333 恋についてと保守管理
騒いでいたら、ふと気配が静かなことに気付いた。
シウが顔を上げて辺りを見回すと、厨房にいた人たち全員がシウを見ていた。シウというか、シウとロトスを、だ。
「どうしたの?」
首を傾げたら、何故かカリダが叫んだ。
「きゃーっ!!」
「えっ」
「ちょっと、カリダったら。あ、えっと、でも」
挙動不審なパリドゥスが真っ赤な顔のカリダを揺さぶりながら、やがて他の人に連れられて出ていってしまった。
「なんだろ」
ね、とロトスをまた見ると。
「……あれ、勘違いしてね?」
「何が?」
「……いんや。気付かないならそれでいいんだ。シウ、お前はそのままでな。うん。真っ白いシウのままでいて」
「また意味の分からないことを。まあいいや。続きを作ろう」
「そっすねー」
ロトスはその後、ぶつぶつ何やら言いながら調理を進めていた。
後で戻ってきたカリダは、真っ赤な顔のままシウの手を握ってこう言った。
「そういうの、わたしたちは差別しないのよ。だってハイエルフはね、曖昧な人も多いの。だから大丈夫よ。むしろ外の人にもそういうことがあるんだって分かって嬉しいというか。驚いただけなの」
意味が分からないながらも「応援してる」と言うので、シウは「ありがとう」と答えておいた。
借りている部屋へ戻ってから、その話をしたシウはロトスにこっぴどく叱られた。
彼曰く、カリダにシウたちが同性愛者だと間違えられたらしい。
「ああ、そういう。ふうん」
「シウってば、そういう感じでいいのか」
「あんまり気にならないなあ。最初に神様から誰かを愛しなさい、男でも女でもって言われてたからか、性別にはこだわりがないよ」
「……マジか!」
「でも、たぶん女性を好きだと思うよ」
「マジか!」
(二重の驚き!!)
念話がきつくて、シウは顔を顰めた。
「一方向に強く念じない。がつんとくるんだから」
「へーい」
「女性に対して魅力的だなと思うこともあるから。でも、人間性を好きになりたいな」
「人間性」
「人間性というか、なんだろうね。人を好きになるのって」
どういう理屈で人は人を好きになるのだろう。
本によれば、それは魅力的な姿だったり、それこそ性別で決まる。自分に合う性格というのも大事だそうだ。
けれど、本当にそんなものだけで好きになるのだろうか。
シウには分からなかった。
前世での淡い恋心は、生まれて初めて大切にしてもらった女性だから抱いたかもしれないのだ。優しい人だった。最期まで愁太郎を大切にしてくれた。
今生で大切にしてくれる人は大勢いた。けれど恋愛として好きになったことはない。
むしろ。
「不思議だね。人を好きになるのって」
シウはほんのり笑った。本当に不思議だ。
「まあなー。『恋に落ちる』って言うもんなー。俺も前世で好きになった子いたけど『なんでアイツ』って思うことあった。そうだよな。俺でそうなんだもん。ワカランチンの頭でっかちなシウには分かんねえだろうなー!」
「それは余計だと思うけど」
「へっへー。ツッコミが上手くなりましたな!」
そう言うと、やっぱりブランカを選んで突撃し逃げていったのだった。
翌日は温泉の保守や補強を午前中のうちに行った。もちろん担当のアンプルスと一緒にだ。彼はきちんとポンプを管理しており、勉強家だった。いずれパイプの交換も必要になるだろうと自作でパイプもどきを作って練習していた。そのため、実際にパイプが壊れたことを想定しての交換もやってみた。
午後からシウたちは男衆と共に外へ出た。せっかくの騎獣がいるのだ。遠出をして狩りをしようということになった。フェレスやブランカも喜んでいる。最近はクロも魔獣釣りを楽しんでいるのでウキウキしていた。
城塞のような外壁を出ていく時に、シウは皆の様子をしっかりと観察した。
やはり特に何かをすることはなかった。精霊へ祈る仕草だけだ。
どうやらセキュリティに関しては結界を張ることだけで安心しているらしい。
ヒラルスたちには言ってないが、これはきちんと話をした方がいいなとシウは思った。
午後からだったので遠出はできなかったが、それでも岩猪二匹とヒュブリーデケングルを五匹狩れた。
「こんな短時間でこれだけの獲物とは……」
同行したアンプルスが驚きの声を上げている。
「騎獣がいるからだと思っていたが、実際に狩りの様子を見たらシウたちの腕も良いんだな」
「冒険者だからね」
「……簡単に言うなぁ。俺たちじゃ、もっと手間取るよ」
などと謙遜するが、アンプルスたち「レベル1」と呼ばれる人族寄りの彼等も、一般人に比べたら能力は高い。属性魔法だけでなく固有魔法を持っていたり、あるいは魔力量が高かったりするのだ。
黒の森に近いこの場所で、たびたび村を出て狩りをする。それがどれだけすごいことか。
シウはそう思うが、アンプルスたちは能力者レベルの高い者たちへ劣等感を抱いているようだった。これはもう幼い頃から刷り込まれてきたことで覆せないのだろう。
彼等には彼等の良さもあるというのに。
「とりあえず、持って帰ろう」
「そうだな!」
アンプルスは特に気にした様子もなく、今日は大猟だと喜んでいた。
フェレスたちは途中から別行動だったが、そちらはそちらで大猟だったようだ。ロトスと一緒に満足そうに帰ってきた。
「きゅぃきゅぃ」
クロが一生懸命、今日あったことを話してくれるのだが、
「またクロが釣ってきたの?」
自分を餌に魔獣を呼び寄せるという行動だ。彼は殊の外気に入って、練習していた。シウとしては心配なのだけれど。
「きゅぃ!」
「……ちゃんとフェレスは見張ってた?」
「にゃ!」
「だったら、まあ、いっか」
「シウ、過保護すぎ」
ロトスに指摘されて、それもそうだと思うのだが。シウは最近、彼等を《感覚転移》で視るのを控えている。ロトスがいるということで、ふと「覗き」のような気がして「悪いな」と思ったからだ。ロトスは人間だ。聖獣だと分かっているが彼には人間だという意識があって、対等な相手である。
人格というには大袈裟かもしれないが、フェレスたちにだって個人としての思考がある。
そんな彼等を、シウが心配だという理由だけで視てもいいのだろうか。――と考えてしまった。もちろん普段から常に「監視」していたわけではない。ただ過保護だ過保護だと言われていたのもあり、子離れしようと思い始めたのだ。
万が一のことを考えて防御に関する付与魔法は最大限に付けている。フェレスには敵わない相手からは死ぬ気で逃げろと教えているシウだ。彼のことは信頼もしていた。ブランカはまだ、そのあたりが温いので安心できないが、フェレスはなんだかんだで自分の弱さを理解している。だから――。
「分かってるよ。任せるって決めたんだから任せる」
「こっちも念話使えるしさ、通信も届くように首輪に細工したろ?」
「うん」
「この四頭がいて、何かあったとしても誰かひとりは連絡できるって」
「そうだね」
ロトスが自分も含めて「四頭」と言ってしまったことに気付いたが、彼がまだ真面目に話を続けているのでシウは頷くだけにした。
「俺だったら《転移指定石》持ってるから使えるだろ。シウのところへ飛ぶ石も首輪に付けたじゃん」
「そうだったね」
「第一、何かあったらシウが気付かないはずないだろー」
「分からないよ、そんなこと」
「いんや。分かるって。俺とは誓約魔法で繋がってるから、確実に分かる。俺を召喚することもできるだろーが」
「ロトスはね」
「誓約魔法を掛けてくれたレーウェ兄さんがさ、言ってただろ。フェレスたちとの間にも深い繋がりができてるって。契約魔法なんか目じゃないやつが」
「ああ……」
そうだった。確かにレーウェにそう言われたと、シウは思い出した。
「フェレスたちの必死の思いは、絶対通じると思うぜ。そしたらお前は転移するだろ。たとえそこが死地だとしてもさ」
肩をポンと叩かれる。ロトスはシウを見て、笑った。
「なんて顔してんだ。とにかくだな、親バカは卒業しろっての。もうちょっと信頼してやれって」
「……分かった」
納得したシウに、ロトスは肩を竦めた。
「まあ、こいつらのやることが滅茶苦茶だから心配だってのはあるよな。フェレスが一番まともだぜ」
そう言うと、今日あった出来事を彼は語ってくれた。クロが言わなかったことだ。
たとえばクロは、フェレスの感知できない場所まで行って獲物を釣り上げてきたこと。ブランカは突撃してヒュブリーデケングルごと谷まで転がって落ちたこと、などだ。
フェレスが助けに入ってどちらも問題はなかったらしいが、ロトスはケラケラ笑って報告するのでシウの目はだんだんと半分になっていったのだった。
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