331 報告とやる気
そろそろ夕方が近かった。少しだけ近況を話した後、シウは厨房へお邪魔することにした。前回もそうだったからか、ヒラルスたちもどうぞどうぞと気軽なものだ。
もちろん厨房にいる人たちもだ。むしろ期待するような顔で待っている。
「手伝ってくれるなら、皆の分も作るよ」
そうシウが声を掛けたら全員が「やります!」と返してきた。
ロトスにも手伝ってもらいながら、作り上げていく。
「シウ様。あ、シウさん、ええとですね。ハーブを見付けてきたんです」
バジルやローズマリーなどと一緒に春の苦味のある野草を籠に入れて見せる。パリドゥスという女性だ。彼女はハーブを育てたいと張り切っていた。
「料理にどうでしょうか」
「うん、使ってみよう」
ぱあっと笑顔になり、自宅で使っていたハーブについて語り始める。
「お肉と一緒に焼いたって聞いてたんだけど焦げちゃうんですよね。でも塩だけの頃より美味しいんです」
「下味を漬け込む時に油と一緒に置いてもいいかも。あと、煮込みにも良いよ」
「下味ですか。ええと」
紙を取り出してきたので説明しながら作業を続けた。
「僕はハーブを乾燥させて細かくして組み合わせてるんだ。料理の時にパラパラと振るだけでも美味しいんだよ。煮込みの時はフレッシュハーブを入れたりね。香り付けだけ、味の変化にと組み合わせはたくさんあるから。考えるのも楽しいと思う」
「そうですね!」
「僕は強い味は苦手だから、どうしても控え目になるんだ。けど、肉の臭みを取るには香辛料も多い方がいい。そのギリギリを考えるのも楽しいね。肉の種類によっても合う合わないがあって面白いよ」
シウの言葉に、パリドゥスは満面の笑みで答えた。
「やってみます! 塩が少なくても味に変化があって食事が楽しくなったんです。頑張ります!」
他の女性たちも「こんなメニューを考えた」と報告してくるので、ロトスが、
「カオスだな!」
と苦笑していた。そんな彼はジャガイモをひたすら剥いていた。手慣れたものだった。
調理の間はジルヴァーを背負っていたが、途中で油を使うのでフェレスに任せることにした。ジルヴァーは赤子とはいえゴリラ型だ。自分でしがみつくことができる。背中に乗せておくだけでいい。ブランカも気にしているし、クロがいるので安心だ。
食べる時はシウが受け持つ。食事時の彼等には任せられないからだ。
一心不乱に食べる三頭に笑いながら、シウはジルヴァーに食事を与えつつ自分も食べた。行儀としては良くないが、ヒラルスたちは難しいことを言わないので甘えさせてもらった。
食後は長老ヒラルスたちと話し合いだ。
「この冬は風邪を引く者が少なかったのです」
「お風呂が良かったわ。風呂上がりに精油入りの化粧水を塗ったのも良かったの。みんなつやつやになって喜んでいるんです」
「そうそう。痒みに悩まされていたのが嘘のようです。喉飴も助かりました」
彼等には主に《果実飴》を渡していたが《薬飴玉》も置いてきていた。風邪のような軽いものに効く薬だ。シウは他にも栄養価の高い《蜂蜜玉》を渡していた。
それをお風呂上がりに温い水へ溶かして飲むよう勧めていたのだが――。
「毎晩これを飲むのが楽しみでしてね。わたしも毎日飲んでました。体調が悪い者には《薬飴玉》を、お風呂にも入れないような者へは《蜂蜜玉》を舐めさせました。そうしたら、すぐに治って!」
グラキリスのテンションが高く、ロトスが何やら念話をぶつけてくる。が、シウは無視して笑顔でうんうんと話を聞いた。
「だからでしょう。養蜂を頑張ろうと言い出す若者が出てきたんですよ。いやもう嬉しくてね」
元々養蜂をしていた彼等は、村の外の森に魔獣が増えて諦めかけていた。けれど栄養価の高い《蜂蜜玉》を知って自分たちでも作りたいと思い始めた。レシピはシウが渡している。必要なレスレクティオも森へ行けばある。探すのは多少難儀するが、大変栄養価の高い薬草なのだ。
「調教魔法で大熊蜂を使おうかという話もあるんですよ」
グラキリスの話にシウは頷いた。
「いいですね」
大熊蜂は比較的調教しやすい魔獣(虫)だ。調教さえできれば大量の蜜を集めてくれる。しかも高品質なものをだ。シウも市場で買うのなら大熊蜂品を選ぶ。もっとも、シウは森の中で巣を見付けるたびに魔法で頂いてきているので買うことはないのだが。
グラキリスは前のめりに話を続ける。
「幸い、レベル1の者に調教魔法持ちが多いんです」
能力者レベルの高い者はアポストルスに見つかると厄介なので滅多に外へ出ない。ハイエルフとしての力が強いからだ。その血を目当てにアポストルスは探し出すと言われている。この村は強力な結界を張っているため安全だ。だからほとんどレベルの高い者は外へ出たりしない。
そんな能力者も必ず村を出る時があった。それが――。
「彼等を森に慣れさせて、夏に行う封印魔法の訓練に警護として出そうと思ってます」
「夏に行うんですね」
「ええ。魔獣も活発になりますが、だからこその訓練でもあります」
黒の森から魔獣が這い出てくるのを止める「封印」だ。こうした訓練を行うことで、来るべき時に備える。
来るべき時とは強大な魔獣の再封印を行う時のことだ。数十年に一度、彼等はミルヒヴァイスの森へ行く。そこで地下迷宮深くに封印した魔獣を抑え込むのだ。決して失敗の許されない仕事だった。
「今回は大掛かりになるので、また竜人族の方々に警護をお願いします。けれど、自分たちでも魔獣対策をしたい。その前段階としての訓練にも養蜂活動は向いているでしょう。先日から魔獣狩りにも出ております。さすがに冬の間は狩猟担当の者だけでしたが。暖かくなってきたので、ほとんどの男たちが交代で出るようになりました」
その代わり、女性が畑作業を頑張っているそうだ。できることは進めているという。シウが苗を持ってくると約束したので、その分の畑にはまだ植えていないらしい。他にも、薬草作りを再開したいという人のために薬草の苗や種も持ってきた。シウが春にゲハイムニスドルフの村を訪ねたのは苗のためでもある。
「とにかく春が待ち遠しくて」
「他にもこんなことがあったんですよ――」
プリスクスとグラキリスが交互に話してくれるのを聞いて、シウは昨年末にやったことはお節介ではなかったのだなと安堵した。
泊まったのは以前と同じ宿泊棟だった。
今回は誰も見張っていない。兵も、精霊も。
ロトスが目を細めて見ているが、クロがいないと報告してくれたのでシウは気にしていない。
「シウのじっちゃんが寄越すかと思ったけど、来てないなー」
「前回追いやってばかりだったから諦めたのかもね」
「だといいけど。シウの血縁者だろ? しつこいかもよ~」
「……それはどういう意味かな、ロトス」
シウが振り返って半眼になると、ロトスは急いでブランカの上に乗って逃げていってしまった。ブランカは遊んでるつもりなので言われるままだ。
シウは溜息を吐いて注意した。
「もう遅いんだから早く寝ること。ブランカ、興奮したら眠れないよ?」
「ぎゃう!」
「ほら、ロトスのせいでブランカが寝ない」
「大丈夫だって。ブランカの寝落ち感ハンパないから」
「また意味分からないこと言って。フェレス、ブランカを寝かせて。クロは……眠そうだね」
うつらうつらしているクロがフラフラ飛んでくるので抱っこして、シウもいそいそとベッドに入った。ジルヴァーはすでに寝ている。
「早く寝ないと」
「そうだなー、早く寝ないとなー」
ニヤニヤ笑うロトスを無視して、シウはさっさと明かりを消して寝た。
最近は「大きくなったね」と言われることの増えたシウである。神様からの成人祝いがあるのだと信じてはいるが、努力も必要だと思ってしっかり睡眠を取り続けているのだった。
朝になっても精霊の気配はなかった。クロとロトスの報告だ。
聞かれて困ることもなかったので精霊を避ける結界は張っていなかったが、これからも必要はないだろうと思う。
シウたちは朝から連れ立って長老のいる村の中心の館へと向かった。
行き会う人々は笑顔で挨拶してくれる。前回は隠れていたらしい能力者レベルの高い者も顔を出していた。昨日のうちに連絡網が回ったのだろうか。以前、シウが顔を見なかった者もいた。
残念ながら前回、問題児としてシウの脳裏に焼き付けられたバルバルスの姿はなかった。彼の取り巻きらしき青年たちの姿はあったので、いろいろあったのだろうと推測する。
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