310 野営と討伐と流れ弾
昼は簡単に済ませ、午後からも各自で魔獣探しだ。
ロトスたちが奥地で見つけたらしいが範囲外だったので、そちらは勝手にやってくれと任せた。
街道も問題はなく、午後半ばに皆が集まった。
冬の野営訓練のつもりもあり、街道のところどころにある広場で今日はテントを張る。
ラエティティアは王都へ戻るつもりだったらしく、えーと文句を言ったが、シウの作り出した土の家を見て黙った。
「ねえ、どうしてこんなに豪勢なの」
「寒くないしねぇ」
キルヒも苦笑いだ。
味気ない土の家には空気穴用の煙突がある。そして、煮炊きができる小さな竈も作ってみた。
床部分には板を敷いて、更に絨毯だ。絨毯に魔法を付与しているため地面からの冷気は遮断されているし、そもそも部屋の中は暖かい。
「おかしいだろ、シウはよー」
キアヒが呆れた声を上げる。
「あはは」
「笑って誤魔化すんじゃねえ。ったく、相変わらず隠そうとしねえんだから」
「シウは抜けてるからなー」
とは、ロトスだ。戻ってきて整地をやらされたからか、少々やさぐれている。魔獣を狩ってきたのにとぶつぶつ呟いていた。
「お前さんらも、シウには振り回されてるのか? 俺たちもさ、出会った時からこんな感じよ」
と、何やらシウの話で盛り上がろうとするので、すぐさま邪魔をした。
「暇なら料理手伝ってね」
「げ」
「解体班は誰にする?」
シウが半眼で告げると、キアヒたちは後退った。相変わらず解体はやらないまま来ているようだ。
すると、レオンが手を挙げた。
「俺、覚えたい」
「んじゃ、俺もやるー。レオン、俺が血抜き魔法教えてやるよ」
「あ、ああ、ロトス……。その、ありがとう」
ロトスが聖獣だと知ってギクシャクしていたものの、最近は気にしていないと思ったのに。どうやら二人だけとなると緊張するらしい。そちらは時間が解決してくれるだろう。
シウはロトスに頼むと目交ぜで伝え、残りの面々に用事を言いつけたのだった。
ラエティティアとアントレーネは女性ということで、もう一つ部屋を作るかテントを張ろうとしたのだが、お互いに大丈夫だと言うので衝立だけの区分けにした。
それより問題は、グラディウスが煩いことだった。
「明日、俺のトニーと手合わせしよう」
「そりゃあ、あたしだって剣を合わせてみたいがね。だけど、あんた、ここへは依頼で来てるんだ」
「じゃ、じゃあ、帰ったら!」
「あたしも暇じゃないんだよ。それに、あんた、弱っちいじゃないか」
「俺は強い!」
「剣士としてだろう? あたしは戦士さ。拳も使う。お綺麗な戦い方ってのは性に合わないんだ」
などと、やりあっていた。
ロトスは早々に、騎獣専用のテントへ出ていってしまった。ブランカも引き連れていったので、あちらでの癒やし、もとい盾にするのだろう。連れてきた騎獣たちにキラキラした目で親分扱いされるのも鬱陶しいらしい。
ククールスは悩んだ挙げ句、耳栓をしてフェレスを枕に寝てしまった。
彼はマイペースだ。
キアヒとキルヒも気にしていない。グラディウスがうるさいのはいつものことだと、どこ吹く風である。
ラエティティアは風属性魔法で音を遮断しているらしい。魔力が多い人のやることは豪快だ。
シウは仕方ないので、レオンに森の歩き方や罠の設置解除について話しながら、時間を潰した。
何故かクロも一緒になって聞いており、うんうんと頷いている。可愛いクロに癒やされて、シウとレオンは勉強を早々に切り上げ寝たのだった。
翌日も街道を中心に見回りを行った。
午前中にニクスルプスの群れが発見され、見付けたアントレーネたちのところへ駆け付けた。この頃にはキアヒも飛行板に完全に慣れており、レオンよりはるかに上手く操っていた。
「上空からの戦い方は、そっちの方が得意だろ。見せてくれよ」
と言うので、シウとククールスで始末する。
ククールスは錘を付けた蜘蛛蜂の糸を使っての攻撃だ。重力魔法持ちで、上空から狙えるため確実に倒していく。
まとまっている場合などは三匹ぐらい合わせて首に糸を巻き付け、引っ張り上げている。高強度の糸だから耐えうるのだ。
シウはいつものように網を落とした。
キアヒからは、面白くねーと文句を頂いた。
魔核はいつものように転移で取るわけにもいかず、皆で手分けして取っていく。また魔獣を狩ったという証拠のために尻尾も切り取った。
今回は採取がメインではないため魔獣討伐の証拠が要るのだ。
ルプスには旨味がないがニクスルプスは毛皮が使えるため、こちらも剥ぎ取りを行う。
これはレオンが積極的に頑張った。
下っ端だからだと言っていたが、もちろん勉強のためでもある。数をこなすことで他の魔獣に触れた時の役に立つからだ。
その後、岩猪も見付け、こちらも倒した。
これはブランカとアントレーネ組だけでだ。ニクスルプスの時にうずうずしていたららしく(ふたりともだ)真っ先に飛び出していた。
乗っていたグラディウスは遅れを取り、一匹も倒せないまま愕然としていた。
午後半ばにはロトスたちを呼び戻し、またそれぞれに乗って帰路につく。
何故か行きとではメンバーが変わっていた。
グラディウスが駄々をこねて、アントレーネと一緒にフェレスへ乗ったからだ。シウは帰りはブランカに乗った。
道中、彼女はずっと、いっぱいぐさぐさ噛んでやったの! と嬉しそうだった。
レオンはドラコエクウスに恐々乗って、クロは余ったフェンリルに乗りながらロトスの相手をしていた。
「お前だけはまともになるんだぞ」
「きゅぃ?」
まるで自分とクロ以外は普通じゃないと言いたいようだが、二人の会話が面白いのでシウは黙っていた。
ギルドではエサイフたちが待っていた。
「よう。飲みに行くだろ?」
他の冒険者たちもわくわくしているので、きっと一緒に行きたいのだろう。シウは頷いて、先に行ってもらうよう伝えた。
「僕は受付で、ロトスは騎獣を返してきて。レオンとレーネはどうする?」
ククールスは行く気満々なので聞かない。
「……俺も行こうかな」
普段は勉強で手一杯なレオンも、今日は冒険者として行く気になったようだ。
アントレーネも行くと手を挙げた。
「じゃあ、クロだけ連れて先に行ってきて。フェレスたちはどうしようか」
表で待たせているフェレスとブランカのことを考えていると、
「ああ、今日の店なら大丈夫だ。庭があってな。ガラス戸越しだが、見える。寒さに弱いなら可哀想だが」
エサイフが言うので、連れいていくことにした。
キアヒたちも誘われて行くようだ。
受付に行くと、ユリアナの姿があった。
「来る?」
話を聞いていただろうと思って問うと、彼女はうんうんと頷いていた。事情を知らないカナリアが目を細めたが、彼女も誘うと機嫌良くなった。
今をときめく上級冒険者のグループが二つ。
恋愛云々は関係なくとも、情報収集の意味でも旨味はあるそうだ。
シウたちもかろうじて上級なのだが、これほど興味を持たれたことはない。
それが顔に出たのか、ユリアナが申し訳なさそうな顔になる。
「ほら、シウさんのところは、まだお若いメンバーばっかりでしょう?」
「……ククールスもいるんだけど」
「それこそ、彼はね~。ね、カナリアさん」
「こっちに振らないでよ。……でもまあ、彼はねぇ。冒険者として腕は良いんだろうけど」
と、ここでも女性の評判が良くないククールスなのだった。
良い青年なのだけどとシウは思うが、彼ほど冒険者らしい冒険者はいない。宵越しの金は持たぬというのを体現していたほどだし、ちゃんと毎日働き出したのも最近のことだ。
女性の目からすれば、良い相手ではないのかもしれない。
「それにー、自分より綺麗な男の人って、なんだかねぇ」
ダメ押しまでされて、ここにククールスがいなくて良かったなと思う。
しかし、シウがククールスに対して上から目線の同情を抱いていると、
「シウさんが、もう少し年齢が上で背が高かったら、わたし真っ先に立候補してたのよ。ごめんね?」
などと言われてしまった。
これが、流れ弾というものかもしれない。ロトスに聞かされた、恐ろしい技である。
でも、彼に聞いていたような、特別立ち直れないようなことはなかった。
大丈夫。
「ちょっと、ユリアナったら。シウ君、大丈夫?」
もちろん。シウは笑顔で返せた。
たぶん、返せていたはずだ。
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