334 セキュリティ
夜、ヒラルスたちと一緒に食事を摂ったのだが、その時にセキュリティについて聞いてみた。
「アポストルス対策は結界だけのようですね?」
「ええ、そうですが……」
「黒の森との境界線に張る結界は、ここを守るものと同種なんですよね?」
ヒラルスが頷く。グラキリスはシウが何を言いたいのかと首を傾げていた。
「結界自体は問題ないと思います。むしろ強力です。でも黒の森までの道や、ここへ入る時の水晶での鑑定について気になったんです」
ロトスが横でうんうんと頷いている。
プリスクスは眉を困ったように寄せていた。
シウは、はっきりと伝えた。
「道中、ハイエルフであるあなたたちが使った魔法は本当に隠せているでしょうか? 使わないように竜人族が警護しているのでしょうが、万が一ということもあります。それに僕らが村へ入った時に調べた水晶も完璧ではない」
三人が顔を見合わせた。シウもロトスを見る。ロトスは頷いて口を開いた。
「あのさ、俺、隠蔽してるんだけど」
「え?」
「俺、聖獣だろ。スキルの能力も高い。でもそういうの全部隠蔽した情報で、表示されてたよ」
「ですが、それはロトスさんだからであって――」
「いや。それじゃ、ダメなんじゃないかって話なんだ。な、シウ」
話を振ってきたのでシウは深く頷いた。
「僕も
最後の台詞に、プリスクスは愕然とした表情になった。ヒラルスとグラキリスはぽかんとしたままだ。
「もちろん、ここまで来るような人だ。きっと能力は高い。それに、ここまで来たならもはや水晶で鑑定するなんてまどろっこしいことをするとは思えない。……アポストルスの者ならば」
ここまで到達したのなら、今更だ。
あとは結界を破壊して乗り込めばいい。それだけだ。
だから、ここまで来させてはいけない。そして、迷い込んだ冒険者さえも本当は排除すべきなのだ。
「もっと手前に警戒線を張るべきです。適当な集落を用意してもいい。普段はレベル1の者を交代で住まわせて生活しているような偽装を施すんです。そして『この先には黒の森が迫ってきているから入れない』ということを遠回しに説明しておく。強い魔獣がいるだなんて言ったら、命知らずの冒険者は逆にやる気になるでしょうから。あくまでも、それとなくです。縦に分断させてもいい。冒険者には悪いけれどトラップを仕掛けておくこともありです」
「そ、そこまでしては逆に目をつけられませんか?」
「もちろん空白の地から黒の森までの縦ラインを全て同じにしてはダメです。空白の地の近くは魔狂石をランダムに敷いてもいい。惑い石もあります」
「ああ、惑い石ならば我らも撒いております」
「作為的でないようにしながら、もう少しバラ撒きましょう」
「は、はい」
ヒラルスはシウの勢いに飲まれたかのような顔で頷いた。
シウは更に続けた。
「黒の森近くは地形を変えてもいいです」
「地形を?」
「人や騎獣が入るのを躊躇うような心理的なものです。【行動科学】じゃなかった。ええと、人間の行動というのは心理的なものや体の構造などから、ある程度推察することが可能なんです」
「な、なるほど」
狩人の里がそうだった。あの森は人を寄せ付けない作りになっていた。
人が自然と歩きたくなる道筋を、不自然にならないよう惑わせていた。彼等はそれを長い年月かけて編み出した。かつてのハイエルフと共にだ。それは封印したミルヒヴァイスを人々から隠すためだった。
「いくら、手前にニゲルウムブラという深い森があるからといって、稀に冒険者はやって来ていたでしょう? 彼等を誓約魔法でなんとかしていたのでしょうが、それでも脅威です」
「そこまで分かっておられたのか」
ヒラルスが枯れた声で力なく答えた。
「ニゲルウムブラから少し入ったところで、警戒線を張りましょう。そして疑似村を。僕が作った《改造型魔獣用魔狂石》と、惑い石を北西の線に沿ってバラ撒きます。南側は地形を利用します。買い出し班のために通れる道を二つ作ります」
決定事項として伝えたが反対意見は出なかった。彼等もまた不安に思っていたのだ。
シウは更に一方的に話を続けた。
「アポストルス対策としてアウルに渡した魔道具があります。これを村へ寄贈します」
「シウ殿――」
緩く首を振るヒラルスに、シウもまた首を横に振った。
「僕もまた力を貸すだけの理由がある。……そうでしょう?」
シウの台詞に、ヒラルスは俯いた。
グラキリスとプリスクスは黙ったままだ。彼等が考えなかったとは思わない。シウがアウレアに対策グッズを渡していることは説明していた。話題に上らなかったはずがない。
そもそもシウは、この村出身のハイエルフの血を引いている。
「アポストルスが魔術式を探知する魔法、仮に追術魔法と呼んでますが、それらを持っていることは知っています」
「はい……」
「僕はそれを妨害することも、何もなかったことにする魔法も編み出しました」
「そ、それは!」
大掛かりな魔法を行使する前に《鋲打機》を地面に打って、魔素を遮断することもできる。また予め靴の裏に仕込む鋲針もあった。
アウレアへ渡したのと同じ《鑑定追跡解除》を付与した靴裏の素材もある。
細かい魔法になるが、彼等なら覚えられるかもしれない。そうなると、これら魔道具に頼らずとも自力で身を守れる。
あるいはもっと簡単に、自動で発動する魔道具を「彼等自身が」作ることだって可能だ。それだけの能力は本来持っている。
「あれだけの結界を張れるんです。もっと細かなことだってできるはずだ」
ゲハイムニスドルフの人々は、どこかちぐはぐだった。
それはきっと、能力者レベルの高い者と、低い者とが乖離していたからだ。
どちらも手を取り合って間を埋めるべきだとシウは思う。
「畑でのことや水路のこと、温泉の保守管理もできていた。油の木も順調に育てられている。ハーブの使い方を復活させた人もいた。薬草を育てるための知恵を、ご老人に聞き出した子もいます。プリスクスさんは魔法をもっと勉強したいと仰ってた」
「ええ、そうね。そうよ」
「ヒュブリーデケングルの簡易袋を作り始めた村の人もいますよね」
「……ええ。竜人族のディアログスさんが冬の間に来て、教えてくれたわ」
「薬草も自分たちで作っていくんでしょう? 治癒魔法だって使える人が増えるかもしれない。中には魔道具を作る人だって出てくるかもしれません。生産魔法も付与魔法も固有で持っていなくとも、基礎属性を複合して使えます。何よりハイエルフの血を引く皆さんには魔力も、使える属性魔法だって人族よりずっと多い」
その素質を活かすことは彼等の立場を考えたら当然だと、シウには思える。
「……そうね、そうだわ」
「シウ殿の言う通りだな。自分たちで、やっていくと決めたんだ。だったら、これを機会に頑張らなければ」
「グラキリスの言う通りだ。そう、今はシウ殿がいるのだ。この機会を逃してはならん」
三人の意見が一つになったことで、決まった。シウは全面的にアポストルス対策に関して、彼等を手伝うことにした。
ロトスは念話で、
(てか、ここまで言わないとダメなんかー)
などと呆れていたが。シウにはなんとなく分かる。人はそう簡単に意見を変えることなどできない。長く生きていればなおさら。
考えは凝り固まっていくものだ。
ほどけるように緩くなっていくことは滅多にない。特別なことでもない限り。
そう、シウのように転生でもしない限りは。
考えればヒラルスたちはシウよりもずっと頭は柔らかいのだろう。
(そんなこと言わないであげて。僕よりマシだよ)
(まあ、シウは頑固爺ちゃんだったもんなー。でも最近ゆるんとしてきたよ。ダイジョブさ!)
(ゆるん、ってなんだろ……)
(まあまあ。ほら、段取り付けるんだろ)
促されて、シウは食後の話し合いに突入した。
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