301 勇者と冒険者パーティーと竜騎士
火の日の早朝にルシエラへ到着したシウは、キロイのことをロトスに任せるや急いで学校へ向かった。
授業をつつがなく終えたシウは、午後、オリヴェルに呼び出された。
前回と同じサロンにある喫茶店へ行くと、スヴェルダも待っていた。
「ヴァルネリ先生が授業をまた休んだのかって、残念がっていたよ」
「あー、ははは」
シウが頭を掻くとオリヴェルは「仕方ないね」と柔らかく微笑んだ。その彼を押しのけるように、スヴェルダが身を乗り出してくる。
「勿体無かったな。勇者が来ていたのに」
「え?」
シウが首を傾げると、彼は嬉しそうに笑った。
「なんでも、ラトリシアのニーバリ領というところでスタンピードが発生したそうじゃないか。それを上手く収めたのが勇者一行だと聞いたぞ」
「ああ、その勇者」
頷くと、オリヴェルが話を継いだ。
「散々お誘い申し上げていたのだけれど、残党狩りや復興作業があるからと言われてね。ようやく週末に来ていただいたんだよ。だからパレードも盛大に行ったんだ。ただ、先を急ぐというので、昨夜遅くにお見送りしたんだよ」
「そんなことがあったんだね」
パレードと聞いて、冒険者ギルドのユリアナを思い出した。勇者を一目で良いから見たいと言っていた。彼女はちゃんと見られただろうか。
「あまり、驚かないねぇ」
「あー、別に、なんというか。あまり?」
シウの曖昧な返事に、二人は顔を見合わせて苦笑していた。
その後、勇者一行がどんな人柄だったのかや、次に向かう場所はどこそこだという話をしてくれる。
勇者たちは、デルフ国の南部へ向かったらしい。揉めに揉めている場所だから、スヴェルダとしては内心で有り難いと思ったようだ。
ただまあ、干渉されなければ解決しないところだと知られるのは、恥ずかしかったらしい。それを言ったらニーバリ領とて同じことだ。オリヴェルが気にしないようにと慰めていた。
シウは勇者のことを神様から少し聞いたことがある。純粋な彼等のことを、神様は楽しんで見ているそうだ。共に道を歩んでいる神子へ、たまに託宣を与えたりもしているらしい。
彼等は、この世界で生まれたばかりの、まだ新しい魂なのだそうだ。きっと美しいのだろう。
ただ、神様的にはスレてる魂も楽しみたいらしい。転生組のシウもまた目をつけられている。今のところ、好きなようにしていいと言われているので好きにしているシウだ。
なんとなく神様の言葉のニュアンスから、シウは勇者たちとは出会わない気がしていた。
今回もすれ違ったので、そういう運命のようなものかもしれない。
勇者たちに会えないからといって、寂しいとか悲しいという気持ちはなかった。そんなものかと思うだけだ。
しかし、オリヴェルたちの話で嬉しい事実を知らされた。
「勇者一行と共にスタンピードを抑えた冒険者パーティーも王都へ来ているんだ。彼等はまだ残っているよ」
「シウの名前が出ていたぞ。すごいな、シウ」
それはエサイフたちのことだった。
そして、キアヒたちのことでもあった。オリヴェルの口からキアヒの名が出てくるとは思わなかった。
「キアヒ=ディガリオ? 知ってるよ!」
彼等は、シウの初めての友人でもあり、冒険者の先輩でもある。
最近は顔を合わすことがなく、たまに通信で連絡をもらうぐらいだった。
「えー、キアヒたちが来てるんだ」
「その様子だと、仲の良い知り合いなんだね。彼等は昨日までは王城で滞在していたのだけど、勇者たちが出ていくのならと出ていってしまったんだよね」
「えっ」
「あ、王都に滞在はしているよ。しばらく、ルシエラで過ごすと言っていたからね」
「良かったー」
シウがホッとしていると、オリヴェルが面白そうに笑った。
「君がそんな顔をするなんてね。そんなに仲が良いのかい?」
「初めての友人なんだ」
そう言うと、彼はちょっと驚いたような表情になり、それからスヴェルダに視線を向けた。スヴェルダは戸惑った様子だ。
「あっ、ルダも友人だよ?」
シウが急いで付け加えると、スヴェルダは苦笑した。そして、手を出し、握手の構えだ。その手を取りながら、シウはオリヴェルにも告げた。
「オリヴェルも友人だからね」
「……ありがとう。なんだか、こういうのって気恥ずかしいね」
「そうだぞ、シウ。こういうことは普通、口にしないものなんだ」
「そうなの?」
「そうなんだ」
「そっか。分かった。じゃあ、心の中だけで思っておくよ」
シウの返事に、スヴェルダは握っていた手を引っ張って抱き締めてきた。
普段は物静かなオリヴェルも、覆いかぶさってくる。まるで少年のようなはしゃいだ姿に、彼等の従者は目を丸くしていた。
屋敷へ戻ると、ロトスが走り寄ってくる。
「聞いてくれよ、シウ!」
「あ、うん」
「あいつ、キロイったらさ、俺を観光案内係にしようとするんだぜ!」
ぷんぷん怒っているので、シウは立ち止まって彼を見た。むくれているが本気で怒っているようではない。
「……それで?」
「俺が、一人であんまり歩いたことないって言ったら、超バカにするし!」
「それで、キロイは今どこに?」
「ブランカ連れて貴族街行くとか言い出したから、全員で止めて追い出した」
「ああ、そういう……」
「貴族街で穴場を見付けて、帰ったら自慢するんだって。バカだぜ、あいつ」
「うん。そうだね」
相槌を打ったら、彼も徐々に落ち着いていった。なので、彼の今日の一日について聞いてみた。
「ロトスは今日はずっと屋敷?」
「うんにゃ。昼間はキロイに振り回されてたけど、さっきまで養育院に行ってた。フェレスたち連れてって、帰ってきたとこ」
「そっか。あ、プリュムいた?」
「モノケロースのやつだろ。いなかった。ネイサンが言ってたけど、箱入り君だから早めに連れ帰ってるんだってさ。聖獣に近衛騎士がついてるとか、おかしいよなー」
と言うのは、近衛騎士よりも聖獣の方が強い、という意味だ。
むしろ聖獣の方が護衛になる。
しかし、ラトリシア国としては他国の人質が連れてきた聖獣に何かあってはいけないと思うものだ。そういう意味での保護だから仕方ない。
「今度、ちゃんと引き合わせるね」
「おーう。確か、めっちゃ可愛い子なんだろ? 俺も楽しみ。モノケロース近くで見るの初めてだしな」
騎獣レースではモノケロースは遠目にしか見えなかったので、間近で見たいらしい。そんなことを言う彼は、珍しいウルペースレクスなのだが。
一応、彼が勘違いしていてはいけないので、先に教えておく。
「プリュムは男の子だからね?」
「……分かってらい。あと、獣相手にハーレムやんねえよ。ふん、だ」
ちょっとだけ拗ねて彼はシウから離れていった。
今日のロトスは繊細らしい。
シウはその日、屋敷でゆっくり過ごした。
カスパルにも報告しないといけないし、レオンと彼に渡した卵石の様子、もちろん赤子三人やアントレーネのことも気になる。
リュカはシウのお出かけが多いことを今はもう気にしていないが、それでも帰宅すれば喜んでくれた。
晩ご飯の準備や、共に食べる時間を皆と過ごす。
ロトスも強行軍だったので、食後はぐったりだった。フェレスたちを引き連れて自室へ早々と戻った。
ところでキロイは、遊戯室でシウがカスパルと話している間に帰ってくることはなかった。
出張に来たような感覚なのだろう。出張先で羽目を外している、というわけだ。
「夜中に帰ってくるつもりかな」
シウが呆れ口調で誰にともなく呟くと、護衛のモイセスが苦笑した。
「夜番に申し渡してるから構わないけど、オスカリウス家の騎士って本当に元気だよな」
「竜騎士って体力すごいって聞いてたけど、本当だな。シウとロトスも朝帰りなのに、そのまま出掛けたけどさ」
とは、ダンだ。カスパルは皆の話を聞いているようで聞いていない。大好きな古書を片手にお酒を楽しんでいる。彼のお酒のお供は本である。もとい、本のお供がお酒、かもしれない。
「明日、帰るんじゃなかったっけ。大丈夫なのか?」
「……明後日になったりしてね」
シウが半分冗談、半分本気で言うと、ダンは半眼になった。
「そうかもな。ロランドさんに、予定しといてもらわないと」
食事などは、料理長がいつも幅を持たせているし問題はない。急なお客様があっても、貴族家というのはなんとかするものだ。
しかし、泊りがけのお客様へは失礼があってはいけない。特に相手は騎士位の人間だ。パーティーがあれば参加を促すことも必要だし、どうかすれば従者も必要となる。
ダンもカスパルだけの従者をやっているわけにはいかないので、段取りを考えているのだろう。
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