324 希少獣の種類と休日のあれこれ
シウが希少獣を育てるのは今回で四頭目だ。
それもあって結構ぞんざいに扱っているように、レオンからは見えるらしい。
最初のうちは何度も抗議を受けた。もちろん説明を尽くしたら納得してくれたが。
考えれば今回など、ジルヴァーを学校に連れて行ったのも生まれてから二日後だったし、ギルドへの登録に至っては翌日だった。ぞんざいにしたつもりはないが気軽だったことは確かである。
逆にレオンはおっかなびっくりでエアストを冒険者ギルドへ連れて行き、帰ってきた頃には疲れ切っていた。主従契約のためとはいえ大変だ。
心配性の新米パパのようで面白い。
もちろん笑ったりなどしなかった。シウだって最初はそうだったのだ。微笑ましい気持ちしかない。
レオンと話をしていると、フェンリルの話題になった。
実はフェンリルと一纏めにされているが、その種類は様々だ。
狼という意味もあり、実際に狼型とも呼ばれるフェンリルだが種類は多い。まるっきり犬のように見えるものもいれば鋭い顔付きもあって、個体差がある。
レオンのフェンリル、エアストは柴犬っぽい見かけだ。コロコロしていて大変可愛い。育ってくると犬っぽいとはいえ大型になるため、大抵は狼のような見かけとなる。けれど幼いうちは犬の子と変わりなかった。
この、フェンリルの種類の多さは有名で、学者の中には細かく種類分けをすべきではと提唱する者もいた。他の騎獣と比べると、まとめられすぎだからだ。もっともフェーレースも種類は多いし、ドラコエクウスでも柄違いは多い。結局なし崩しで来ているそうだ。
レオンにとって初めての希少獣は騎獣となった。彼はこれを幸運なことと捉えているが、種類の多い種=希少性がない、と受け止めて残念がる人もいる。
あるいはルフスケルウスのような小型騎獣は、もっと微妙な扱いを受けることもあった。
「ルコがそうだったんだよね」
「ああ、前に話していた子か。俺なら、たとえ人を乗せられなくても嬉しいけどな」
「そうだね」
シウの腕にいるジルヴァーもそうだ。レオンは黒い小さなジルヴァーを見て、目を細めた。
「どんな子だって生まれてきてくれたら嬉しい」
彼は足元で丸まっているエアストにも視線を向けた。
シウもそちらを見て微笑む。
「……そりゃあ、育てるのに金銭的な余裕は必要だけどな」
「それなら最初から、卵石のうちから手放すといいんだよ。騎獣屋のリコラが何度か言ってたんだ。せめて、卵石のうちに手放してくれたら彼等もつらい思いをしないですむのにって」
「リコラって、ああ、シュタイバーンのカッサの調教師か。あそこは良い人が多いよな。何度か借りたけど良い子が多かった。最初は厳しいことも言われたけど、あれって全部、騎獣のためなんだよな」
「うん」
リコラが言っていた。
卵石の中に何が入っているのか知りたい。ただその欲求のためだけに手元へ置き、孵ってから「これは外れだから要らない」と売りに行く。それが、どれだけ希少獣たちを悲しませているのか彼等は知らないのだと。
生まれてすぐの赤子だから覚えていないと思うだろう。けれど希少獣たちはただの獣ではない。賢いからこそ卵石となって生まれてきたのだ。そして彼等の本能は時に奇跡のような力を発揮する。
愛されていないと知った希少獣たちの悲しみを思うと、リコラではないがシウもまた胸が痛む。
「誰だって望まれて生まれてきたいよね」
「……そうだな」
そう返事をしたものの、レオンは何か考え込んでいたようだった。
ジルヴァーはよく眠っており、いつでもどこでも堂々としたものだ。彼女もフェレスたちと同様に動じない性質になるのだろう。
「ぷぎゅ……」
鳴く時は静かでおとなしい。まるでクロのようだ。性格はクロに似るのだろうか。
まだほとんど目の開かないジルヴァーは、匂いでシウを確認している。
シウに包まれている時の彼女は静かなものだった。
お風呂などで少し離れると、小さく鳴く。
目が覚めた時も同じ。
「ぴゅ……」
可愛らしくて何度も撫でた。フェレスも彼女を大事に守ってくれる。小さきものへの扱いを覚えたブランカもまた、そろりとジルヴァーを見守る。
クロは常に見張り番だ。
「早く大きくなるんだよ。皆が待っているからね」
「ぷぎゅ」
「よしよし」
君は望まれて生まれてきたんだよ。だから安心してね。
撫でながら、彼女もいつかこのことを理解する日が来るのだろうと思った。
雪解けの月の三週目、土の日にキアヒたちがルシエラへ戻ってきた。
連絡はあったが出迎え無用とのことで、シウたちは各自やらなければならないことで走り回っていた。
たとえば、ロトスは騎獣屋で働くための心得を十五頭に教え込んだり、そこから四頭を選定したりする作業だ。
レオンは冒険者ギルドでの仕事は受けられないが、ブラード家でなら自由が利くということで、家僕の手伝いをしている。マナー的なものも覚えられるため積極的に学んでいるところだ。
アントレーネは、赤子の面倒を見てもらっている代わりに、ミルトやシルトたちに剣を教えていた。たまにブラード家の護衛たちも混ざって訓練している。護衛たちとは以前から練習に付き合っていたが、最近は本格的な鍛え方になっていた。そう、戦士としての厳しい訓練だ。
シウは買い出しである。ウンエントリヒ、ヴァルム、カルト、フラッハなどの港を軒並み訪問した。シルラル湖のハルプクライスブフト港はまた今度だ。もう少しで牡蠣が大量に採れる季節となる。その頃に買い出しに行く予定だった。
偽名で買いに行っているが、市場の担当者たちは偽名だと分かっているようで、毎回「はいはい」と笑ってスルーしていた。彼等にとってみれば、たまにやって来ては大量に買う「変わったお客さん」というだけのことだ。金払いが良いのと、市場の担当者を通すために「買い占めない」ところが安心材料なのだろう。
しかも最近は、大漁の時に通信で連絡を入れてもいいかと聞かれている。
まだそうした連絡はないが、シウは吹っ掛けられさえしなければ言い値で払うし、彼等も資源を無駄にしないで済むので互いに良い方法である。
二箇所で相談を受けたため、残りの港の担当者にも話をしたら好感触だった。
すぐに訪れられないこともあるし、なんだったら魔法袋を預けておいてもいいな、と相談返しもした。もちろん、市場の長との契約を行わなければ魔法袋のような高価な品を預かってはくれないだろう。数日後に再度訪れると約束して戻ってきた。
夕方には戻ってこられたため、ブラード家の庭でフェレスとブランカを運動させてから、キアヒたちの泊まっている木漏れ日亭へ向かった。
腕にはジルヴァー、肩にクロを乗せての姿に、宿の執事は目を丸くしていた。希少獣二頭持ちだからだ。
「おかえり。明日どうするか聞いておこうと思って」
「通信でいいのに。って、その子のためか」
キアヒはシウの腕の中を覗き込み、微笑んだ。
「可愛いじゃないか。なんでも珍しい種族なんだってな?」
シウに連絡をくれたのはラエティティアだったので、シウは彼女としか話していなかった。キアヒたちに説明してくれたのだろうが細かいことまで覚えていなかったようだ。
「アトルムマグヌスだよ。大きな猿だね」
「ふうん。ポンゴみたいなものか」
「あ、近いね」
話しながら、宿の中にある食堂へと向かう。
夜だったので食事中の客も多かった。彼等はまずシウの肩に目をやり次に腕の中を見た。それぞれ目を丸くしたり興味津々の表情を見せる。
席に座ると客たちが代わる代わる覗き込みに来るので、キアヒたちは笑った。
希少獣は庶民からすれば憧れの生き物だ。特にラトリシア国では庶民の手に渡ることはほとんどない。だから身近に見られる機会があれば、こうなる。
シュタイバーンでも視線を集めたが、ラトリシアはより強い。
でも、それは国の希少獣に関するルールの違いもある。シュタイバーンでは聖獣以外なら庶民でも希少獣が手に入れられる。
そもそも希少獣たちが愛らしいからこその視線だ。彼等が人間とパートナーになるのを望むように、人間にも希少獣への抗い難い愛情が溢れるからだった。これもまた人間の持つ本能なのだろうとシウは思っている。
グラディウスは、シウしかいないことに落胆していたが、
「明日は時間を作れるよ」
というシウの台詞に喜んだ。
アントレーネが来るとは言っていないのにと少々黒いことを考えてしまう。けれどグラディウスが微笑ましくもあり、アントレーネを誘ってみるつもりだ。
「騎獣とのお見合いは養育院でいいかな?」
「それがいいかもな。上手くいけば、その足で草原まで行って慣らしたい」
キアヒがスケジュールを口にし、他のメンバーに視線をやる。
キルヒは問題なしと頷き、ラエティティアも「そうね」と返した。グラディウスはぞくぞくと届く肉やパンの皿に目が釘付けだった。
その後、騎獣の引き渡し後の予定やシウの今後の予定などを話し合って別れた。
キアヒたちはシウが春休みで二週間出ずっぱりだと聞いて、それなら同じ時期にルシエラを出ることにすると決めたようだ。
ラトリシア国にはあまり長居したくないらしい。
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