316 名付けと会話




 話が落ち着いたので、飽きてきたらしいフェレスたちに採掘してくるよう言いつける。シウはロトスと野良だけで話をすることにした。

 ロトスは念話でシウだけに、

(なあなあ、俺の分の宝石、ちゃんと取っておいてな? 俺のー)

 と伝えてきて、笑ってしまった。ここに野良を置いていかないのは彼の優しさだ。

「さて、じゃあまずは名前がいるね」

「ぐぎゃ?」

「それぞれ個体を特定するためのものだよ。僕はシウ、彼はロトス。大勢いる時、判別できるよね?」

「……ぐぎゃ」

「うーん、どうしようかな」

「あー、なあなあ」

 ロトスが手を挙げた。シウが「はい」と指差すと、彼は笑いながら答える。

「シウの名付けセンスは危険だ。俺に案がある。さっきのトンファーを避けたやつがボクシングのほら、スウェーみたいだったから、スウェーは?」

「あー、じゃあ、発音をもう少し……スウェイは?」

「いい感じ。それならいいんじゃね」

 センスがないのは自覚しているので、ロトスの出した案に乗った。

 野良に聞いてみると、特に異論はないようなので名前はスウェイで決定だ。

「じゃあ、スウェイ。君がどういう生き方を選ぶにしろ、良い方向へ行けるように話し合おうか」


 スウェイは、ロトスとの念話が繋がって以降はどんどん会話力を身に着けた。

 当初のシウへの曖昧な意思疎通とは違って、随分判りやすくなっている。これならと、シウは言語魔法を掛けさせてもらえないか頼んでみた。

 本獣はさすがによく分かっていなかったが、もっと人間との「会話」がしやすくなるかもしれないと言えば了解してくれた。

 ロトスにも言語魔法を掛けたことがあるので、ものは試しだ。

 調教魔法での《意思疎通》《従属》と徐々に段階を上げて同時に重ねがけしていく。

 上手く行けば人間の曖昧な会話を言葉で理解しやすくなる。

 ロトスの時はロワイエ語をインプットした。しかし、元々彼が持つ知力に合わせてだったので、複雑な言葉は覚えられなかった。いわゆる置き換えられた状態だ。

 今回は言語をインプットすると同時に、獣の持つ本能のような感情を言葉に組み替えるようイメージしてみた。

 言語魔法のインプットはかなりの高等技術で対人間でも難しい。

 あまり期待はしていなかったが――。

「僕の話すことが理解できるかな。君はスウェイという名前になった。僕はシウだ。君らは希少獣という存在で、普通の獣とは違う。賢い獣、賢獣と呼ばれたこともある特殊ないきものだよ。君たち希少獣は人間とパートナーになって生きると、より強くなれるんだ」

「ぐぎゃ……ぎゃうぎゃう!!」

 細かい言葉は理解できていないようだったが、確実にニュアンスは通じていた。今回、彼に伝えた言葉の中に感情を含めた念話はなかった。ただ、言葉を発しただけだ。

 それでも通じた。

 スウェイが頭の良い個体であることも良かったのだろう。

 野良として生きてきて人との付き合いがない彼にとって、これは良い結果だ。

「ロトスは、どう?」

「最初よりずっと、言葉になってるわ。すげーな。めっちゃ便利じゃん! あいつらにも使おうよ」

 とは十五頭のことだろう。

 でも、シウは首を横に振った。

「あの子たちは人間と暮らしていたからね。野良に近いけど人との会話に慣れてるよ。基礎ができてる子に余計なことはしない」

「おーう。そういうとこ、スパルタだぜ」

「あの子たちは若いしね」

 ロトスの時は急いで慣れてほしいこともあった。

 そしてスウェイは鑑定の結果二十歳と出ている。魔力が高く、ニクスレオパルドスは上位騎獣だから寿命は長いだろう。けれど、野良として生きてきた。

 コルの話では、野良希少獣の寿命は短い。孤独で過酷な生活がそうさせるのかもしれない。

「スウェイは、成獣になって随分経つし、覚えも遅いだろうから」

「そっか」

「ぎゃ……」

 覚えが遅い、というところに反応してしまったようだ。スウェイは微妙な心地になったらしい。顔には出ないが、鳴いた声に感情が籠もっていた。

 シウは笑った。

「大丈夫。強くなることだけ考えたら、スウェイはきっと早く覚えるよ」

「ぎゃうう!」

 尻尾がばふんと地面を叩いた。強くなることへの貪欲な思い。それは生き残るための本能的な欲だ。

 シウはロトスに聖獣姿へ転変してもらうと、すぐさま訓練を始めることにした。


 汗をかかない程度に軽めの訓練を行い、休憩はしっかりとった。

 おやつの時間になるとフェレスたちが戻ってきたので、皆で土の家で車座になる。

 スウェイには凝ったおやつは慣れないだろうから、この日は芋を蒸したものにした。熱々のバターを添え、温めた山羊乳も出す。最初は熱いことに驚いてビクッとなっていたスウェイも、ブランカのあちあちと鳴きながら食らい尽くす様子を見て真似るように食べていた。

 食べ終わると、ロトスがそわそわしっぱなしだったので彼とクロを採掘現場に行かせ、残りは土の家に残った。

「スウェイ、この子が僕の最初のパートナーでフェレス。さっきまでいた中で、一番強い子だよ」

「ぐぎゃっ」

「ぎゃぅっ!!」

 嘘だろうと否定の思いを伝えてきたスウェイに、ブランカがすぐさま喧嘩腰に反論する。強いもん! と、フェレスを後押しだ。

「ぐるるる……」

「本当に強いよ。彼はね、騎獣としては小型だし魔力もそれほど高くなかった。けれど、火竜を前にしても怯まずに囮として彼等の目の前を飛び続けたんだ」

「ぐぎゃ!?」

「見たことあるの? そっか、こんなところにまで……竜の大繁殖期って場所は関係ないんだなあ」

 この近辺に火山はなかったと思うが、火竜は所構わず飛び回っていたようだ。

「誰よりも早く飛べるし勇気もある。力がないなりに工夫して魔獣を倒すよ。君には、その工夫がないんだ」

「ぎゃ」

「さっきの訓練でも、まっすぐにぶつかってきたね。気性として、それは正しいんだろうと思う。けれど、フェイントをかけることや自分の能力を熟知するということも大事だ」

「ぎゃ」

「でね。僕らは今日には帰らないといけない。でも君のことが心配だ。だから、できれば一緒に帰りたいんだけど……」

 そっぽを向かれてしまった。

 さすがに今日いきなりというのは難しいようだ。

 ロトスという聖獣を前にして抗い難いものは感じているようだが、それとこれとは別らしい。

「じゃあ、少しの間ここで暮らす? 時折来るから」

「ぎゃ……」

「餌、あるよ?」

「ぎゃ」

「結界があるから、万が一誰か来ても大丈夫だよ? 安心して体を休められると思うんだけどな」

「ぎゃ」

 会話として通じるようになったせいか、シウにもかなり心を開いてきている。あと一押しかなと、続けた。

「強くなりたいんだよね?」

「ぎゃ」

「ここを守るという『仕事』もあるんだけど」

 仕事、の意味は分からないだろう。けれどそこに「使命」のようなイメージを込めた。

 使命なら彼等は分かる。本能に備わっているものだ。魔獣を倒すという使命。

 はたして。

「ぐぎゃうっ!」

「ありがとう。じゃあ、頼むね」

 しばらく、この場所のことは内緒にする必要が出てきたが離れているし大丈夫だろう。

 念のため、結界を張って人間避けをする。

 スウェイを連れて帰ろうと説得するのは時間がかかりそうだ。

 それにロトスの採掘遊びもまだ満足していないようだから、また来よう。

 シウはスウェイに注意事項を告げると、土の家から出た。

 改めて家を固定する。魔獣を弾き許可のない人間も入らせない。

 ロトスに戻ってくるよう告げてから、今度は山全体にも結界を張った。人間避けだ。

 スウェイはシウが何かやったのは分かっても、それが何かは理解できていなかった。

 フェレスたちがなんとなく分かっているのはずっと本能だろうと思っていた。けれど、見もしないものを理解できるはずはなかったのだ。

 スウェイへの説明は今度ゆっくりしよう。

 シウはスウェイと目線を合わせた。

「僕はスウェイの味方だよ。人間は嫌なやつばかりじゃない。それだけ、覚えておいて」

「ぎゃ」

「食事は、幾らか置いていくから。分けて食べるんだよ。じゃあね」

 大きく立派な体格のニクスレオパルドスに手を振る。意味は分からないなりに彼はこちらを見ていた。ずっと見送るように、シウたちを見ていた。

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