328 ギルドへの報告とティアの親友




 雪解けの月の最終週は、春休みの準備やら何やらで慌ただしく過ぎた。

 各ギルドへ、ルシエラを出て旅行するということも知らせた。

 商人ギルドでは、正式に《魔力量偽装》の魔道具を提出したし、魔術士ギルドではその術式も登録した。魔獣魔物生態研究科の卒科用論文で正式に認可されたので、それを元に提出したのである。

 これで、魔法でなり魔道具なりで魔獣避けの助けとなるだろう。

 もちろん完璧ではない。魔獣避け薬玉や煙草と同じである。絶対というものは存在しないのだ。それでも、魔獣から逃げられるという可能性が高くなるのは間違いなかった。


 薬師ギルドにも行った。

 ウェルティーゴという、騎獣が嫌う禁止薬草についての相談だ。何度か話をしているため現在どうなっているかの確認だったが、そろそろ王都でも話題になっていた。

 やはり、あちこちから持ち込みが確認されているらしい。

 受付の男性とパゴニ婆さんとで話し合ったが、二人とも険しい顔だ。

「盗賊どもの手によって入ってきているようだの。王都門で匂いによる判別が必要だと、ギルド長も上奏しているがね」

 騎獣を使って判断させるのが一番良いのだが、ラトリシア国では騎獣は国が管理している。貴重な財産扱いの騎獣を、王都門の出入りチェックに使うというのは有り得ないようだった。また、騎獣ならば貴族に下賜することも多いが、そうなると個人の持ち物となるのでもっと難しい。

「薬師たちの情報だとニーバリ領からがもっとも多いようですな。次いでクストディア領の荷に多い。あくまでも薬師としての検疫作業で見付けたものだから、完全じゃないが」

 受付男性の渋い顔とパゴニ婆さんの思案げな様子を見て、シウは何か大きな事が起こる予感がした。

「僕らがやれることといったらウェルティーゴ対策ぐらいですね」

「その通りじゃの。シウよ、おぬしも考えておくれよ」

「はい」

 希少獣たち全員に匂いを感じさせないような魔道具を配布する、というのも難しい。

 常に匂いを遮断するのも希少獣たちにはストレスだ。彼等は匂いを嗅ぐ生き物だからだ。

 できれば、中和するようなものがあれば良い。

 これは実験が必要だなと内心で算段する。

「じゃあ、春休みの間に考えておきます。パゴニ婆さんもお願いします」

「もちろんじゃ!」

 またシーカー魔法学院の図書館へこっそり入ろうとするつもりなのだろうか。何やら悪巧み顔をしているが、シウは知らないフリをしてギルドを後にした。




 キアヒたちとの別れも近付いており、シウは授業のない日に彼等と会った。

 旅の準備でいないことも多いキアヒとキルヒだったが、会えば一緒に買い出しにも出かけた。

 グラディウスは大抵出かけており、そのほとんどがアントレーネを誘っての打ち合いだ。ブラード家へ来ることもあれば二人(とグラディウスは認識しているが、フェレスやブランカにロトスも一緒)でギルドの依頼を受けていた。

 ラエティティアは宿に籠もっていることが多かった。ロワルでは自由に散策していたのに、よほど寒いのが苦手なのかと思っていたら、違った。

 何気ない、他愛ない会話の中で、彼女が教えてくれた。

「わたしの村ではね、昔、ハイエルフに追われていたハーフエルフの子を匿っていたことがあるの。その子の母親は元々ラトリシア国の出身だった。彼女はハイエルフの血が濃く出てしまったとかで、逃げていたのを匿ったのが始まりよ。彼女は迷惑をかけるからってすぐ出ていってしまったけれど、また戻ってきたの。ハーフエルフの子供を抱えてね。夫となった人族は、殺されたそうよ」

 ラエティティアはハーフエルフの女の子と友達になった。

 年頃の少女同士、日毎夜毎に語り合ったという。森での暮らし、お洒落のこと、どんな人と結婚したいか。控え目で優しい少女のことをラエティティアはどんどん好きになった。

 彼女の不思議な感性に惹き寄せられ真似たことも多い。そう語るラエティティアの瞳は少女のようにキラキラしていた。

「エルフは元々、身持ちの固い子が多いのよ。でもね、彼女は特別そうした考えが強かったわ。きっとお母様が人族と大恋愛したからだわ。命がけで愛し合い、彼女を産んだ。……お父様は母子を守るために死んでしまわれたけれど」

 悲しそうな顔でラエティティは目を伏せた。

「ねえ、シウ。知ってるかしら。ラトリシアにはハイエルフが隠れ住んでいるのよ」

 シウは黙って頷いた。ラエティティアはシウの返事は気にせずに、続ける。

「彼等はね、自分たちの血を穢す者を許さないの。バカな話よね」

「そうだね」

「わたしの友人とその母親は、追手の噂を聞いてまた村を出ていったの。どこか匿ってくれる場所を知っているからと言っていたわ。だから落ち着いたら、いずれ戻ると約束してくれた。わたし、ずっと待っていたの」

 ずっとよ、と呟く。

 ラエティティアは俯いたまま、続けた。

「……でも戻ってくることはなかったわ。わたし、どうしてずっと待っているんだろうって、ある時気付いたの。わたしは自由よ。誰にも追われていないわ。ね、わたしが探しに行っても良いと思わない?」

「そうだね」

「それに、外へ出れば強くなれるわ」

 冒険者ギルドに登録し、一人でフェデラル国を回った彼女は、やがて旅の友を見付けた。彼等はやがて仲間になった。

「わたしね、彼女だけじゃなくて他にもハイエルフに虐げられている人を見付けたら助けようって思うようになったの。だって――」

 その先を口にすることがラエティティアはできなかった。膝の上に置いた手の甲に、涙がぽつりと落ちる。

 ラエティティアの友人は見付からなかったのだろう。死んだという噂を聞いたのかもしれない。

 ラエティティアの旅は宙ぶらりんになってしまった。永遠に、友を失った。


 シウはそっとラエティティアの手を握った。彼女は小さな声で話した。

「あなたに最初に出会った時、不思議な感じがしたの。まるで彼女と出会った時のようで――」

「だから、僕のことを気にしていたの?」

 キアヒとも話したことがある。ハイエルフの血を引くかもしれない人間に出会うとラエティティアは保護していたと。シウのことも、姓の「アクィラ」がハイエルフ語に近いため何かあるのではと思っていたそうだ。

 シウも、その時は知らなかった。

 自分の父親がハイエルフの血を引く、しかも先祖返りと呼ばれる能力者だとは。彼が死ぬ時に残した言葉がシウの名前となった。

 でも、今ここで、ラエティティアに話すつもりはない。

 エルフであるラエティティアは、この問題に深く足を踏み入れるべきではない。保護し、助けるという活動だけでも危険だ。その上、シウの秘密を知ることは更なる危険を伴う。

 シウは笑ってラエティティアの手を強く握った。

「変わった生い立ちが似ていたのかな。ティアの親友と同じように感じてもらえて、嬉しい」

「シウ、あなた」

 ラエティティアは何か感じたようだが、そのまま口ごもった。

 しばらく、じっとシウの手を見ていた。ラエティティアの手を握る、シウの手を。

 そして、口を開いた。

「……親友ね。そう、親友と言ってもいいのよね」

 思ったこととは別のことを、しかし彼女にとって気になった部分を口にしたようだ。

 シウは、また涙を零す彼女にハンカチを差し出した。

「ありがとう、シウ」

 涙を拭いていた彼女が、ふと手を止めた。

「やだ、可愛い。これ、どうしたの?」

「何が?」

「ほら、この可愛らしい刺繍。あ、自分で作ったのね。あなた、そう言えばマメだったもの。自作の服や、フェレスのスカーフも作ってたわね」

「あ、うん、まあ」

 言葉を濁したシウに、ラエティティアはピンと来たようだった。

「ね、もしかして、自作じゃないの? やだ、シウ。これ、プレゼントされたもの?」

「えーと。うん、まあ」

 何故か照れ臭くなって、シウは頭を掻いた。するとラエティティアが慌ててハンカチを返す。

「え、どうしたの」

「プレゼントって女性からよね? そんなもの、他の女性に貸しちゃダメよ」

「……そうなの?」

「無粋な子ね。あなた成人したんでしょう? まったくもう」

 呆れた顔をして、シウの頬を両手でつまんで引っ張った。ぐいぐい行くので、結構痛い。

「いひゃいよ」

「刺繍は、プレゼントしてくれた子が?」

「うん」

 離してくれたが、まだ頬がヒリヒリする。それもすぐ引いていった。

「だったら大事にしなさいよ。自分だけのものよ」

「大事にしてるよ。だからティアに貸したんだ」

「……やあね。もう。あなたって、本当に」

 ラエティティアの瞳にまた、涙が盛り上がった。けれど彼女は必死に堪え、零さなかった。


 その後、シウはラエティティアから「誰からもらったの」と、しつこく聞かれた。

 他にも「気になる女性はいないの」や「好みのタイプは」などなど、母親や姉のような親しさで質問され続ける。

 ラエティティアこそ、どうなのだとやり返したら。

「……そうねえ。きっと、彼女もわたしがいつまでも独り身だったら気にするわね。考えてみようかしら。でも良い男がいないのよ。ね、シウ、どこかに良い人いないかしら?」

 儚げに見えるエルフのラエティティアは、いつでも誰からもモテる。けれど、まだ本当に彼女自身を見てくれる人には出会えていないようだった。




 その週の終わりに、キアヒたちはフェンリル四頭を連れてルシエラ王都を出ていった。シウたちより一足早い出立だった。

 王都門まで見送りに行くことはできなかったが、朝、学校へ行く前に宿へ寄った。

 名残惜しそうにしたのはグラディウスだけで、それもアントレーネと剣を合わせられなくなるからだ。彼らしい。

 他の面々とは、

「また今度」

 と軽い挨拶で別れた。

 きっとまたどこかで、彼等と出会うだろう。そんな気がしたシウである。











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拙作「魔法使いで引きこもり?」四巻が2月23日に発売します。

YUI先生の描くコミカライズ版も同日発売となります。

どうぞ、よろしくお願い申し上げます。

また時期が来ましたら恒例の宣伝週間が始まります……ダダーンダダーンダンダン、ダンダン、ダン(やめろ


そして、一巻と二巻が再重版となりました。

三巻も昨年末頃だったかに重版されました。

これも皆様のおかげです。本当にありがとうございます。

五体投地です!(寝てるんじゃないよ!)










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