春休みにはお土産持って
329 春休みの始まり
シーカー魔法学院の春休みは、芽生えの月の第一週から第二週にかけて。その前の週、つまり雪解けの月の第四週土の日から他の生徒に先駆けてシウは休みとなる。通常は風の日まで授業が行われているところ、シウは飛び級の関係もあって授業を取っていないからだ。
よって、土の日から出掛けることにした。
レオンは残念ながらブラード家で居残りだ。乳飲み子のエアストを育てているし、それにシウが転移できることをまだ話していなかった。
もう隠す必要はないと思っているのだが、レオンに空間魔法を持っていることを話したら芋づる式にあれやこれやも話すようになる。となると、シウはまたレオンに怒られる。彼がシーカーへ来てからというもの、シウは随分と小言をもらった。だから少しだけでも先延ばしにしたいと考えたのである。
レオンは留守番の間、エアストにかまけていて遅れがちだった勉強に専念したいと言っている。休みがこの時期にあったのは彼にしてみれば良い偶然だった。
ククールスはまだシアン国をスウェイと共に旅している。ゆっくり巡って、仕事もしながらルシエラ王都へ向かっているだろう。
そのため、今回のゲハイムニスドルフ行きにも参加しない。元々、エルフである彼を連れて行くのは問題があると本人も言っていた。
ゲハイムニスドルフはラトリシア国出身のエルフを――というよりも得体のしれぬ人間を――恐れている。だから彼も除外だ。
残った面々、つまり以前竜人族の里オリーゴロクスへ行ったメンバーで行くことになる。今回はジルヴァーという希少獣の乳飲み子も増えているがノーカウントで許してもらえるはずだ。
まずは、アントレーネとその子供たちを竜人族の里へ預けた。
ガルエラドたちにも一応声を掛けたものの、頻繁に戻るつもりはないということなのでシウたちだけで向かう。
里のすぐ近くに《転移》で移動し現れたものだから、ソヌスを含めて森の偵察班は驚いていた。近くまで来たことに気付かなかったからだ。
ソヌスは薄々、シウに何やら特別なスキルがあるのではと気付いているようだったが、聞き出すことはしなかった。
スキルを隠すことは普通のことだし、基本的に相手のスキルを覗くことを彼等は良しとしていない。かといって、シウが《鑑定》することを禁じたりはしなかった。
悪意ある使い方をするとは思っていないからだろうし、彼もまた望んで使わせた部分があったからだ。
シウはすでに彼等の
つまり、プルクラと同じような立場でシウを扱うことにした。でなければ、シウがガルエラドに叱られた時のようにソヌスにも叱られたはずである。
シウはガルエラドと出会った頃に、彼をフル鑑定しようとして窘められたことがある。当時のシウの鑑定魔法はレベル五だったが相手に気付かれることもあった。現在は《鑑定》しても気付かれないほど能力が上っている。
これを諌めるよりも仲間のために使わせたらいいと、そう考えたのかもしれないし、シウのことを信じてくれているのかもしれない。それに応えるためにも《鑑定》した結果は不用意に告げないよう心がけているつもりだ。
ソヌスもまた、シウのおかしなスキルについては言及しない。それが答えなのだと思っている。
アントレーネと子供三人は歓迎され、早速女性たちに連れて行かれた。
シウはジルヴァーを背負ったままロトスと畑で甜菜の苗を植える。フェレスたちは近くの森へ遊びに行ってしまった。
この苗は事前にシャイターン国へ行って買ってきたものだ。シャイターンの市場で声を掛けたら、すぐに農家へ話がいき手に入れられた。交渉する必要もなかった。他に野菜類の苗や種などを分けてもらい持参している。
「追肥のタイミングについては冊子にしたから。それぞれで違うから間違えないでね」
畑の担当でもあるウェールに言っても彼女は大雑把なところがあるので危険だ。少し考えて冊子は彼女ではなく、ウェスペルに渡すことにした。彼は頭が良く、ソヌスの補佐もやっているので安心だ。ウェールは一度渡されてから取り上げられた冊子を見ながら、それもそうねと応じている。気にしないところが彼女らしい。
他にも市場で買ってきたものを保存庫に入れたり、コカトリスの様子を見るなどしてから出かける準備をする。
「え、もう行っちゃうの?」
「急がないと時間がないからね。春休み、短いんだ」
「あー、そっか。シウは学校というところに通ってるんだったね。子供がいっぱいいるんでしょう? そういうのって良いよねぇ」
まだ目立たないお腹を撫でて、ウェールが言う。顔付きが優しく柔らかい。荒っぽいところのあったウェールも、さすがに妊娠したことで歩く様子もゆったりだ。随分と変わったものである。
「そのうち、ここでも子供がたくさん見られるかも」
シウが冗談っぽく、しかし半分以上は本気で返すとウェールは目を丸くしてから豪快に笑った。
「あはは!! そうだよね、そりゃいいわ。うん。あたし、たくさん産むよ」
嬉しそうにお腹を叩こうとするので、そこはストップしたシウだ。
ウェールは、しまったという顔をしてから続けた。
「……武者修行に行ってる若手の女の子たちに早めに終わらせて戻ってこい、妊娠できるよって連絡網に入れたんだ。そしたら、みんな大慌てよ」
「うん」
「まだ一人だけしか戻ってこれてないけどさ。続々と戻ってくる予定だよ。そしたらさ、うちの結婚適齢期の男どもがそわそわしてるんだ。張り切って魔獣狩りしてるよ」
「そうなんだ」
「竜の大繁殖期がまだ続いているから、そっちも大変なんだけどね。なんとか男どもだけで回せるようにって話し合ってる。幸い、スケイル国にいる竜人族が手を貸すって言ってくれてるし」
スケイル国など、里とは別の場所に根を下ろした竜人族たちも彼等が元々行ってきた「竜の調整」作業を手伝っていた。オリーゴロクスから来たと言えば、できる限りのことをする。そうした血の繋がりというのも、あるのだ。
そして、竜人族の血を引いていないシウのような仲間もいる。彼等は彼等にできることをしてきた。
こうした巡り合わせというものの不思議に、シウはいつも言葉にできない感慨を覚える。
この流れの中にいるのだという感覚、輪の中にいる安心感のようなものだ。感情に言葉が付けられず、シウは自分のことなのに面白いと思う。
「僕もできる限りのことをするからね」
「すでに、いっぱいやってもらってるけどね~」
シウが行った「水晶竜の間引き」についても彼等は知っている。素材を渡したし、そうでなくとも事情は伝えておくべきだからだ。
ちなみにイグの話はまだしていない。ガルエラドに言おうとも思ったのだが、結局言い忘れたのだ。
言い忘れたことに気付いて、ロトスに、
「どうしよう。通信で言おうか。転移して言おうか」
と相談したら変な顔で見られたので、止めた。
次の機会を待つことにする。
アントレーネと子供たちを置いて翌日に里を出たシウたちは、一旦爺様の家に転移した。
「せめて一日は間を挟まないとおかしいよね……」
「だよな。でも、竜人族って細かい日付を覚えてなさげな気がするけど」
移動の時間というものがあるので、誤魔化すためにシウたちはワンクッション置くことにしたのだ。
春なので、ロトスは爺様の家の近くにある専用の畑を耕し始めた。
「俺の畑ちゃ~ん♪」
歌いながら楽しそうだ。フェレスたちには見回りを頼む。喜び勇んで出ていった。
この日は、シウもゆっくり過ごすことにした。
と言っても手持ち無沙汰だ。市場で購入したものなどを調理しては空間庫に入れるという作業をしたり、溜まったままの狩った魔獣の処理を行う。
闇ギルドには相変わらずグララケルタの頬袋を納品しているし、薬師ギルドへは一冬草を一枚ずつ真空パックにしたものを納品している。他にも得たものの処理はいくらでも待っていて、いくら魔法で流れ作業「自動化」ができるとはいえ、まだ大量にある。空いた時間というのは大変貴重なのだった。
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