314 次の鉱山と新たな出会い




 翌日、朝早くにプルプァの町を出た。

 出てから、《転移》で移動する。

 次に行ったのはイェーダーという鉱山だ。ここは誰もが気軽に入れる一般採掘場はない。しかし、新たな鉱床を発見することは許されており、管理する権利もあるという。

 ということは、新たな鉱床については勝手に採掘してもいい、ということだ。

 ただ、こちらも山へ入るには入山料が必要となる。

 一日分の料金がロカ金貨二枚と、かなり高額だ。

 イェーダーを通らず、山から勝手に入る盗掘もあるのではと思ったが、険しい山々が天然の要塞として守っているらしいから無理がある。

 また、プルプァと違って、イェーダーは一攫千金を狙って来る者にとっては厳しい。

 険しい山登りから始めねばならないからだ。

 よって、大抵は既存の採掘場に「仕事」として潜る。トロッコで麓から運ばれて働くのだ。

 奴隷と違って待遇は良いが、やはり冬場はつらい作業になるため人は少ないようだった。

 シウたちは閑散とした鉱山ギルドで入山料を支払い、山へ入った。

 最初は怪訝そうな顔をしていた職員も、騎獣が二頭いると聞いて「ああ」と納得していた。

 金持ちの物見遊山で来た若者たちだと判断した職員らは、他人が管理する採掘場に足を踏み入れないのなら自由にどうぞと気楽なものだった。

 イェーダーを出ると早速フェレスに乗って移動する。ロトスはブランカに乗った。

「場所はもう見付かったのか?」

「うん。大体は。近くに行ったら、詳細に《探知》してみる」

「うっしゃ」

 イェーダーは、水晶竜の住むウィータゲローから見て北東にある。

 ウィータゲローほど高地ではないものの、北に位置する山中だ。しかも今は樹氷の月である。一年で最も寒いと言われる季節だ。

 シウもロトスも一応冬装備で、旅装用のローブにも保温の魔法を付与している。

 しかし、傍目には無謀に見えるらしい。

 時折、採掘場の管理者らしき男らが指差して笑っていた。

 死にに行く気かと呆れた様子で見る者もいる。彼等からすれば薄着のようだ。

 見下ろすとトロッコに乗る作業員――奴隷だろう――でも、もこもこの格好をしている。帽子も深く被り目や鼻、口が出ているのみだ。

 シウからすれば、魔法による暖房もなく素の状態でこんな冬山にいる方がおかしい。

 カイロもシアン国はあまり出回っていないと聞くので、どうしているのだろうと思うばかりだ。


 幾つもある採掘場を過ぎ、鉱山ギルドの管理区域を外れるような場所まで行って、下りた。

「ひぇー、すっげぇ寒いところだな」

「氷点下何度だろうね。雪はラトリシアほど積もってないけど」

「プルプァよりは多いんじゃね?」

「あそこは地形的に少ないみたいだね。山もそれほど高くないし」

「このへん、元々高地なんだろ。体感的に随分上がってきた気がする」

 その通りだ。徐々に、ウィータゲローへ向かって高地になっていく。

 それはそうとして、当たり一面を整地し土属性魔法で土の家を作ってしまう。中に空間壁を貼り付け、いつものように板張りにして絨毯を敷いた。

「ここ、休憩所にしようか」

「うっし。で、掘るのはどこよ」

「そこ」

 ロトスの足元を指差した。

「おわ、マジか。ここか。よし、ここ掘れワンワンだ」

 フェレスたちにはできない作業なので、シウとロトスが地面を掘り出していく。

 プルプァの時と違って岩盤ばかりというわけではないから、今回はロトスも自ら頑張ってくれた。

 岩盤に到達すると交代だ。

 四十メートルほど掘り進むと、今度は少し斜めに北側へ掘った。

 一番良いルートを選んだつもりだ。

 やがて、大きな鉱床の真横に到着した。

 その場所を大きく取り、採掘場の最前線とする。

 フェレスとブランカは交互で呼んだ。今回は安全な採掘現場の中を通ってきたわけではない。頭上は、誰の管理もない山だ。魔獣、ならびに盗掘者がいるかもしれないので警戒する。

 シウの《全方位探索》で安全なのは分かっているが、これも彼等の訓練のうちだ。

 クロは連絡係、時々採掘遊びで楽しく過ごしていた。


 イェーダー鉱山は広範囲で、多種多様の石が出てくる。

 魔石も出るらしく良い場所だ。反面、広範囲にありすぎて開発が大変である。そのため、採掘を自由にさせている面もあるようだった。

 今回シウたちは鉱床を発見した権利を譲る代わりに、最初に採掘したものは自分たちで独占する。残りは自由にどうぞと、するつもりだ。

 鉱床を発見しても軌道に乗せるまでは時間もお金もかかるのが普通なので権利を放棄する者も多い。宝石は売れるようになるまでが大変で、必要なものも多すぎる。だから、こんな放置まがいの状態なのかもしれない。



 採掘を初めて二時間ほど経った頃、小屋の周辺を警戒していたブランカから念話で連絡が来た。困惑げな様子だ。

 ロトスとフェレスを残して、シウは《転移》で戻った。

 《全方位探索》では幾つかの生き物の気配はあった。が、魔獣ではなかったので放置していた。

 地上に上がってから、ブランカが戸惑っていた理由が分かった。

 針葉樹林の拓けた向こうに、岩場ばかりの急峻な山が見える。

 その不安定な場所に、ニクスレオパルドスが立っていた。

 こちらをじっと観察している。

 ニクスレオパルドス、つまり希少獣だ。しかも、ブランカと同じ種である。だから、相手も気になったのかもしれない。けれども「人の気配がする」と躊躇する気持ちが、この距離なのだろう。

 シウはしっかりと彼を見つめた。

 彼もまた、こちらを見ている。

 やがて、相手が視線を外した。接触を諦めるつもりのようだ。シウは少し考えて、ブランカに告げた。

「ちょっとお話してくるからね。ここを守っていられる?」

「ぎゃぅん!!」

「うん。じゃあ、頼むね。クロにも伝えて」

 そう言うと《転移》した。


 彼は、突然現れたシウに毛を逆立てた。

 ぶわわっとなる様子に、シウは手で制す。

「敵じゃないよ。僕に敵意がないことは、分かるよね?」

「ぐるるるるる……」

 表情は獣そのもので目つきが険しい。けれども、すぐ飛びついてこようという気はないようだ。

 ただ、未知なるものへの恐怖が根底にあるようだった。

 ハイエルフの秘密の村ゲハイムニスドルフで、住民たちから戸惑ったように見られた感覚と似ている。彼等の根底にあったのは、シウという奇妙な人間に対する恐怖だった。

 目の前のニクスレオパルドスもまた、シウを恐れている。

 シウは調教魔法は用いずに、ただブランカたちへ接するのと同じように念話を込めて話しかけた。

「うちの子を見ていたでしょう? お友達になりたいのかと思ったんだ。でも去ろうとしたから、気になってここへ飛んできた」

「がうぅぅぅっ……」

 威嚇音は控え目になったが、まだ唸っている。けれど、シウを様子見しているだけで敵意は感じられなかった。そもそも希少獣だ。人を傷付けようとはしないだろう。

 シウは手を見せながら、話を続けた。

「もうすぐ食事なんだ。美味しい肉があるよ。一緒に食べる?」

「がるるるる」

「ブランカの他にも仲間がいるよ。話をしてみたく、ない?」

「がる……」

 不審そうではあったが、シウの話はちゃんと理解できているようだった。盗賊に育てられていた十五頭の騎獣たちよりも伝わっている気がする。彼が賢い個体だからかもしれない。

 アリスの下にいる小型希少獣のコルもまた、人と接することはあまりなかったが賢かった。

 人間だって多種多様なのだから、希少獣にだって個性はある。彼が話を聞いてくれたのは、その資質もあったからだろう。

「おいで。僕に敵意がないのは分かるよね? 仲間がいるよ」

 一緒に転移すると怖いだろう。だから、シウは飛行板を取り出した。

「僕はこれに乗っていくから、ついておいで。それとも、飛べないかな?」

「ぐぎゃうっ!!」

 飛べる。そう、明確に告げてきた。

 やはり彼等は賢い。

 古代では賢獣とも呼ばれていた希少獣だ。たとえ「彼」のように「野良」であっても、人と会話ができる。

 もちろん個体によって知能は違う。けれども、どうやら彼はかなり賢いようだった。

 シウが飛行板に飛び乗って進むと、すぐに付いてきた。後ろをとって、いつシウが攻撃しても反応できるような位置を選んでいる。

 シウからすれば嬉しいことだ。

 会話をし、ついてくる。それは興味があるからだ。頭ごなしに否定されなかった。

 冷静ではあるが好奇心旺盛。そんな野良希少獣で良かった。


 コルから聞かされた野良希少獣の悲しい現実。

 それなのに、人と会話してくれた彼の存在はシウには奇跡だった。

 どうか仲良くなれますように。そう願いながら、土の家へ向けて飛んだ。

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