332 畑と噂話と弱い部分
長老たちとは昨日のうちに挨拶がてらの報告は受けた。今後の打ち合わせを軽く済ませると、シウたちは畑へ向かう。
プリスクスが案内人だ。畑には女性たちが待っていた。みんな緊張している様子だったのでシウが首を傾げると、
「畑の土をきちんとできているか心配なの」
と、プリスクスが言う。シウは苦笑を隠して、屈んだ。手に土を取る。
「よく混ざって良い土です。森から腐葉土も持ってきたんですね?」
実験用のためのシウが作った畑とは別の場所だ。彼女たちはシウの畑の土を見て、また話を聞いて、新たなことに挑戦しようと考えた。
痩せてしまった土をどうにかしようと立ち上がったのだ。
この土地に長く暮らしてきていた彼等には、彼等だけの知恵もあったはずだ。過去の話を老人たちに聞いてまわり土地を肥えさせる方法を考えた。
連作障害についてだって、本当は彼等の方がよく分かっているのだ。長く生きる彼等のような種族には「長期的なデータ」がある。
「北の地にある白石や、その土地の土を持ってきました?」
「あ、はい! え、分かるんですか?」
プリスクスや女性たちが驚く。シウは笑った。
「鑑定しました。成分を見て、そう言えば近辺を探索した時に似た成分のものがあったなと思って」
珪藻土が混ざる土地だった。昔、そこは湖だったのだろう。良質の堆積物が地中深くまで重なってできているようだった。深い森の中の谷部分だから取りに行くのは大変だったはずだ。ヒュブリーデケングル製の簡易魔法袋を何枚持っていったとしても、辿り着くまでがつらい道のりだった。
「あんなところまで大変なのに、よく頑張りましたね」
シウの労いの言葉にプリスクスは一瞬言葉に詰まり、それから泣きそうな顔になった。
「……ええ。ええ、そうなの。でも男衆が護衛をしてくれたのよ」
「そ、そうなんです!」
「わたしたちは歩いてついていっただけなの」
シウは土を手に微笑んだ。
「ここまで持って帰り、土に馴染ませるために頑張った。あなたたちも頑張ったんですよ。腐葉土の混ぜる量も、この土地を知らない僕では分からないことだった」
立ち上がり、土をパラパラと落とす。振り返って彼女たちを見ると困ったような気恥ずかしそうな顔でシウを見ていた。
「良いものが作れそうです」
そう言うと、皆が顔を見合わせる。それから嬉しそうに笑った。まるで答え合わせを待っていた生徒のようだ。シウなど、そんな偉いものではない。彼女らの努力の方がずっと素晴らしいことなのに。
「薬草の苗は別にしましょう。寒冷地仕様の蕎麦はあちらへ。この栄養豊富な畑には葉野菜を。そうだ、甜菜も植えてみましょう。竜人族の里でも植えてますが、どちらかが成功したらいいぐらいに考えて」
「はい!」
「大豆はこの土地では厳しいかもしれませんが、温泉の近くでやってみましょうか。シャイターンのものを持ってきたので育つ可能性はあります。これは珪藻土や腐葉土を少なめの土で育てます。あ、水属性魔法持ちで繊細な使い方ができる人は――」
「わたし! 得意です!!」
名乗りをあげた女性に、シウが水やりの方法を説明する。
「表面が乾くとダメになります。だからといって水をやりすぎてもいけません。水を細かく、こうやるんですけど」
細かいシャワーのように水を出してみせると、女性は真剣な顔で何度も頷いた。そして、すぐにやってみせる。
「こうですね!」
「はい。完璧です」
女性はぱあっと笑顔になった。
その後も皆、積極的に自分が担当すると宣言し張り切っていた。
畑には一日付き合うことになった。
苗や種を見せるごとに質問が飛び出てきて、シウも分からないことは記録庫の本を頼りに答えた。もちろん苗を手に入れた時に農家の人からも聞けるだけは聞いてきた。
女性たちは熱心で、畑は必ず成功させると張り切っている。
特に昨年植えている小麦の様子が悪いことからも、蕎麦が上手くいくことを願っているようだ。ここ数年は小麦が失敗続きということで買い付けに頼りすぎていたという。アポストルスのことを考えると、いざという時のために自給自足ができるところまで持っていきたいようだ。
いつまでも助けてくれる「誰か」がいるわけではない。
バルバルスの件もあって危機感が高まったようだった。
そのバルバルスについてだが、夕方に皆で食事の用意をしている時に話を聞けた。
「え、引きこもったまま?」
シウが驚いてカリダという女性を見ると、彼女は眉を寄せて続けた。
「そうなんですよ! ご両親もどうしていいか分からなくて困ってるみたいです。あれだけのことをしでかしたのに、謝ったのはご両親ですよ? 本当に最悪!」
「カリダ、シウ様の前で言葉が悪いわよ」
「だって。パリドゥスだって言ってたじゃないの。ひどいって」
「それはだって……」
「とにかくね、村の中の仕事もしないで遊んでばかりってのは許せないわ。たとえレベル6でもね!」
「カリダったら、もう……」
二人はその後もバルバルスがこれまでやってきた「悪事」とやらをシウに聞かせるという体で愚痴をこぼしていた。
ロトスは横で黙って調理をしている。
「どうしたの、ロトス。静かだけど、それ難しい?」
「いんや。てか、俺は重大な事実に気付いたところでな」
「うん。うん?」
「女の子に幻想をいだきすぎていたのかもしれんと」
「はあ。それで?」
「見た目じゃねえなって。あと、ハーレムは止めることにした」
ふーんと生返事をしてから、今度こそ本気で驚いて振り返った。バルバルスが引きこもっていた話よりも驚きだ。
「えっ」
ロトスはバツが悪そうな顔をして、そっぽを向いた。
「……シウが言ってたじゃん。女の子にそういうの求めておいて、自分は許せないのかって。分かってるんだ、俺だってさ。転生して、ちょっとなんかテンション高くなってただけで。本気じゃねえよ。だからさ」
そういうのは止めるのだと、念話のような思いが伝わってくる。誓約魔法で繋がっているからかハッキリと間違いなく伝わっていると分かった。
シウは包丁を持つ手を止めて、ロトスを見た。
(それに俺、聖獣だろ。相手を見つけるのって大変じゃん)
(ロトス……)
(分かってる。……分かってた。でもさ、どっか夢みたいで。異世界に転生しちゃって浮かれて、マイナスの部分を見ないようにしてた)
シウは包丁を置いた。ロトスに向き合うと、自分でも変だろうと思う顔で笑った。
「気付いてあげられなくてごめん」
「えぇ?」
「僕だって、生まれて数年は悩まされてた。夢か現実かって何度も考えた。魘されて暴れて、抱きしめてくれる爺様を引っ掻いたりもした。それなのに、どうして君が『しっかりしている』って思ったんだろう」
「シウ――」
「おいで。ロトス」
「は?」
戸惑うロトスを、シウは自分から近付いて抱き締めた。爺様がシウを抱き締めたように。
「うお、おい、なに――」
「大丈夫。ロトスを拾ったのは僕だ。拾ったものは大事にする。爺様が僕を拾って最期の時まで育ててくれたように。僕は君を守ると誓うし、悲しませないよう努力する。だから大丈夫」
「あ、あのな――」
「いつかきっと現れる。君だけの人が」
「……シウ」
「たとえその人が、違う種族の人でも構わない。そう思えるように生きていこう?」
たとえば、エルフを愛した大精霊がいたように。
たとえば、古代竜――ドラゴン――が愛した人がいたように。
「イグだってそうだ。長い長い生の中、愛したものは命の短いトカゲだった」
ロトスの体がビクリと震えた。
シウは構わず続けた。
「でも彼は後悔していない。寂しさに苛まれることもあったろうけど、生きている。生きていける。愛した思い出があるからだ。……君にもきっと、現れる。大丈夫」
「……ばーか。あのなあ、俺に言う前に、シウだろーが」
軽い調子で話そうとしているが、声に湿りがあった。シウはそれに気付かないフリをした。
「そうだね」
「そうだぞ。シウってば、女心がワカランチンだからな!」
「うん」
「……でもあれだ。お互い、寿命は長そうだし。難しいだろうけどさ。あ、そうだ。どっちが先に見付けられるか勝負だな!」
もう湿り気のない声だった。シウは笑って頷いた。そして、手を離す。
ロトスの顔を見たら笑顔だった。少し照れ気味の。
まだまだ若い。
前世でも二十歳。今生に至ってはまだ一歳と半年。
どうして彼を「もう立派なおとな」だと思っていたのだろう。強がりの彼を知っていたはずなのに。
おとなになってたって、弱い部分は誰しもある。
シウだってそうだ。
それなのに、シウこそ見えていなかった。
「僕の方が先かも」
「えっ」
「ふふふ」
「ええっ!? ちょ、待て。誰だ? 相手誰よ!!」
胸ぐらを掴む勢いでロトスに寄られたシウだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます