340 アマノイワト




 シウは、バルバルスの家の庭に大きな竈を作った。魔法であっという間に作るから小さな子たちはキャッキャと喜んだ。

 窯も作る頃に女性たちがやって来た。

 やがて話を聞いた男性も集まってくる。

「さあ、宴会の準備を始めましょう」

 シウの合図で各自が得意な分野に手を出す。

 薪を持ってくる男性、水を出す女性。ジャガイモを剥くのは幼い少女。少年たちは先日フェレスたちが狩ってきた獲物の残りを切り分けていく。

 小さな子たちの面倒はフェレスとブランカが見る。監督係はクロだ。クロは精霊にも声を掛けていた。

「きゅぃきゅぃきゅぃ」

 一緒に遊ぼう、と。精霊たちは喜んでいるらしい。子らが楽しげにあちらこちらへ視線を向けていた。

 シウが背負っていたジルヴァーはプリスクスに預けた。

「まあ、なんて可愛いの」

 若い女性たちも興味津々だったが、彼女らは「余所見しないで調理に集中しなさい!」と年配の女性に叱られていた。

 下拵えを済ませたものが、次々と料理になっていく。

 シウはシウで、ご馳走を作った。

 普段の彼等の食材ではできないようなものだ。角牛の肉で作った肉じゃが。焼き肉。すき焼き。コカトリスの卵を浄化して、すき焼き用として用意する。

 ロトスが横から「すき焼きにはうどんだろ」と言うから、うどんも準備万端だ。

 魔獣でもある巨大蟹のアトルムパグールスも出した。焼き蟹にするつもりだ。焼肉用の大きな鉄板の横に、網焼き用として空けてあった。そこへ乗せる。

 子供が好きな唐揚げ類も作った。

 油を大量に使うので皆、腰が引けていた。油の木を植えて最近ようやく絞り出しに成功した彼等にとっては、いまだに「贅沢品」なのだ。

「いいにおーい!」

「早く食べたいな」

「本当だねぇ。こりゃまたご馳走だよ」

「長く生きとるが、わしは初めて見たぞ」

「おじいちゃんでも見たことないのー?」

 楽しげな声が庭を支配する。

 そのうち、日が落ちてきた。


 ロトスが作っていたキャンプファイアに火が灯される。木々を組み、内側に燃えやすい枯れ木を組んでいる。後から木々を追加してもっと高く燃やすのだと張り切っていたが、どうなることやらとシウは横目で見て笑う。

 火が付くと、人々はますます興奮し始めた。

「すごーい!」

「ねえねえ、精霊様が踊ってるよ」

「たのしー」

 小さな子は楽しくてしようがないらしい。疲れる気配は一切なく、踊り始めた。フェレスによじ登っていた子も、その上で飛び跳ねる。するとフェレスも一緒に飛び跳ねた。

「わー、飛んでる!!」

「ふわふわって飛んだぁー!!」

「こっちのも飛んでぇぇ」

 こっちと言われたブランカがチラッと上空に視線を向けている。そこにはクロがいて、きゅぃ! と返事が来ていた。

「ぎゃぅ」

 ブランカはOKをもらうや、落ちても大丈夫な位置まで飛び上がった。

「きゃあ! あはは!!」

 ブランカには騎乗帯を付けたままにしているので手綱がある。乗っていた子はちゃんとそれを掴んでいた。いっぱしの騎乗者のつもりでいるらしいのが可愛い。シウは笑顔で眺めた。

 すると老人らから声がかかる。

「ああ、懐かしい。昔を思い出すよ」

「そうだそうだ。あの子もこうして子供らを乗せてくれた」

「優しい子だった」

「そうだのう」

「シウ殿や。ありがとう」

 涙ぐむ人もいた。

「もっと長生きさせてやりたかったのに」

「わしらが悪かったのだ」

「外へ出すのを恐れて、走らせてやらなんだ」

「可哀想なことをした」

 今のフェレスやブランカを見て、思うところがあるようだった。フェレスもブランカも騎獣だ。走って飛ぶことを心から喜ぶ。そして魔獣を倒すことを本能で知っている。

「……大丈夫ですよ。確かに窮屈だったかもしれません。外での生き方を知らなかったのなら、気付かずに済んだかもしれない。でも何よりも愛されていた。きっとそのことは『賢い獣』です。知っていたでしょう」

 もう気にするなと、シウなりに伝えた。

 老人たちはやっぱり涙ぐんで、ありがとうありがとうと言うだけだった。


 料理が出来上がった。

 ヒラルスも来たので、挨拶が始まる。

「シウ殿のご厚意で、またこうして美味しいものが食べられる。皆、冬の間よく頑張ってくれた。さあ、遠慮は不要とのことだ。皆でありがたく頂くこととしよう」

 ここにいない者の分は別に取ってあるからと伝えたら、皆待ってましたとばかりに飛びついた。

 テーブルの上に用意した大皿から次々と取っていく。

 普段食べている彼等の主食は薄い麦粥だった。今では蕎麦粉と混ぜることで、かさ増しされてガレットになったり麺のようにしてみたりと腹持ちの良いものになっていた。

 今回は蕎麦団子を教えた。他にジャガイモを使った芋餅もある。

 新しい料理は楽しいものだ。まして前回シウが来た時に作った料理の数々は彼等の舌に驚きをもたらした。

 躊躇することなく、目新しいものへと手が伸びている。

 ハーブ料理に目覚めたパリドゥスの作ったジャガイモ炒めも人気があった。冬の間の備蓄食料だった岩猪の燻製、ベーコンと合わせたとは誰も思わなかったほどだ。塩抜きをしてハーブを合わせることでとても美味しくなった。皆、これは作れるんじゃないか、これは難しいが近付けられないかと楽しげに話している。


 そのうちに、早くも腹一杯になった者が歌いだした。ある者は家から楽器を持ってきた。

 この地で語り継がれる歌だろうか。不思議だが、独特の韻が家々をこだまする。

「なんか、すげえ。ぞくっとくる」

「本当にね。人間ってあんなに高い声が出るんだ」

「シウは音痴だもんなー」

「別に音痴でも問題ない……」

 拗ねたわけではないが、ロトスには「はっはー」と頭を撫でるように揺さぶられた。シウは半眼になりながらロトスの手を払った。

「お、やる!?」

「やる、って何を」

「踊るんだよ! ほれ、みんなも踊ろうぜ! もっと楽しい曲やって!」

 ロトスが大きな声で告げると、まだ食べていた子供らも「わあっ」と声を上げた。

 女性たちも手を叩く。男性は足を踏み鳴らしてリズムを取った。子供らは小さな子を引き連れて輪を作る。

 踊り方は、ロトスを見て真似た。小さな子から老人までだ。シウももちろん彼の後を追うように続く。

 フェレスとブランカは尻尾を振りながら軽快に走ったり飛んだりしていた。クロは上空でゆーらゆらと舞い踊る。

 ジルヴァーを抱っこしていたプリスクスもまた、体を揺らしていた。

「一緒に踊りましょうね」

「ぷぎゅ」

 ロトスの踊りは盆踊りのようでもあり、前世でシウが観たテレビの中の若者のようでもあった。

 シウも踊りは履修した。しかし魔法学校の教養科で学んだそれは、貴族がパーティーで踊るものだった。

 こんなに楽しいものではなかった。

 歌があり、音楽が流れる。踊って、皆が楽しく声を上げる。

 ただ飛び跳ねるだけで。ただ声を上げるだけで。ただリズムを取るだけで。

 こんなにも楽しい。

 心の奥底から楽しいと告げていた。シウは自分でも驚き、そして笑った。

 楽しいと思えることがある。嬉しいことも今までにあった。幸せだと思っていた。でもまだ楽しいと思う出来事があるのだ。


 まだまだ知らない感情がある。もっと大きな楽しみだって先にはあるだろう。これまで幸せだったことが、この先にないだなんて、言えるだろうか。

 孤独に死んだシウの前世だったが、その先に転生があるなんて思いもしなかった。

 辛いこともあった。哀しい思いもした。

 でも今がある。


 どうか届いてほしいと願った。

 この庭の先にある、小さな家の奥の部屋。そこでジッと身を潜めている彼に。




 はたして。

 ドアは開いた。


 バルバルスは憔悴した表情で、家の玄関扉から少しだけ顔を覗かせた。

 そこには「苛立ち」も「憎しみ」もなかった。

 彼は、傷付いて苦しんだ者の顔をしていた。怒りのようなものを飛び越えた先にある、諦めを知った者の顔だった。

 シウは自分でもどうかと思うような笑みで、彼の前に立った。

「おいで。君は十分に傷付いた。でも一人で苦しまなくてもいいんだ。一緒に考えよう」

「お、俺は……」

 バルバルスがシウの顔を見て怯んだ。けれど逃げなかった。扉を閉めようとはしなかったのだ。

「君のことを誰も放り出そうとはしてない。君だけに責任を負わせたいわけでもない。僕も誓う。君だけに任せたりはしないと」

「俺、俺は――」

 掠れた声で何かを言おうとしたバルバルスだったが、言葉にはならなかった。

 彼はそのまま、屈んで泣き出した。シウはただ一緒になって屈み、彼の頭を撫でたのだった。






**********


コミカライズ版、27日に公開予定です

 ニコニコ静画→http://seiga.nicovideo.jp/comic/35332?track=list

 コミックウォーカー→https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF02200433010000_68/


フェレスが可愛いのはもちろんですが、お気に入りの女性が出てくるのでテンション高くなりました





次回から更新速度また遅くなりますー

たぶん、5日に1回でいくと思います





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます