320 爺様と、また今度




 キアヒたちは旅の準備もあるというので、風の日は日帰りで仕事を済ませた。

 光の日はレオンの騎乗訓練を兼ねて、またシアーナ街道ヘ向かう。

「もうすぐ孵るからね。その子が小さいうちは思うように動けないし、今のうちに覚えないと」

 シウの場合も最初のフェレスの時は静かにしていた。宿に引きこもって面倒を見たものだ。けれど、クロとブランカの場合は違った。魔法使いとしての力があり守れるという自信もあった。

 レオンも、それは分かっていた。

「ああ。頑張る」

「じゃあ、フェレスに乗ったら次はブランカね。暴れ馬のように見えるかもしれないけど、あれで乗り手のことをちゃんと考えてるから」

「……分かった」

 レオンはまだ、ブランカに一人で乗るのは少し緊張するらしい。シウが乗っていると思う存分に飛び回っているよう見えるから、怖いのかもしれない。けれど、シウが乗っている時でさえ実は彼女は考えて飛んでいる。

 レオンもきっと、そのうち分かるはずだ。


 レオンを引き止めている間、ロトスとアントレーネは互いに飛行板に乗って奥地へ向かった。そこで見回り兼、飛行板の練習をする。

 フェレスとブランカも交代で残ればよく、どちらかがロトスたちのところへ行って、低空飛行訓練をやっているようだった。

 シウもレオンの騎乗を見つつ、飛行板の練習をした。ロトスのような面白いアクロバット飛行もできるようになってきた。くるくる回ったりするのも、いずれ役に立つだろう。咄嗟の時に出ればいい。

 レオンは、その訓練必要か? と不審そうだったけれど。




 その日は早めに屋敷ヘ帰り、シウとロトスだけ《転移》でククールスたちのところへ会いに行った。

 直接飛んだせいで、スウェイはやはりビクッとなっていた。

 もう少し離れた場所に飛べばよかった。

「ごめんね。驚いたよね」

「……ぎゃ」

 そっぽを向かれてしまった。恥ずかしかったようだ。

 ロトスは、

「お前、なんか可愛くなったなー」

 と、喜んでいた。


 ククールスが面倒を見られるのか不安だったが、考えたらスウェイは成獣だ。卵石から育てるのとは訳が違う。

 互いに個々で動くことに慣れているため、適度な距離感で過ごしたようだ。

 ククールスだったから良かったのかもしれない。

「上手くいってるみたいだね」

「あんま、干渉しなかったしな」

「訓練はどうしたの?」

「一応、朝と午後だけやってみた。それ以外は森歩きを教えてやった。人間のやる森歩きだな。それを覚えりゃ逃げも隠れもできるつったら、真面目についてきたぜ」

 エルフの森歩きの方法、狩猟で入ってくるであろう麓の一般人、盗賊が通るであろう道などについても教えたようだ。

 それはいいなとシウは感心した。

 レオンにも教えてあげたい。

「僕が知っているやり方って、特殊らしいからなあ」

 爺様がシウに叩き込んだ方法は、今では「変わっている」ともう知っている。

 爺様は、シウがたった一人でも生きていけるようにと厳しく仕込んでくれた。彼は一流の冒険者だった。その全力でシウにスキルを与えてくれたのだ。

「ああ、まあな。お前のそれは普通じゃねえわ。ちっこいのに俺より森歩きが得意だったしな。何時間でも木の上に隠れていられる方法とか地面を掘って隠れるなんてこたぁ、いくらエルフの俺でもできねえよ」

「うん。だから、猟師や盗賊の歩き方っていうのを教えてほしい」

「おー、いいぞ。レオンにだろ?」

「ロトスにも。今更なんだけど、スパルタだったかなと思い始めてきた……」

 聞いていないと思っていたロトスが、

「ほら! ほらー!!」

 と、ドヤ顔だ。

「シウが土の中に潜れって言い出した時はどこの【特殊部隊レンジャー】だよって思ったもん!」

 そんなことを言うが、シウだってやって来たことなのだ。

 爺様は魔獣を飼おうとしたシウに困っていた。幼い、本当に幼い頃のことだ。彼は業を煮やして魔獣の恐ろしさをシウに見せた。オークの群れがある洞穴に連れて行ったのだ。ちょうど麓から救援要請があった。山に入って連れ去られた者がいると。

 あの時の衝撃をシウは忘れていない。

 人と魔獣は相容れない。そのことを知った日だった。

 これは、前世を日本という平和な世界で生きてきたシウを、この世界に馴染ませる大事な儀式だったのではないかと思っている。

 ただ、ロトスにはもう少し穏やかにと思って気を遣ったつもりだ。

 それでもまだまだスパルタすぎた。

「泥沼の中に入れとは言ってないからセーフだよ」

「なあ、それ、シウなりのジョーク? まさかだよな?」

「……さあ?」

「お、おい。シウ、頼む。お前だけは最後の砦! クリーンな政治を頼む!」

「ごめん、それは分かんない」

 いつものように話していると、ククールスがぶはっと笑いだした。

 スウェイは全く付いてこれず、なんだなんだとシウやロトスを交互に見ている。

「笑い事じゃねえっての。兄貴、最近シウが大人になってきてるんだー」

「いいじゃねえか。成人したんだしな」

「そうだけどー」

「安心しろって。お前を置いて、大人にはならないって。そんな甲斐性あると思うか?」

 またその話か。シウは呆れて、くだらないことを言い合いう二人に言い放つ。

「モテない男たちに言われても痛くも痒くもないんだよ?」

 動きの止まった二人に、更に追撃する。

「【同じ穴のムジナ】じゃなかった、どんぐりの背比べ、だよ。僕ら全員、大人だけど、モテないの。分かった?」

 二人はそのまま固まってしまった。

 シウが思うよりずっと、言葉は強く彼等を攻撃したようだ。

 誤魔化すためにシウはスウェイを呼んで離れた。変な言葉は覚えなくていいからね、と告げるために。




 翌日は学校があるので、夜のうちに木漏れ日亭へ向かった。

 前もそうだったなと、思い出す。

 見送りのために宿へ行き――。

 懐かしい顔ぶれは少しだけ年を取っている。

 彼等とはまた出会う。そんな気がする。以前も同じ気持ちを抱いた。


 そう言えばエサイフも同じことを言った。

 彼の師匠もまたそう言ったらしい。

「またな。いつか出会うだろう」

 言い出したのは爺様だったそうだ。いつ会うと約束はしない。誰とも約束はしなかった。まるで世捨て人のような、寄る辺ない生き方。若い頃に妻を亡くした彼は、どこか地に足がついていなかったのかもしれない。

 シウが、シウの前世がそうだったように。

 それでも彼と出会った人々は「いつかまた出会う」と信じていたそうだ。


 爺様が築いたからだ。絆を繋いできた。だから彼のことを、キリクはずっと覚えていた。爺様の仲間たちも覚えていた。弟子に伝え、その弟子がシウと出会った。

 不思議な縁だ。その縁は爺様が築き上げたもの。


 いつかまた出会う。


 今度はシウが築き上げる縁なのだと思う。

「ティア。あんまりオシャレばっかりに気を回しすぎて、体のことを疎かにしたらダメだよ」

「はーい。シウったら、大人ぶっちゃって」

「いや、シウは前からこんなだったぞ、ティア」

 キアヒが言うと、キルヒが頷く。グラディウスはシウの後ろを見て、首を傾げる。

「どうしたの?」

「いや。見送りに、レーネは来ていないのか?」

「僕だけだよ」

「そうか」

 そう言う彼の顔がしょんぼりに見えて、笑う。キアヒもキルヒも堪えきれないとばかりに笑った。ラエティティアは優しいお姉さんのような視線でグラディウスを見ている。彼女からすればグラディウスは一番小さな弟なのだ。

「また今度、会うよね。その時に再戦を挑んだらどうかな」

「そうだな! うん、そうしよう!」

「グラディウス、うるさいわよ」

 彼等はいつもこうだ。変わりない姿に、シウは何故だかとても嬉しくなった。

 まるで変わりない幸せの世界。

 最初彼等と出会った時に感じたのは、外から見る箱庭のような世界だった。

 今は違う。シウが手を伸ばしても届く世界だ。

「気をつけてね。一月後かな。またね」

 また今度。


 爺様は本当に、またいつか出会いたい、そう願っていたのだ。外から見る箱庭に手を伸ばしたいと、本当は思っていたに違いない。そんな気がした。

 シウが、そうだからだ。


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