322 騎獣屋と最後の卵石の誕生
レオンは一週間、学校を休むことにした。
生まれたての騎獣の子を連れて学校へ行く勇気がない、という気持ちはシウにも分かる。
幸い、ちょうど飛び級を済ませたところだった。学校側に話をして調整してもらうことにしたようだ。
また冒険者ギルドでの仕事もしばらく休む。
バリバリ働いてお金を稼ぐつもりだったレオンは、シウに頭を下げた。
「初年度の学費は自分で入金したんだよね? ギルドで働いた分があるから、お小遣いにも困らない。どこに問題が?」
「いや、住む場所や食事の世話になってるし」
「それはブラード家だからね」
「シウが、お釣りが出るほどブラード家にいろいろなものを渡していることは知ってる。そこから俺の分も出て――」
「怒るよ?」
シウが睨むと――ロトスいわく全く怖くない睨みのようだが――レオンは言葉に詰まった。
「卵石を押し付けたのは僕だ。パーティーのリーダーとして頼んだ。騎獣にかかる費用を僕が出すのも当たり前のことだよね?」
レオンは黙って俯いた。
「生まれてからしばらくはパーティーへ参加できない。それは承知の上だ。僕が通ってきた道だからね。先輩としての僕の意見を、聞いてくれる?」
「……ああ」
「パーティーとして得た分から、その子にかかる費用は出す。その代わりレオンはエアストと共に働くこと。そうだね、一年でいいよ」
「一年!?」
「あ、長い?」
「短いんだよ!」
「もっと一緒でもいいの?」
「……それはこっちの台詞だ。足手まといなのは、分かっていた。訓練も、やってみてよく分かった。このままじゃダメだって思って、でも」
「そんな時に卵石を渡した僕を、嫌だなって考えたことは?」
「ない! ……あるわけないだろ。俺がどれだけ憧れてたと思うんだ。リグよりずっと、俺は――」
リグドールが希少獣を欲しがっていたことはシウも知っている。でも彼は、冷静に今の自分の立場を考えた。アリスから卵石の話を聞いても譲ってほしいとは言わなかった。
逆に考えれば、それだけ冷静でいられたということだ。
レオンは冷静になれなかった。
シウに渡されて、ギルドの仕事がしばらくできなくなると分かっていても手を伸ばした。
「分かった。シウ、しばらく抜ける。でもまた、パーティーに戻って仕事をしたい。だからそれまでよろしく頼む。頼みます」
「了解。あと、僕はリーダーだけど敬語は要らないからね」
ウインクすると、レオンは笑った。
「下手くそ」
ということらしい。
雪解けの月に入り、日々暖かくなってきた。
来月には春休みが来る。シウにとっては忙しい日々の始まりだ。イグとの約束もあるし、シャイターンで苗を手に入れゲハイムニスドルフへ行かねばならない。
今のうちから調整しようと計画を立てた。
たとえば、以前は頻繁に仕入れていた各市場への再訪などもある。
ククールスもいない、レオンも休み。それならギルドの仕事もセーブしようとロトスと話し合った。
ちょうど良いことに、春の兆しが見えてきたことからルシエラへ戻ってくる貴族が増えてくる。それに伴い人も動く。となれば冒険者たちも戻ってくる、という寸法だ。
まだ徐々にという段階だが、少なくともシウがシアーナ街道を見回るという仕事は減らしてもいい。
また、ロトスとプリュムが頑張って育てた十五頭の騎獣たちが仕上がってきた。
そのうち四頭はキアヒたちに譲る予定だが、残った十一頭はこのままというわけにいかない。
冒険者ギルドとも話し合い、騎獣屋をやることが決定した。
騎獣屋は、以前シウが出資した騎獣料理専門店ガウディウムの隣に建てる。
騎獣の一時預かりもしていたガウディウムが、いよいよ人気が出てきて店を広げることになった。そのため、預かり場を店舗にしたいと相談があったのだ。
ガウディウムの隣で雑貨屋をしていた老夫婦も引退を考えていたというので、シウが土地ごと買い取ることにした。
これもガウディウムのオーナー、エミリオが普段から良い付き合いをしていたからだ。スムーズに話は進み、老夫婦は田舎へと引っ越していった。
古い家は解体し立て直すことになった。
昔ながらの奥に庭が広がる良い家だが、建物が古すぎた。最奥の倉庫は老夫婦でさえ入るのが怖いというほど古かった。
古すぎてロトスなど、お宝があるのではと騒いでいたが、特に見当たらなくて肩を落としていた。
この騎獣屋を作るにあたって、メトジェイにチラと話したら、魔法建造物開発研究科として研究の題材にしたいと申し入れがあった。
そのせいで、シウが魔法でぱっぱとやるわけにはいかなくなった。
一日で終わる仕事が、一月かかることになったのだ。
ただ、騎獣屋をやるからには人を雇う必要がある。面接をするのにも時間はかかるので、それで良かったのかもしれない。
この件は商人ギルドに全部任せるつもりだったが、面接だけは顔を出す。
オーナーは商人を募集するつもりだから、それでいい。けれど、職員には元冒険者を使いたかった。そのため養育院の職員で元冒険者のエンダを通じて頼むことにした。現役の冒険者でもいいし、真面目に働くならスラム街の知り合いでもいい。そう告げると「相変わらずだなぁ」と苦笑された。
雪解けの月も、忙しい日々が過ぎていった。
そんな中、シウの持つ卵石が孵った。皆より二週間も遅れたためレオンが一番安堵していた。
鑑定魔法を持つシウには大丈夫だと分かっていても、そうではない大多数の人はこんな気持ちを味わう。シウの持つ力は普通ではないということを、改めて肝に銘じることとなった。
新しい子の誕生は、カリカリ音を立てた時点でフェレスたちが騒ぎ始め、そのせいで屋敷中に知れ渡った。
皆が廊下で不安そうにそわそわする中、彼女は可愛らしい姿を見せてくれた。
ロトスには話していたため納得顔だったが、アントレーネとブランカは何故か変な顔だ。
「どうしたの?」
「いや、だって、これって何だい? 本当に、その、希少獣なのかと思ってさ」
アトルムマグヌス、ゴリラ型の希少獣は黒い。そのため、魔獣のように感じたのだろう。もちろん魔獣の持つ気配はない。けれど人型をした黒い生き物に一瞬引いてしまったのだ。
しかも、アトルムマグヌスは珍しい。希少獣と呼ばれることから本来彼等は希少なのだが、その中でもとりわけ希少種だ。
驚くのも仕方ない。
「前に、ウルススやポンゴを見たことあるよね?」
「飛竜大会でだね。あれは良かった」
抱っこしてもらえるサービスがあり、アントレーネも包まれた。ロトスはふわもこ~と言っていたほどで、大きな獣に抱かれる幸せを感じたものだ。
「同じ系統なんだよ」
「そうなのか!」
「ぎゃぅ!!」
アントレーネと、何故かブランカまでが喜んだ。ブランカは釣られただけだろうが、ふんふん匂いを嗅いで仲間だとようやく認識できたようだった。
廊下に出て皆に見せて回ると、誰もが可愛いと喜んだ。
ダンやロランドは、珍しい種族だと知って驚くやら呆れるやらだったが、カスパルは、
「ま、君のことだものね」
で済ませてしまった。
「ところで、名前はもう決めてるの?」
「うん。ジルヴァー、と」
「ジルヴァー……確か『銀色』という意味だったかな? 古代語の傍系語だね」
「本当はヴァイゼにしようか迷ったんだけど。アトルムマグヌスは賢い個体が多いと書物にあったから。でも名前が大きすぎると可哀想だしね。健康ならそれでいいかと思って。それにジルって愛称だと可愛いでしょう?」
「それもそうだね」
と答えながら、カスパルは視線をシウの後ろへ向けた。ジルヴァーを抱っこしたシウを追いかけてきたフェレス、ブランカがいる場所に。
クロはシウの肩に乗って見下ろしている。
「いいね」
何故か念押しされてしまった。
シウが変な顔をしたのだろう。カスパルは小さく笑って、クロの乗っていない方の肩を叩いた。
「また賑やかになる。楽しいことだ。君は気にせず、ジルヴァーを育てればいい。レオンにも言ったけどね、君たちは僕らに喜びをもたらしてくれる。そのことを忘れないでくれ」
「……はい」
カスパルの懐の深さには、いつも助けられている。
彼とは、ロトスやリグドールたちとは違った形の、親友なのだろうと勝手に思っている。でも口にすればきっと「無粋だな、君は」と言われそうだ。だから黙っていよう。
代わりに。
「ありがとね」
と、告げた。
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