307 採取と薬作り




 養育院での話は広がり、やがて続々と老獣が預けられるようになった。

 捨てたと思われるのは外聞が悪い。だからだろうか、預ける際には多大な寄付を払っていった。もちろん、ネイサンは彼等に対して定期的に訪問を促すことは忘れない。

 預かる騎獣が増えるにつれ仕事も大変になる。

 ちょうど噂が広まっていたこともあり、元冒険者の雇用も増えた。

 元々、現職員のエンダが目を付けていた者もいたようだ。彼等は面接なしで雇い入れていた。



 金の日の授業を終えると、楽しみな週末だ。

 冒険者ギルドの仕事を請けても良いのだが、レオンは土の日もまだ学校があるため、彼抜きで受けるのは止めた。

 気分転換ということで、全員で王都の外へ出てから転移でコルディス湖へ向かう。

 ククールスも仕事関係なく遊べるならと付いてきた。最近は平日も引っ張りだこだったので疲れているらしい。のんびりするわー、と温泉に行ってしまった。

 アントレーネはウキウキしながら森へ入っていく。飛行板を背負って、足で分け入るようだ。ロワイエ山でも雪は降るが、ラトリシアほど積もらない。特にコルディス湖近辺は雪が深くないので安心だ。

 フェレスとブランカ、そしてロトスは聖獣に転変して、飛行訓練すると別行動になった。

 シウはクロとふたりで頂上へ転移して薬草採取だ。一冬草にも問題はなく、大量に採取できた。

 他に冬でも採取できる珍しい薬草類を集める。白粒茸や雪苔も多く、取り尽くさない程度に採った。

 月光花が生えていた場所にも行き、花は咲いていないものの茎や根を採取した。実は、茎や根の方が花より効果は強いとされる。ただし、花が咲いていないと月光花なのか雑草なのか分からないため、誰も冬に採取したりしないのだ。

 少し試してみたい薬があるので、こちらもせっせと採取した。


 下山は訓練がてら、転移せずにクロと競争した。飛行板で落葉した木々の間を飛んだり、切り立った崖があれば垂直に下りてみたりする。クロも急降下&地面スレスレで急停止するなどして遊んでいた。

 十分に楽しみながらコルディス湖まで下りると、順番にアントレーネやフェレスたちも戻ってきた。腹時計は正確らしい。お腹が減ったと元気いっぱいに騒いでいる。

 皆で小屋の中へ入り、食事の準備を始めるとククールスも部屋から出てきた。温泉を堪能した後はゆったりと朝寝を決め込んでいたようだ。寝癖をつけたまま、昼ご飯をしっかり摂っていた。




 午後もシウとクロは採取に勤しみ、午後半ば頃にまた小屋へ戻った。

 そこで、薬作りだ。

 雪苔を使った耐高熱薬を湿布状にしたものと、塗り薬の両方で用意する。いつ使うか分からないけれど準備だけはしているのだ。すでに在庫もあるけれど、いまだに採取するとついつい半分は薬にしてしまっていた。残りは素材として残したままだ。

 ポーションの基材となるヘルバなども大量にストックしてある。

 採取した葉のままや蒸留水と混ぜたもの、乾燥して粉にしたものなどなど、必要な下準備まで済ませたものも用意していた。

 いつでも、どんな薬でも作れるようにだ。


 さて。シーカー魔法学院で見つけた薬草辞典には面白いものがたくさん載っている。そうなると、どうしても作ってみたい。その話を薬師ギルドで仲良くなったお婆さん魔女にしていると、珍しいレシピを教えてもらった。

 この日は雪苔を使った薬作りのあと、その珍しいレシピ作りに着手した。素材は月光花だ。

 月光花には皮膚の死滅細胞を蘇らせる効能があるので、古い火傷痕などにも用いられる。シウも、その薬なら作って在庫として持っていた。

 ただ、今回は別のものだ。

 お婆さん魔女は――ドワーフでパゴニという名だが――シウが月光花を持っていると知ると「毛生え薬を作ってみるがいい」と勧めてきた。

 作れる人が少ない上に、魔素を練り込むのが大変なのだそうだ。コントロールの上手い、それこそシーカー魔法学院に通えるようなレベルの者でないと作れないらしい。

 パゴニが作ればいいのにと思うが、まず素材を集められないようだ。


 たとえば、火傷に効く薬の材料は、月光花(花びらでも可)+メディへルビス(中級基材)+サラマンダーの尾の乾燥粉(+あれば虹石も)という内容だ。

 メディヘルビスは、このあたりでいうと「ロワイエ山脈の麓から少し分け入った山中にならある」というレベルのものだ。サラマンダーも、冒険者六級のパーティーが火山近くに行って、狩れないことはないというレベルである。

 これらを使って作る薬なので、ごく小さな火傷ならば銀貨五枚で綺麗になる。

 大きな火傷、古いものになれば、より強力にするため虹石も混ぜる。量も増えるから最低でも金貨が十枚以上は必要だ。

 けれどそれらは、お金でなんとかなる。


 毛生え薬の方は、そういう問題ではない。

 必要な素材が、月光花(できれば茎や根)+メディヘルビス+レスレクティオ+オーガの角になるからだ。

 レスレクティオは栄養価の高い素材で、シウが蜂蜜玉という飴に混ぜているものだ。少量でも十分に栄養が摂れ、狩人の里でも重宝しているほどだった。レスレクティオとは「復活」という意味があり、それだけ効能も高い。ただし、木の根の味しかしないが。

 とにかく、ここまでは集められる。

 ただ、オーガの角は難しい。

 オーガが発生するような森へ行ける冒険者は上級者のみだ。

 当然、価格は跳ね上がる。ましてや、そうそうオーガと出会えるわけもない。

 それにオーガの角は他にも利用できる。たとえば心臓病などだ。

 発情抑制薬にも使われるので不思議なのだが、研究者によるとオーガの角は「調整力」に優れているらしい。薬の効果を馴染ませる糊付けの役割だ。もちろん、「安定させる」という効能がある。

 こうしたわけで、必然的に高嶺の花、大変高価な素材となった。

 だから、そう簡単に「実験で作る」ことは誰もしない。


 パゴニは、シウがオーガの角を持っていることを知っていたため唆したのだろう。

 薬師ギルドにはオーガの角や月光花を納品している。心臓病という病気の人のためのものは提出しているのだから、手持ちで実験するぐらいはいいじゃないかと、彼女はコソコソ勧めてきたわけだ。

 というわけで、わくわくと実験ならぬ、薬作りを頑張ってみたのだが――。

「……できちゃったなあ」

 一発で完成してしまった。

 そもそも基材となるメディヘルビスを作る際に自らの魔力を込めるのだが、シウはこれを失敗したことがない。

 最近ますます、魔素の流れが視えているシウだ。コントロールもお手の物である。

 まして、魔力を込めての作業は、生産魔法で常にやっている。

 近々だと、イグの鱗を力技で整えた。高魔力を込めた状態で練り上げる作業に関しては、すでに実績があったのだ。

「《鑑定》しても、大丈夫そう……」

 あっさりできたことは嬉しいのだが、さあ実験だ! と思っていたので肩透かしにあった気分だ。

 持って行き場のない気持ち悪さを、シウはたくさん作ることで解消した。

 材料はある。

 アルウェウスのスタンピードで得たものも大量に残っている上に、最近、黒の森で狩ったものが追加された。

 おかげで心置きなく作ることができる。

 どうせならと心臓病の薬も作ってみたが、なかなか良いものができたと自画自賛した。


 ついつい夢中になっていると、気付けばもう夕方だった。

 クロはいつの間にかうとうとして、シウが投げ出していた毛皮のベストに嘴を突っ込んで寝ていた。

 外では、フェレスたちの楽しそうな声がする。

 アントレーネの声も聞こえた。

 どうやら、誰が一番大物を狩ってきたのか競争しているらしい。

 ククールスが判定員らしく、誰が何点だと、だるそうに答えている。

 シウは伸びをして、それから笑った。

 こういう一日の過ごし方も、平和で良いものだ。




 もっとも、シウが午後の半分を「毛生え薬」に費やしていたと知ってロトスは呆れていた。

「毛生え薬は定番だけどさー。それ売って儲けるとか、俺のシウじゃねー」

「また、それ?」

 ロトスはすぐに、そんなことを言う。

「だってさー。チーレムと同じぐらいの定番だもん。俺もやりたかった!」

「……第二巻では、そうするんだった?」

「わーっ!! シウのバカたれ! その話、内緒、禁止!!」

(アホ!)

 念話でも告げてきたので、どうやら本気で恥ずかしかったようだ。

 自作の物語は、シウ以外に知られてはいけないらしい。

 アントレーネとククールスが「うんん?」と耳を傾けかけていたが、ロトスは器用に話を逸していた。


 ちなみに、毛生え薬はパゴニ婆さんに適正価格で納品した。

「ありがとうねえ。年をとると、女も薄毛になるんだよ。男は剃っちまっても格好良いだろうが、やっぱり女はね」

 病気で失う人もいるので、そうした女性へ密かに回したかったようだ。

 毛生え薬として売り出してしまうと異常に高騰してしまうことは、過去の例からも明らかだ。そうなると女性の手には渡りづらくなる。女性はどうしても男性より財産が少ないからだし、表立って毛生え薬を買い求めることは恥ずかしくてできない。

 パゴニ婆さんはそれを憂慮したのだった。

 彼女にはそうした、女性への細やかな思いやりがあり、シウも賛同したからこそ受けたのである。

 パゴニ婆さんには、後進を育てるためにと素材も提供した。きっと良い魔女が育つだろう。









**********


拙作「魔法使いで引きこもり?」の三巻が明日、10月30日に発売されます。

フェレスの初飛行編とオスカリウス辺境伯領、そして演習前の合宿がメインとなっています。


「魔法使いで引きこもり?3 ~モフモフと飛び立つ異世界の空~」

出版社: KADOKAWA (2018/10/30)

ISBN-13: 978-4047353664

イラスト: 戸部淑先生


今回も戸部先生にはお世話になりました。

どのキャラもイメージ通りです。エドヴァルドやカスパルが、まんまこれやん、です。あと個人的にサラが大好物です。サラ推しした!何とは言わないが、これは外せないと!!(変態的なことは間違っても戸部先生や編集さんには言ってませんよ、もちろん……たぶん……)

ま、まあとにかくですね。上目遣いのシウや、飛行訓練のフェレス、格好良い飛竜など素敵イラスト満載です!


本編も大幅に改稿させていただきました。自由にさせてくれる編集さんには感謝です。番外編は完全書き下ろしです。……キリクの……。

頑張ったので、どうかお手にとって読んでみてくださいです。


しかし、だんだん宣伝するのが恥ずかしくなくなってきた!これが慣れ!こわい!でも人間は慣れる生き物なのだ!!(おいやめry


ということで、まだあと二回ぐらいは宣伝頑張るので、いつもの通り見たくない方はスルーでお願いたします。

大人対応の読者様に心からの感謝を!ありがとうございます!!



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