔獣が生まれた時から魔獣としてあるように、人間もまた人間の本能に生かされているのだろうか。シウは妙な気持ちになりながら話を続けた。

「竜人族は素直でしょう? 彼等は値切るということを知らない。相手が『儲けてやろう』『こいつはカモだ』と思っているなんて想像できないのだと思う。もちろん、外へと出ていって活動している竜人族は揉まれているから、値切っているよ。でも元は根が素直で真面目だ。自分たちがやらないものだから、相手もやらないのだと思い込んでいる」

 バルバルスはハッとした顔になり、シウを見つめた。手は止まり、血塗れのままだ。ロトスがそっと片付けを始めた。

「彼等はゲハイムニスドルフに対してもそうだった。自分たちが相手を利用したり騙したりしないのだから、想像できないんだ」

「……俺たちは」

「同様に、ゲハイムニスドルフの人もまた、思い込んでいる。自分たちは追われたまま。弱いままだと」

「え?」

「なのに封印活動を行ってきた胆力は、どこから来るんだろうね」

 シウは微笑んだ。

「ゲハイムニスドルフは強いと思うよ、僕はね。能力的にも、精神的にも」

「……本当にそう思うのか?」

「うん」

 シウはバルバルスの足元にあったオーガの欠けた爪を手にした。解体に失敗したものだ。でもこれも大事な素材になる。

「もっと知恵を持とう。賢くなろう。強くなるんだ。それは戦闘力だけじゃない。生き方も大事だ。村で余裕を持って生きる。買い出しにいっても買い叩かれず交渉する力を得て。竜人族に何もかも頼るのではなく、共に立てるほどになろう。そして――」

 爪を、バルバルスの手に載せた。

「外へ出よう」

「外へ……」

「その第一歩は君が始めるんだ」

 外へ行きたいと願ったバルバルスだ。その勇気が彼にはあった。今は自分の決められた将来を知って怯え、引きこもっているが。

 強い意志を持ち、意見を口にし、誰よりも上に立とうとしたのだ。

 彼以外に第一歩が出せる者はいない。

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