323 徐々に変化する立場
シウが学校へ行くと、徐々に生徒たちがさざめいてくる。
最近のシウは希少獣を連れてきてもクロだけだった。クロはグラークルスなので大きくない。
目立つフェレスとブランカを連れてこないので、シウが希少獣を三頭も持っているということを忘れかけていたのだろう。
だから、新たな希少獣を手に入れたことと共に驚いた。冒険者というものの自由さや、四頭を養えるだけの余裕。そうした気持ちが彼等から感じ取れる。ほとんどは純粋な羨ましさだった。中には嫉妬めいた視線もある。しかし、シウが初年度生の時のような強い差別的な視線は感じなかった。
変われば変わるものだ。
もっとも、そうなる理由もある。
たとえば。
「シウ殿、もしや希少獣が生まれて?」
目を輝かせて近付いてくるカルロッテの存在だ。
彼女は侍女を連れているが、王女とは思えないほど少ないお付きだからシウとの位置が近い。
「はい。生まれました。見ますか?」
「ええ!」
頬を上気させて喜ぶカルロッテは美しい。
シュタイバーン国にいた頃、彼女はおとなしすぎて地味な印象だった。
けれど、努力の末に勝ち取った留学で、勉強すればするだけ自分の身になるという状況は彼女を明るくさせた。
「ミーティングルームへ? サロンが良いでしょうか」
「サロンでは他の方にご迷惑かもしれませんね。アビス、ミーティングルームはどうかしら」
「大丈夫でございましょう。ドルフガレンの二子様が従者を待機させていらっしゃるはずです」
「あら、そうだったの? いつもいらっしゃるけれど、どうしてかしら」
小首を傾げるカルロッテに、アビスではなく別の侍女が答えた。
「姫様のためです。他の方々と万が一にも二人きりとなりませんよう、朝と夕に侍女を置いてくださっているのです」
「まあ」
アルゲオらしい手配だなあと、シウは聞いていて思った。
侍女のマリエッタは、カルロッテに気にしないでいいとフォローする。
「ですが……」
「侯爵家としての務めですわ。姫様が気になさることではございません」
断言したマリエッタに、カルロッテはようやく納得したようだった。アルゲオは、この程度で「貸しを作った」などと言い出すような小さい男ではない。とはいえ、手元不如意の彼女は手助けばかりされているので肩身が狭いのだろう。
シウは話題を変えた。
「それはそうと、授業は順調ですか?」
ロッカールームから歩きながら質問すると、カルロッテは嬉しそうに手を合わせた。
「芽生えの月には飛び級できそうです。アビスに特訓してもらったのよ。ね、アビス」
「はい」
アビスは面映そうな顔で主を見た。シウが目交ぜで問うと寸分違わず理解してくれ、こちらに頷いて見せる。どうやら本当に大丈夫らしい。アビスの顔には誇らしげな気持ちが見て取れた。
初年度生のミーティングルームでジルヴァーを見せていると、アルゲオが聞きつけたらしく急ぎ足で入ってきた。
シウを見ると目を細めるがガミガミ怒ったりはしない。カルロッテの手前、我慢しているのだ。
「おはよう、アルゲオ」
「ああ。早いな。っああ、失礼しました。カルロッテ様、おはようございます」
「ええ」
にこやかに微笑んだカルロッテは、シウから見ると貴族の仮面を被ったように見えた。
アルゲオにはまだ心を開いていないようだ。
シウの方が気になってしまう。
「アルゲオ、アトルムマグヌスの赤ちゃん、見る?」
「は?」
何言ってんだ、という顔をする。アルゲオの間抜け顔は珍しいのでシウは内心で笑った。
「ほら、この子」
「……アトルムマグヌスだと? お前は本当に、なんというか」
呆れた顔をするが、視線がチラチラとシウの手元に行く。大抵の人は希少獣が好きだ。しかも赤ちゃんである。赤ちゃんが嫌いな人は滅多にいない。
「……まあ、可愛いな」
「そうでしょう? ジルヴァーって名付けたんだ」
「お前、それは、なんというか。そもそもアトルムマグヌスというのは珍しすぎるだろう? 確か、かなり大きくなるのではなかったか?」
「ウルススやポンゴと同じぐらいだよ。抱っこしてもらったことあるんだけど、いいよー」
「……そうか」
アルゲオは毒気が抜かれたような顔でぽつんと呟いて、その後は何も喋らなかった。
授業のために移動していると、声を掛けられることが増えた。
その中にはオリヴェルもいる。この国ラトリシアの王族だ。彼と共に一緒にいることの多いスヴェルダは隣国デルフの王子である。
他にも生徒会長のミルシュカにタハヴォやヴラスタといった生徒会メンバー、次かその次の生徒会長になると噂されるプルウィアにも声を掛けられる。
最上級生となったアロンソやウスターシュなどとも仲が良く、つまりシウは手を出すにはちょっとマズイと思ってもらえるほどに交流が増えていた。
昨年まではちょっかいを出されていたシウも、ラトリシア国の第一子であり世継ぎのヴィンセントと親しいことが広く知られるようになったため、波が引くように減っていた。
ただ、いきなりという言葉が合うほど急に静かになっている。
不思議に思っていたが、その理由は金の日の午後に行う勉強会で知った。
時間があれば、シウはオリヴェルとスヴェルダの三人でサロンにある喫茶店で話をする。
図書館へ行くこともあったが、ちょっとした話し合いなら喫茶店がいい。
「勇者が王城へいらして、晩餐会を開いたことは話したよね?」
頷くと、オリヴェルが続けた。
「晩餐会には勇者に力を貸した上級冒険者たちもいた。シウも知ってるよね? その彼等が貴族に囲まれて歓談している時にシウの話題が出たんだ」
「そうなんだ」
エサイフやキアヒからは聞いていない。シウは首を傾げた。
するとオリヴェルがくすくすと笑った。
「僕もその場にいなかったからね。後で聞いたんだけど……。彼等はね『国へ力を貸す冒険者の悪口を言うなど、この国の貴族はどうなっているんだ』と声を上げたらしいよ」
「ああ……」
「彼、エサイフ殿は言ったそうだよ。この俺よりも強い、俺が信頼する冒険者を貶すのかって」
スヴェルダはふんふんと頷いている。彼も知らなかったのだろう。
「別の冒険者の、キアヒ殿だったかな。彼等も口添えしたんだ。シウは、そんな悪口を言われるようなことはしない。自分たちの大事な友人を、そんな風に言われては気分が悪い。こんな国に来るのではなかった、とまで言ったそうだよ」
「あー。もしかして最後はティアかな?」
そこまできついことを言うのは彼女のような気がした。はたして、オリヴェルは頷いた。
「エサイフ殿は『勇者にもシウの話をした。すごいやつがいるんだと自慢した。それを嘘にするのか』ってね。そりゃあもう、周囲の人は慌てたそうだよ。勇者に告げ口されると思ったのだろうね。エサイフ殿もキアヒ殿も、ニーバリ領のスタンピードではとても素晴らしい働きをしてくれた。そのことを勇者は何度も口にしていた。勇者が感謝するとまで言った上級冒険者パーティーの二つを、敵に回すことの意味は分かるでしょう?」
その後、噂はさざなみのように広がった。
「君に手を出すのはマズイと気付き始めたようだね」
「遅いんじゃないか?」
とはスヴェルダだ。
「ま、どこの貴族も同じかね。使えないやつは人の足を引っ張る。使えるやつほど隠れて出てこないんだ」
デルフ国は、ラトリシア以上に貴族同士の争いが絶えないところだ。あちらは物理的にやり合っているので、もっと殺伐としているのだろう。
オリヴェルは、お疲れ様という意味でか、スヴェルダの肩を軽く叩いていた。
彼等にもジルヴァーを見せたが、目尻を下げてとろけそうな笑顔だ。
「プリュムが小さかった頃を思い出すな。プリュムは本当に可愛かったんだ」
「可愛かったよね~」
「……わたしも見たかったな」
「拗ねるな、オリヴェル」
「拗ねていない」
二人は親友同士のように仲良く小突きあっていた。
プリュムにも会わせた。
シウがジルヴァーを連れ歩くので、レオンもその頃には一緒にエアストを抱っこで連れて行った。
騎獣屋ができるまでプリュムは養育院で教育してくれると約束してくれており、毎日いる。ロトスと一緒になって十五頭を扱いたり、あるいは増えた老獣の世話をしていた。
そんな中に、幼獣二頭だ。
皆がメロメロになった。
「可愛いね、可愛い!」
プリュムは大きな体を縮めて、身悶えていた。ロトスは、
(止めろよ、なんだか変な感じがするから。くそっ、天真爛漫すぎて突っ込めねえ!)
などとシウに文句(?)の念話を送った。意味が分からないので、シウはスルーだ。
(スルーするなよー!)
「はいはい。ほら、ロトス、あの子が前のめり過ぎるから注意して」
「うお。おい、こら、お前そんな巨体で伸し掛かるんじゃねえ。もし倒れたら赤ちゃんが潰れるだろ。バカ、止めろ。可愛いんだろうがなんだろうが舐めるんじゃねえ。食いもんでもねえんだよ!」
からかわれているような気がしないでもないが、おおむね楽しそうだ。
養育院に増えた老獣たちも、小さな命に心が安らかになったようだった。
まだまだ慣れない生活だ。先輩の騎獣たちと共に、どうか穏やかに過ごしてほしい。
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例によって例のごとく、またクソ忙しい時期がやってまいりました。
恒例の年末進行です(自分の中でだけの恒例ネタでして、別段有名な話じゃないです笑ってスルーするやつですコレ)。
というわけで、暗黒の地下帝国へと潜ってきます。
何でこんなことを書いてるかというと(書き溜めたものの)読み直し作業が追いついていないという、コレはいつものアレです。
投稿間隔が伸びますけど、そういう事情ですので許してちょんまげ。
24日に番外編投稿します……それでお茶を濁す所存。
どうぞよろしくお願いします。あ、だからもちろん、番外編の短編も読み直しなんてしてなくてよ?
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