342 黒の森までの道のり




 バルバルスは罰を受けることを承諾した。

 レーウェが誓約魔法を掛けると言っても、反論はなかった。

 何か言いたげにシウを見たりプリスクスへ視線を移したりしていたが、結局は口にしなかった。

 ロトスが「話が終わったなら食事だ!」と言い出すまでは奇妙な時間が続いた。こういう時のロトスは本当に素晴らしい。シウは思ったままを告げた。が、

「便利屋扱いして! 褒めたらそれでいいと思って!」

 怒った様子なのにニヤケ顔という、よく分からない態度にシウは笑ったのだった。




 翌日、心配するバルバルスの両親を説得し――説得したのはプリスクスとレーウェだが――シウたちは村を出発した。

 付き添いは他に誰もいない。村人は誰も付いてこさせなかった。見届人としてアンプルスぐらいならとも思ったが、彼まで誓約魔法に掛けることもないだろう。

 それに、シウはもはや村の一員のように思われていた。

 美味しいものを食べさせてくれるお兄ちゃん、と付いてくる子たちもいる。

 ロトスは兵からは厳しい先生、子供たちには面白いお兄さんと呼ばれていた。

 まだ二度目の訪問だが、ここまで親しくなるとは思っていなかったシウたちだ。嬉しいと思う。

 シウとロトスは手を振って、門を出た。


 道中、バルバルスは静かだった。

 フェレスに乗せたが最初はおっかなびっくりで、前のめりになって手綱を握っていた。その後は真剣な顔で前を見ている。時折ビクリと体を震わせたり焦った様子を見せたりもしたが、おおむね順調だった。慣れてくると、ゆったりと飛んでいる時にフェレスの後頭部をこっそり撫でてもいた。

 フェレスは今までいろいろな人を乗せてきている。

 騎獣へ乗るには初心者すぎる者もいた。それでも彼は上手に運んだ。フェレスは飛ぶことに関してはセンスがあった。素晴らしい感覚を持っていた。

 だから全くの初心者であるバルバルスを乗せていても問題がない。

 本来なら初心者を乗せる時は誰かと一緒に乗るのだが、今回は敢えて一人で乗ってもらった。今の彼にはその方が良いだろうと考えたからだ。

(あいつ、まだ壁があるもんな)

(そうだね)

(フェレスだとぽやぽやしてるからいいんでね)

(……言いたいことはなんとなく分かるけどさ)

 というような会話がロトスとの間にあったので、フェレスに任せてみた。ちなみにブランカに乗せるという案は出なかった。


 気軽に転移を使うわけにはいかないので、地道に飛んでいく。とはいえ、フェレスもブランカもスピード狂だ。

 しかも、クロという案内人がいる。

 シウも《感覚転移》で前方を見ながら進んでいるが、クロの「周辺を一瞬で把握して一番良いルートを選ぶ」能力は天性のものだ。シウは森の中を進むルートはクロに任せ、ロトスと共に前方左右を守るように飛び続けた。フェレスはクロのすぐ後を追い、ブランカが殿しんがりだ。彼女は何かあっても攻撃にすぐ転じられるようにと、左右と後方を気にしながらフェレスを見ていた。

 バルバルスからはシウもロトスも見えない。だから最初は不安そうな様子だった。シウからは《感覚転移》で彼を視ているが、そのことは伝えていなかった。そのため真剣な顔で前を見ているのかもしれなかった。

 途中、何度か近くまで寄ってみた。するとホッとしたように力を抜いていた。けれど、やはり何か言うことはなかった。


 昼に一度休憩を取り、軽く食事を済ませるとまた出発した。

 午後は魔獣と遭遇することが増えた。

 クロはここまでの道のりを、最短距離かつ魔獣を避けたルートを選んでいた。さすがにそれが難しくなってきたのだ。

(きゅぃ!)

 念話が届いて、シウも返す。

(そのまま突っ込んで。相手を引き付けられる?)

(きゅぃきゅぃ!!)

 やりたい、できると返ってきて、シウは内心で笑う。誰に似たのか、クロも大変やる気のある子になった。

 背負っているジルヴァーも、そのうち戦闘的になるのだろうか。少し感傷的になりつつ、今度はロトスへ指示を出す。

(ロトス、前方にオーガが出た。行ける?)

(行ける? ってか。行かいでか。俺は聖獣だぞ!)

 人型の魔獣を恐れていたロトスはもういない。聖獣としての本能も芽生え、やる気に満ちている。彼の気持ちが念話ででも、そしてどこか深いところでも伝わってきた。誓約魔法で繋がっているからだろう。これが「繋がる」ということだ。

 聖獣としての力のありようが、手に取るように伝わってきた。

 これは彼等が行うべき義務、いや、まるで強い信仰のようなものだった。

 以前からも感じていたが益々ロトスは「聖獣」へと近付いていた。心の中は人でありながらも、体や本能は「聖獣」なのだ。

 その圧倒的な強い思いは、シウにはないものだった。

 どこか感心したような気持ちになりながら、シウは前方右手を塞ぐ格好のギガスラーナを相手することにした。ギガスラーナは巨大なカエル型の魔獣だ。大きい個体だと五メートルにもなる。毒持ちで長い舌を使って攻撃してくるので厄介な相手だった。

 そこへ向かいながら、シウはブランカへ指示を出す。

(フェレスの左前方に三目熊が三匹いるから、倒して)

(ぎゃぅぎゃぅ!!)

 わかった、やる! と返事をするや方向転換し向かう。彼女もうっすらと気付いていたようだ。無視して押し通るのか、倒すかは指示待ちだった。そうしたことを彼女はもう理解している。

 頼もしい返事のまま彼女は三目熊へと向かった。今のブランカなら安心して任せられる。シウは《感覚転移》することなく、目の前のギガスラーナと向き合った。

「グキュァァァッ!!」

 重低音のカエルの鳴き声は、その一度切りで終わった。

 誰も見ていない森の中だ。シウは存分に魔法で片付けた。伸びてきた舌を《空間壁》で切り落とした後、魔核を《転移》させたのだ。そのまま《ラップ》して空間庫へと入れてしまう。少し離れた場所にも何匹かいたため《転移》して飛ぶと倒した。

 ギガスラーナは味は普通だが、皮は毒対策に使える良いものだ。頬に毒袋を持ち、この毒もまた薬にも罠にも使える代物だった。何よりも頬袋は毒を入れておくための容器として最高品質の素材となる。

 深い森にしか見かけない魔獣なので、シウは討伐という気持ちよりは素材を得られたという喜びを感じていた。


 ロトスもまたオーガを五匹、しっかりと倒していた。転変せず、そのまま倒せたようだ。

 追いついたクロとフェレスが岩の上からオーガを見ていた。

 やがてブランカもやって来た。三目熊は大きいので噛んで持ってくることはできなかったようだ。いつもは乗せてくれるフェレスもいなかった。

「ブランカの戦果を取ってくるよ」

「おー。そうしてやって。こっちも剥ぎ取りやっとく」

 ロトスが頼もしいことを言うので、シウは安心して離れかけたのだが。

「あ、待って。やっぱ一匹だけにする。残りは頼むー」

「……なんで?」

「一回見ただけで綺麗にできると思うか!? シウみたいにできるわけねーじゃん!」

「ここで練習しとくといいのに」

 シウの言葉に、ロトスは「うぐぐ」と言葉に詰まった。シウは甘やかすのは止めたので黙っていると、彼は深い溜息を吐いていた。

「よし、分かった。俺も男だ。やろうじゃないか」

 芝居がかっているのはバルバルスもいるからだろうか。シウは笑って「頼んだね」と告げた。


 ブランカと共に三目熊のところへ到着すると、早くもルベルムスカが集まっていた。

「肉はもう諦めようか。魔核だけ取っちゃおう」

「ぎゃぅ……」

「魔法袋に入れたらダメだと思ったんだよね? ゲハイムニスドルフにいる時はむやみに使っちゃダメって言ってたもんね。バルバルスもいるから気にしたんでしょ。偉かったね。だから落ち込まないで」

「ぎゃぅ」

「せっかく狩ったのにごめんね」

「ぎゃぅん!!」

 いいの、と可愛いことを言い、ブランカは何故かすりすりしてきた。

「どうしたの?」

「ぎゃぅぎゃぅぎゃぅぎゃぅ、ぎゃぅ~」

 ぶーたんはシウのことだーいすき。その後は言葉にならず、うにゃうにゃといった感じで伝わってくる。

 シウは微笑んで、彼女を撫でた。

「僕もブランカのこと大好きだよ。いつも頑張ってて本当に偉いね。よしよし」

「ぎゃぅん~」

「ぷぎゅ」

 すりすりとぶつかるように甘えてくるブランカに被せて、シウの背中からも声がした。ジルヴァーが「わたしも!」と言っているようだった。








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五巻の発売が決定しました。

これも応援してくださる皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

詳細については順次お知らせいたします。どうぞよろしくお願い申し上げます。








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