306 養育院の意義
騎獣十五頭の教育は、引き続きプリュムがメインで行っている。
ただし、活を入れたり遊ばせたりするのはロトスが担当していた。プリュムのマナー講座は優しく教えてくれるのだけれど、騎獣からすればつまらない。
だから注意力散漫になるし、だらけてもくる。それを叱るのがロトスの役目だ。集中力が途切れてきただろう頃合いに休憩を入れる。
「ロトス、すごいね」
間合いというのか、判断が素晴らしいと思ってシウが褒めたら――。
「……だって、俺も聞いててつまんねえもの」
勉強嫌いの経験者は、半野良騎獣たちの気持ちがよく分かるようだ。
そして、遊びになると途端に元気になる皆である。
ちょうど良いのでフェレスやブランカにもマナーの再訓練がてら参加させていたが、二頭とも休憩になるとはっちゃけてしまった。
釣られて、当然だが騎獣十五頭もキャッキャと騒ぎ出す。ロトスがうずうずしているのを横目に、プリュムも参加しようか迷っているのが面白い。
そうして、わいわい過ごしていたら、午後になって客人がやって来た。
カリスト=フリュクレフ伯爵は、度々養育院へ訪れていたようだ。
寄付はもちろん、自身のレーヴェとフェンリルを連れてくることもあったらしい。介護用品を使う訓練をしたりと、将来のことを考えて勉強がてら教わりに来ていた。家僕などに任せず自らで学ぼうとする姿勢は素晴らしいと、院長のネイサンは褒めていた。
その彼が知人らと共にやって来たのだ。
馬車を連ねてのことで、元は貴族の屋敷だった養育院の前庭は人や馬車で埋まってしまった。
馬車音が気になって中庭から覗きにくれば、カリストは目敏くシウに気付いた。
「おや、シウ殿。来ていたのだね」
「お久しぶりです。実は急遽、騎獣を十五頭、面倒見ることになったのです。今は仲間が監督してます」
「ああ、例の件だね。知っているよ」
貴族たちにシウの名前は知れ渡っているのではないだろうか。そんな気がしてしまった。シウは苦笑しつつ、どうしたのかと馬車の数々を眺めた。
「いや、実は昨夜のパーティーで騎獣の老後について語り合っていたら、ぜひ見学に来たいという者が多くてね」
シウと、そしてネイサンに向けて話す。ネイサンは、
「さようでございましたか」
と、慌てることなく答えていた。
貴族が突然、視察に来ることは多い。彼は神官でもあるので対応は慣れたものだ。
「では、どうぞ見学なさってください」
にこやかに受け入れ、各自の従者たちに指示を出す。シウも馬車の整理を請け負った。御者たちに指示して門前を開けてもらう。
馬車はここで待機だ。御者は寒いだろうが馬の世話と監視があるので一緒にいる。後で寒さ対策のため温かい飲み物でも出してあげようと、シウは頭の中で算段した。
カリストたちは連れ立って屋敷へと入っていく。騎獣も入れるように、あちこち改装しているが、外観や内装を大きくは損ねていない。そのため、ついていく他の貴族たちも足を止めずに続いていた。
屋敷の内部を案内しながら温室へと向かう彼等に、シウは最後尾で付いていく。
ネイサンの説明も慣れたものだ。
カリストが連れてきた貴族たちは、おとなしく話を聞いている。つまらなさそうにすることもなく、相槌を打ったりして熱心だ。事前にカリストから説明があったのだろう。
温室に入ると、横たわっていた老獣三頭が頭を上げる。
「ああ、寝ていてもいいんだよ」
ネイサンが優しい声で言う。彼等は見学者に軽い会釈のような仕草を見せると、また横たわって中庭を見た。
自然と見学者たちの視線もそちらへ向く。
「……あれは?」
「あれが、噂の騎獣たちか」
「なんとまあ、騎獣とはあのように動き回るものなのか」
唖然とした声なのは、中庭で遊んでいる姿が激しいからだ。
騎獣が十五頭も中庭を飛び回っていれば壮観だが、問題は一番激しく縦横無尽に遊んでいるのがフェレスとブランカということである。
騎獣というのは元の獣性が強く残るのか、地に足をつけて走る場合は大抵そのままだ。飛行も、まっすぐに飛ぶ。猫型の場合でも素直に縦移動を行うだけだ。
そこに、アクロバティックを取り入れた動きというものは、ない。
サーカス団ならあるのかもしれないが、少なくとも野良騎獣にも国の管轄下で育てられた騎獣たちにもないようだ。
フェレスは猫型騎獣であるから体は柔らかく、動き方も立体的だ。そこへ持ってきて、山中で思う存分遊んできた野生児でもある。フェイントをかけるぐらい朝飯前で、かつ、見立て行動も得意だ。まるでそこに魔獣がいるかのように、ひょいと避けてみたり、木々の間を縫うかのような動きをする。前後左右に軽々とひっくり返って、飛ぶ。
当然、ブランカも似たような動きができるため、この二頭が本気で遊ぶと目で追えない者もいるようだった。
感化されてキャッキャとはしゃぐ騎獣十五頭は、二頭の動きに着いて行けず度々ぶつかっていたが楽しそうだ。そんな彼等にぶつけられないよう、ひょいひょいと身を躱していくフェレスも大変楽しそうだった。ブランカは体が大きいので、たまにぶつかっていたが、相手のフェンリルの方が弾き飛ばされていた。さすがニクスレオパルドスのブランカだ。堂々たる姿だった。
そして、我慢しきれなかったのだろう。プリュムも転変して飛んでいる。何故か彼の頭にはクロがへばりついていて指示しているようだ。
「あれは、彼等は一体何を……」
「あ、追いかけっこですね」
シウが答えると、貴族らは唖然としたまま中庭を見つめていた。
縦に動くというのは、ある程度理解される。
しかし、ひっくり返ったり急降下する、などは見たことがなかったようだ。
落ち着いてくると見学者たちは楽しそうに、ああだこうだと話し合っている。
その間に、飲み物が用意された。職員ではなく近所の主婦たちがやっている。お手伝いで来ている時に客人があれば入れてくれるのだ。ただ、客人に出すのは彼等の従者たちである。
そこは彼等に任せて、シウは主婦たちと台所へ向かった。
「どうしなすったんだい」
「御者の人たちが寒いだろうから、飲み物の差し入れをと思って」
「ありゃま。外で待ってるんだね。いいさ、あたしらが持っていくよ。御者なら、あたしらが持っていっても失礼にならないだろう?」
「もちろん。じゃあ、お願いしてもいいかな」
「任せておきな」
気の良い彼女らには、お礼としてクッキーの詰め合わせ小袋を渡した。
「御者さんには、ちょっとでいいよね。こっちの小さい方を渡してあげて」
「あいよ。甘いものは喜ぶだろうよ。あたしらも、シウ様のクッキーは大好きだからね」
そう言うと、元気に台所へ戻っていった。
本当に有り難いことだ。
シウは温室へは戻らず、中庭へ出た。
ロトスがちょっぴり寂しそうに、皆を見ている。
「週末は思いっきり遊べるようにするからね」
「おー。そうしてくれ。なんかこう、むずむずする」
「あはは」
「あー、俺だったら逃げられるのにー!」
見れば、プリュムがブランカに追いついてタッチするところだった。クロの指示が的確だったのか、プリュムがすごいのか。ブランカは慌てて動きを止めるや、魔法を全て切っていた。つまり、落ちた。
「ああいう逃げ方、ありなんか」
ロトスは感心しているが、あれは単に集中力が途切れただけだ。地面にドスンと落ちても彼女は平気だから堂々としているが、実際は追い詰められていた。
ちなみに、団子になって走り回っている騎獣十五頭にもぶつかったので巻き込み事故が起こっている。
ブランカは気にせず、すぐさま再起動だ。
「ああいう動じないところは、ブランカの良いところだよなー」
「……まあ、そういう言い方もできるね」
プリュムはすんでのところで躱されて残念そうだったが、またクロの指示を頼りに次の獲物へ向かっている。
どうやら、今日はもう勉強にならないようだ。
シウは苦笑して温室へ戻った。
温室では和やかな空気で、調教魔法を持つ者などは直接、老獣に質問している。
彼等からの答えがとても穏やかで、かつての飼い主に恨みなど全くない、むしろ幸せだと聞いて涙ぐむ者もいた。
それで、決心した貴族もいる。
「実は、満足に面倒を見ることができないと悩んでいたのだ。あの子は問題ないと言うが、床ずれができていた。どうすればいいのかと思っていたところに、フリュクレフ伯爵から養育院の話を聞いてね。本当に良かった。どうか、頼みます」
父子二代で世話になった大事な騎獣なのだと、彼は言った。
訪問はいつでも構わず、というところも気に入ったらしい。寄付はもちろん、自らも世話の方法を学びたいと宣言した。
「もちろん、ずっと付いていられるわけではない。仕事があるので可哀想だと思うが……」
「いや、だからこそ、なのだよ」
カリストが慰めるように彼の腕を叩く。
「お互いに気を遣うだろう。それならば専門家に任せてしまえばいいのだ。もちろん、愛情の示し方はたくさんある。時間ができれば顔を出し自らの手で世話をする。きっと、それは彼等に伝わるはずだ」
するとネイサンが、そうですね、と相槌を打った。彼は老獣たちに視線を向けた。
「あの子たちが先輩として、そうしたことも教えてあげられるでしょう。大丈夫です。賢い子たちです。理解も早い」
ネイサンの言葉に、カリストを含めた全員が何度も深く頷いていた。
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拙作「魔法使いで引きこもり?」の三巻が10月30日に発売されます。
フェレスの初飛行シーンやオスカリウス辺境伯が存在感を示すような場面があり、見どころ満載です。
「魔法使いで引きこもり?3 ~モフモフと飛び立つ異世界の空~」
出版社: KADOKAWA (2018/10/30)
ISBN-13: 978-4047353664
イラスト: 戸部淑先生
何よりも、絵がすごい!!
ラフでいただいた飛竜絵(シウたち人間との比較絵だった!)が素晴らしくて、元々の期待度高かったですが、完成したモノクロイラストには声を上げるほど興奮しました。
オッサンが格好良く仕上がっていることは置いといて、フェレスに乗ってるシウは可愛いし、見上げているシーンのシウも可愛い(元が爺さんだと知っているのにキュンとしてしまいました)。
どのキャラもイメージぴったりです。もちろん、フェレスの可愛さはとびきりです。飛行訓練のイラスト、マジで可愛いですからね。
番外編も頑張りました。オッサン、じゃなかったキリクの番外編です。
本編も自由に改稿させてもらってるので、割愛していた部分や書き直したかったところなど大幅に上方修正できているかと思います。
どうぞ三巻もよろしくお願い申し上げます。
店舗特典につきましては近況ノートをご覧ください。
そして!コミカライズ版もよろしくお願いします。
27日に四話目が公開されます。
コミカライズは月刊コミックアライブにて連載中です。
ニコニコ静画→http://seiga.nicovideo.jp/comic/35332?track=list
コミックウォーカー→https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF02200433010000_68/
こちらでも無料公開。
フェレスも可愛いですが、最後のコマのシウがきゅるるんで可愛いッスよ!ぜひぜひご覧ください~。
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