341 バルバルスと村人たちの罪
バルバルスを呼び出す作戦のことを村人のほとんどは知らなかった。
けれど、何故彼の家の庭でお祭り騒ぎをするのか。大人ならばなんとなく気付くだろう。そして大人たちは下手に騒ぐことなく、シウたちのやることに触れなかった。
子供らを楽しい方へと導いてくれた。
シウはロトスと共に、彼の家へと入った。
一緒に家へ入ったのはレーウェとプリスクス、その腕の中にいるジルヴァーだけだ。
両親でさえも外れてもらった。
バルバルスは皆の様子に躊躇していたがプリスクスを見ると、ぶっきらぼうな様子で接している。
「なんで、あんたが来るんだ……」
「ごめんなさい。どうしてもと頼んだの」
「……俺を騙していたくせに。俺が死んでもいいと思ってたんだろう」
「違うわ、違うの!」
「うるさい!! どうせ俺のことを腹では笑ってたんだろ!! 俺が青年団で意見を言うたびに、あんたはどこかバカにしたような目で見てた!!」
「それはっ、あなたが強硬な意見を口にするからよ。わたしはそんなつもりは――」
反論するプリスクスを止めたのは、ロトスだった。
「待て待て待てーい。今はあんたが懺悔するために作った時間じゃないんだぜ」
「わ、わたし、そんなつもりは」
「分かった分かった。とにかく、オバサンは黙ってて。あんたが入るとややこしい」
プリスクスはムッとした顔になったものの、シウやレーウェを見てから顔を赤くした。自分で気付いたのだろう。
ようやくバルバルスと話ができる機会を設けられた。それなのに彼の怒りに対して、言い訳することほど愚かなことはない。彼は怒っているのだ。それは知らなかったからだ。知って苦しんだからだ。
そのことに対する言い訳は要らない。
プリスクスに悪気があるわけではない。たとえばここにヒラルスがいたら同じようにバルバルスは罵っただろう。ただヒラルスならば言い訳はしなかったような気がすると、シウは思った。
グラキリスならばどうだっただろう。彼は説教しそうだ。想像して、シウは内心で苦笑した。
その間に、ロトスが場を仕切っていた。
「んじゃ、まずは挨拶するな。俺、ロトス。覚えてないかもしんないけど、レーウェさんに誓約魔法掛けてもらった」
「……知ってる」
「ん。で、こっちがシウ」
「知ってる」
バルバルスの目つきが変わっていくのがシウにも分かった。だんだんと力を取り戻しているようだ。
誰かと話すことで、気力も湧いてくるのだろう。
「お前が来てから、いろいろ変わったからな」
プリスクスがムッとしたのか前のめりになって何か言おうとしたようだったが、レーウェに止められていた。彼女は責められたと感じたのかもしれない。もちろんバルバルスは責める気持ちもあったのだろう。
でも、彼からは以前ほど強い敵意のようなものを感じなかった。
彼からは弱い人間特有の壁を感じる。
ロトスとも話していたシウは、子犬の話を思い出した。ロトスが、
「弱い犬ほど吠えるって言うじゃん」
と言った後に、こうも言ったのだ。
「小さな犬ほど吠えるってな。子犬もそうだろ。怖いんだろーな。だから叫ぶ。弱っちい自分を認めたくないっていうか、ビビってることに気付きたくないっていうか」
シウは「なるほど」と思った。
自分で喚いて、だから何も聞こえないのだと叫ぶ気持ちも分からないではない。シウも見たくないものを見てこなかった経験があるからだ。
同じようなものだと考えたら――。
「確かに僕の存在が起爆剤になったのかもしれないね」
「――っ!」
バルバルスは息を呑み、それから視線を逸した。
そんな彼をレーウェが促して椅子へと座らせる。掴んだ腕がほっそりとしていることに、シウも気付いた。以前のバルバルスはハイエルフの中でも珍しい「完全な男性体」だったため、がっしりとしていた。筋肉もハイエルフにしては付いていた。それが今では弱々しい。たった数ヶ月でとも思うが、筋肉は落ちるのが早いのだ。
「こんなになってしまって……。僕みたいだよ?」
レーウェが悲しげに言う。
「まさか」
「だってほら、見てごらん。僕の腕」
ふんっ、と力を込めたらしいレーウェの腕はやっぱり細かった。バルバルスよりもずっと。
けれど、バルバルスは自身のそれを見てからレーウェの腕を見、衝撃を受けたらしかった。
「バルバルス、ちゃんと食べよう。今日は美味しいものがたくさんあるんだよ」
「……うるせーよ」
「でも君が食べたがっていたコカトリスもあるんだよ? 唐揚げって言うんだって。他にも、こんな大きな蟹の身があったよ。とろけるように美味しかったんだ」
「……あんた、そんな食べれたっけ?」
ふと思い出したかのようにバルバルスが顔を上げ、レーウェを見る。そして改めてレーウェの姿を上から下へ見ていく。怪訝そうな視線が何度も往復し、それからプリスクスやシウにロトスといった部屋の中の人間へ移っていった。
「お前が、やったのか?」
シウで視線を止めて、言う。バルバルスは問うているが確信しているようだった。
「そうだよ。改革をした。お風呂の案はロトスだけど、食事については僕かな。薬も渡したね。レーウェさんのような能力者レベルの高い人は『魔素の通り道が悪い』。遺伝的な問題だから治しようがなかった。でも訓練でマシなものへ変えることは可能だ。体内魔素を感じ取り、じっくりと広げてもらったんだよ。そして足りない魔素は、薬で補った。容量用法を確実に守ったからこそ、レーウェさんは元気になったんだ」
シウがレーウェに視線を向けると、バルバルスも釣られて彼を見た。レーウェは微笑んで頷いた。
シウは続けた。
「数日に一度お風呂に入って清潔にすることも大事だ。綺麗にした後は保湿する。その時に体調に合わせて、元気な人にはただの果実飴。風邪を引きかけていたり弱ったりしている人には栄養豊富な飴。それらを水で溶かして飲んでもらう。簡単なストレッチもいいね」
「おかげで今年の冬はひどい病気をする者がいなかったんだ。僕も風邪を引かなかったんだよ」
にこりと笑って告げるレーウェに、バルバルスは目を見開いていた。
「誰も?」
「そうだよ。ね、プリスクス」
話を振られたプリスクスは少しだけ戸惑った様子だったが、すぐに頷いた。
「ええ。体調が悪くてお風呂に来られなかった人には、毎日訪問して《薬飴玉》を飲ませたわ。飲めない人には喉に詰まらせないよう舐めさせたの」
「毎日? 誰かに行かせたのかよ」
「いえ、わたしが行ったわ」
「あんたが?」
片方の眉が歪められて上がる。
「あんたらが自分で行くなんて、おかしいだろ。それとも実験でもしてたのか」
バルバルスはプリスクスのことを信用していない。というようりも上層部を信じられないのだろう。
強くはないが詰られたプリスクスは一瞬口ごもったものの、小さく頭を振った。
「わたしたち、反省したの。誰かに任せてきてばかりだった体質を変えようと……。その第一歩だったの。自分たちで目の前の村人を助けられなくて、一体どうやって未来の仲間を助けられるというのかしら。本当に恥ずかしい」
プリスクスはジルヴァーを抱き締めながら、絞り出すように告げた。
「わたしたちは竜人族の優しさに付け込んできた。彼等の助けを当然だと思っていた。その傲慢な考えは村の中にもあった。先祖の罪を贖うためだなんて偉そうなことを言って、結局わたしたちは同じことを続けていた。傲慢だった。だからあなたたちは反発したのね」
「お、俺は――」
「ごめんなさい。心から謝罪します。わたしたちは自分で動こうとはしなかった。自分の足で努力することを怠った。そのことに気付いたの。遅いかもしれないけれど。それでも、もう一度立ち上がって頑張ればいいのだと教えてくれたわ。それは、青年団の子たちよ」
「……あいつらが?」
「ええ。シウ殿に与えられて、そのまま甘えていいのだろうかって言い出したの。そりゃあ何度も言い合いはあったわ。教えてもらったことを素直に受け取れない人もいた。でも、やっぱり変えたいと思う人がいたから」
プリスクスは顔を上げ、怒られるんじゃないかと怯えるような表情でバルバルスを見た。そんなに恐れているのに、彼女は視線を逸らさなかった。
バルバルスの方が怯んだぐらいだ。
「……あなたが、一石を投じたからよ」
「は?」
「良くも悪くも、あなたは青年団の中で声が大きかった。あなたの意見を皆は一度は思い出したはずだわ。それは勝手な意見もあった。ずるいこともしたわね。でも、それって、わたしたち全員の問題だった。あなたを責めることはできないと気付いたの。あなたを責められる人がいたとしたら、高潔に生きられた者だけよ。そして、そんな人は村にいない」
厳密にはいただろうが、プリスクスは見て見ぬふりをした者も含めて皆の責任なのだとキッパリ言い切った。
村を良くするためにと願ったやり方は、上層部もバルバルスも間違っていた。
バルバルスなどは村を出ていこうとさえした。村の財産を手に入れて、だ。
それは許されることではない。
が、そのことには決着が付いている。
「あなたがやった『盗みの罪』は黒の森へ行くという『罰』で相殺することが決まったわ」
バルバルスは愕然とした顔でプリスクスを見た。
けれどプリスクスは困ったように笑った。笑って、こう続けた。
「その見届け役としてシウ殿が名乗りを上げてくれました。大丈夫よ。彼は、誰よりもあなたのことを考えてくれた。こんな人に付いてきてもらえるなんて、あなたはとても幸運だと思う」
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