315 野良希少獣




 お昼だよーと通信で呼んだら、飛ぶように(実際飛んで)戻ってきたロトスたちは、立派な体躯のニクスレオパルドスを前に唖然としていた。

 ブランカは珍しく、シウの後ろに隠れている。大きな雄のニクスレオパルドスが怖いようだ。いや、怖いというよりも野良希少獣に慣れていないのだろう。

 盗賊に飼われていた十五頭の騎獣たちは、なんだかんだで人馴れしていた。

 しかし、目の前のニクスレオパルドスは薄汚れていて怪我の痕もある。怪我自体を気にするブランカではないが、歴戦の強者が持つ貫禄のようなものに本能的な怯えがあるのかもしれない。

「こちら、さっき誘ったニクスレオパルドス。名前は……ないよね」

 名前という概念もあまりなさそうだった。鑑定しても出てこない。

「こっちは、フェレス、クロ。そしてロトスだよ」

「ぐぎゃっ」

 挨拶なのかは不明だが、鳴いて返事をしてくれた。すると、真っ先にフェレスが、

「にゃ。にゃにゃにゃ、にゃにゃ!」

 ん、ふぇれだよ、よろしく! と普通に返す。

 ロトスは肩の力が抜けたようだ。

「あのなぁ。なんだ、その、気の抜けた返事。あと、お前さ、お前だよ」

 ビシッと指差して、ロトスは認識阻害を外した。シウが渡している首輪もだ。

 すると、ニクスレオパルドスは後退った。

 シウに対したのとは違う、恐れのような態度を見せる。

 やがて、じりじりとその場に伏せた。

「……ふぃー、うっし。威圧完了」

「威圧してたんだ?」

「……ちっ。やっぱ、シウには通じてねえのか。あと、フェレスにも通じてねえし!」

 平然とするフェレスにチラと視線を向けて、ロトスは溜息を吐いていた。

 ただ、クロもブランカも平気だったことから、それほど強いものだったのではないのだろう。

 伏せてしまったニクスレオパルドスにロトスが話しかけた。

「よー。俺はロトス。分かるよな? おれのこと」

「……ぎゃ」

「よっしゃ。じゃあ、大人しくしてろよ。あと、名前は――」

「ないみたい」

「そっか。えーと、でも困るから、とりあえず野良にしとこーか」

 自分は野良と呼ばれて嫌がったくせにと思うが、便宜上の呼び方も必要だ。同意した。

「んじゃ、とりあえずご飯ご飯!」

「はいはい。その間、話でもしてて。あと、ブランカが少し弱腰だから助けてあげて」

「ほいさ。ってか、ブランカお前、照れてんの? ……違うか。そうだよな。そんなこと、ねーよな」

 何やらひとり納得して、ロトスは希少獣組を呼び寄せていた。


 様子を窺っていた野良は、シウたち全員が食事を摂り始めるとチラチラ見つつ、目の前の大きなボウルにそろっと口を付けた。

 美味しかったのだろう。その後は勢いよく食べ進める。

 ブランカよりも早食いで、しかし飛び散らかすことなく上手に食べ終えていた。

 そして、チラッと他の子たちのボウルを見る。奪うような真似はしないが物欲しそうだ。

「お代わりもあるよ。いる?」

「……ぎゃ」

 ロトスから散々シウのことを聞かされていたようだし、食事を用意したのが誰かも理解しているようだ。欲しいというような気持ちを伝えてきたので、シウはまた取り出した。

「内蔵スペシャル付きね。あとでおやつにジャーキーもあげるよ」

「ぐぎゃっ!」

 聞いていないようだった。また、ひたすらに食べる。

「こいつさー。野良ってば、卵石から孵って偶然親を見付けたみたいなんだわ。で、親のところへ行ったんだけど追い払われたみたい」

「そうなんだ」

「追い払われたって思ってるけど、普通の獣からしたら怖いんだろな。強いもん。本能で分かるし」

「そっか」

 それからずっと、ひとりで生きてきたようだ。魔獣との戦いで何度も死にかけたらしく隠れ住んだこともあるという。この場所は、その隠れ家に近いのだそうだ。

 冬山は餌が少ない。この鉱山近辺は魔獣が少ないので隠れ住むには向いているのだが、反面餌には困る。普通の獣は、鉱山関係者だろう人間が狩っていくので少ないらしい。

 人間にはあまり良い思いがなく、痛い目に遭ったことも何度かあるようだ。だから関わり合いにならないよう姿が見えたら隠れていたという。

 今回は、疲れを取るために戻ってきた隠れ家付近に不審者がいたため警戒していたようだ。

 ロトスが懇々と説明したおかげでシウは違うと頭では理解したそうだが、疑わしい気持ちはあるようだった。

 でもそれも、食後のジャーキーを食べる頃にはかなり軟化していた。

 こんな美味しいものをくれる人=良い人、と素直に受け止められるようになったらしい。


 希少獣は基本的に嘘のつけない素直な性格の子ばかりだ。

 けれど、悪い人間と出会って歪むこともある。コルから野良希少獣について聞かされているシウは、目の前のニクスレオパルドスが素直にお礼を言うのを見ると喜んでばかりもいられない。

 人を見たら疑え、と教えるのも悲しいし、かといって騙されるなんてことはあってはいけない。

「ロトスに話していたのが聞こえたんだけどね。君を無理矢理捕まえようとしたのは、たぶん盗賊だと思う。悪いやつだよ。逃げられて良かったね」

「ぎゃうっ」

「実はね。捕まってしまって、悪い仕事をさせられていた騎獣もいるんだ」

 野良は剣呑な顔だ。

 調教魔法をフルに使って念話越しに話しているせいか、こちらの言いたいことは理解しているようだった。ロトスと通じたこともありシウとの念話もスムーズになっている。

 ただやはり、言葉として明確に伝わってこないのは、人と暮らしてこなかったからだろう。あくまでも賢い獣の、感情のような思いが伝わってくるだけだ。

「大丈夫だよ。この間、助けてあげてね。引き取って今は勉強中だから」

「ぎゃうぎゃう」

「人と共存して生きていくための、お勉強だよ。魔獣を倒すための冒険者を運んだり、もちろん気の合う人間とパートナーになって倒したりでもいい。お仕事して、後は遊ぶんだ」

「ぎゃぅぅぅ……」

「聖獣がふたりいるよ。そこのロトスとね、モノケロースの子が教育してるんだ」

 そんなもの面倒くさいという気持ちを伝えてくるので、シウは笑った。十五頭の騎獣たちも似たようなものだったからだ。

「でも、勉強って人間と付き合うためのマナーだけじゃないんだよ?」

 うん? と気になった様子だ。尻尾をゆるく振っている。

 シウはにこにこと笑って告げた。

「戦い方がスマートになるからね。魔獣を倒す方法も教わる。ありとあらゆる技があって、強くなるよ?」

「ぐるるるるっ」

「そうかなー? だって傷だらけだよ。君は弱いんじゃないかな」

「がるるるるっ!!」

 ロトスが呆れた顔でシウを見ているが、口は挟まなかった。シウがやられるとは思っていないし、またロトス自身が何かあっても野良を抑え込めると思っているからだ。

 ロトスのレベルについては十分理解している野良も、シウのことは見えないようだった。

 やるか? という意思を伝えてきたので、受けて立つ。


 フェレスは平気そうな顔でのんびり毛づくろいをし、ブランカはだんだんと腹が立ってきたのか、ふんふん荒い鼻息だ。クロが必死で宥めている。

 ロトスは「俺が審判役なー」と気軽な調子だった。



 始め、の合図で野良は飛びかかってきた。

 シウは転移せずに、すいっと横に避ける。野良は地面に足をつけて反転し、また飛びかかってくる。殺す意図はないようだが爪は出ていて引っ掻く仕草だ。

 けれども、遅い。飛んだり下に潜ったりと軽く躱していく。

 そのうちイライラしてきたのだろう、野良は地面を走ってまっすぐ突進してきた。

 シウもまた、まっすぐに向き合った。旋棍警棒を取り出して、くるりと回すと持ち手で野良の顎を撃つ。

 野良は上体を後ろへ逸らそうとして一度は躱せたものの、シウの二打目については考えていなかったようだ。横からスイングしてきた旋棍警棒に頭をぶつけて、よろめいた。

 強くは打っていないが念のため《鑑定》する。そして、無事だと分かったので旋棍警棒でそのまま喉元を締め上げるように押し当てた。

「ぐぎゃ……」

「もしこれが剣だったら、君は死んでいた」

「ぎゃ……」

「その巨体と、雄としての力だけで勝ってきたんだと思う。でもそれだけじゃ生きていくのは難しい。悪い人間が拐いに来るかもしれない。人間に手を出すのは嫌な気持ちにならなかった?」

 彼は黙ったまま、反論しなかった。希少獣たちは人間に手を出すことは本能的にできない。命令されて、やっとだ。

 これが「神の下僕」とも呼ばれる所以だ。神は、人間を優遇したという。その規則ルールに希少獣も組み込まれているのだ。

「君が野良のまま死んでいくのを見たくない。あのね、元野良だった子も人と暮らしてから随分楽になったよ。どうかな。少しだけ僕と付き合って、人間ってどんなものか知ってみたくない?」

「ぎゃ……」

「ロトスがいるんだから、安心だよ。聖獣だからね」

「そうだぞー。ついでに言うなら、俺はシウに拾われたんだからな」

「ぎゃ」

 え、という驚きの気持ちが流れてきた。野良はロトスを見て、それからシウを見た。

「ロトスは悪い人間に捕まって、逃げていたところを僕が助けたんだよ。まだ生まれて数ヶ月だったんだ」

「あの時、助けられなかったら俺は死んでた。なあ、野良。お前も俺みたいに助けられろよ」

「ぎゃ……」

 野良は毒気を抜かれたように、その場に伏せた。彼からすれば小さいシウが、そんなにすごいことをしたとは思わなかったようだ。

 しかし、シウは野良に勝った。それが全てだ。

 彼は完全に力を抜いた。


 それを見て勝った勝ったと大はしゃぎしていたのはブランカで、子供みたいなことを言うんじゃないとロトスに怒られていた。

 フェレスは気にせず、クロも知らんぷりしていたのが彼等らしかった。

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