300 お小遣いゲットと飛竜上での騒ぎ




 服屋巡りで疲れたが、夕方には鍛冶ギルドへ顔を出すことができた。

「いやー、大変有り難い。本当に良い取り引きになったよ」

 ロトスはギルド職員から大歓迎扱いでチヤホヤされていたが、彼の顔は顰めっ面だ。

(何故、受付が厳ついドワーフのオッサンなんだ。俺、マジで運がないんじゃね)

 ということらしい。シウは笑ってスルーした。


 ロトスの狩ったギガスウィーペラの胃袋は、鍛冶ギルドへ預けられた。ギルドでは欲しい業者を募り、内部オークションにかけたそうだ。

 落札したのは大きな金属加工業者で、特殊金属も取り扱う店だった。

 ギガスウィーペラの胃袋は喉から手が出るほど欲しかったものらしく、降って湧いた幸運に喜んでいたそうだ。

 他の参加者も欲しいは欲しいが、それは売れるからという意味でだった。

 最終的に、本当に欲しい相手に渡って良かったとシウは思う。

 ロトスも落札価格が想像以上だったので嬉しそうだった。



 晩ご飯はベリウス家で皆と摂った。その後、シウとロトスは二人で飲みに行くことにした。こういうのも良い。

「前、俺抜きでレーネと飲みに行っただろー」

「寂しかったの?」

「……そういうわけでもないけど」

「ふうん」

「なんだ、その、にやけた顔は! くそー、今日は若者らしく飲み歩くんだ!」

「ロトスはククールスに染まってるよね?」

「るせーやい」

 軽口を叩きながら、中央地区の比較的安全な居酒屋で飲んだ。二軒目もそうだ。

 が、酔わないと言いつつも雰囲気に酔ってきたロトスは、

「もうちょっと下町へ行こうぜ」

 と言い出した。

「仕方ないなー。じゃあ、前にレーネと行ったところにしようか」

「おっ、いいな!」

 というわけで、西中地区にある居酒屋で飲む。

 そして、案の定というのだろうか。地元の冒険者たちと和気藹々になって飲み明かすこととなった。

 最終的に彼等の宿まで連れて行かれそうになったので、慌ててロトスを引っ張って離れ家へ帰ったシウだ。




 風の日の早朝、シウはロトスを叩き起こして引きずるように王都を出発した。

 帰りの便は、オスカリウス家の竜騎士が送ってくれる。

 ギガスウィーペラの胃袋を預かってもらっていたオスカリウス家へ、鍛冶ギルドの帰りにお礼がてら挨拶に行ったら、そうした話になったのだ。

 有り難いことに当番の竜騎士が、暇だから訓練がてら行くよと名乗り出てくれた。

 もちろん、家令のリベルトが上手く話をしてくれたからである。


 顔見知りではあるが、シウは名前を聞いていなかった青年は、

「あ、俺、キロイ。よろしくなー」

 と、騎士とは思えないほど軽い調子で挨拶した。もっとも、オスカリウス家の騎士は誰もが気さくだ。

 発着場には彼しかおらず、交代要員がいないのに大丈夫かと聞いても、

「え、だって、シウは操縦できるんだろ?」

 とまあ、こんな感じだ。

 シウの情報はオスカリウス家で出回っているらしい。

 帰りはゆっくり帰るから、一人でもいいのだと言って、前回の竜騎士が楽しんでいたことを話題にしていた。

「ヤツからルシエラの楽しい良い店を教わったんだ。ブラード家の食事も美味しいらしいし、楽しみだったんだよな。今回、俺が当番で良かったぜ」

 早々に飛び上がった飛竜の上で、キロイは楽しげに内情を話してくれた。どうやらラトリシア行きは嬉しい用事らしい。

 強行軍だと思うのだが、そこまで喜んでいるならシウは恐縮しなくても良さそうだ。


 途中、シウが交代して飛ばしたが、その間キロイはロトスと何やら楽しげに話していた。

「あんたが教えてくれたんだってな。『合コン』ってのを」

 キロイはブランカを構いながら、そんなことを言っている。フェレスは意に介さず飛竜の上を飛び回っていた。ブランカがそのうち嫌がりそうだなと《感覚転移》で視ながら、シウは飛竜の肩で立つ。クロは飛竜の頭の上で眼下の景色を楽しんでいた。

「そうだけどさ。何、もう開催してんの?」

「してるしてる。あの告白タイムとか、すっげー楽しいのな!」

「あ、わっかるー」

 シウは内心で首を傾げつつ、彼等の会話を聞くともなしに聞いていた。

「断られても、まあいっかーって気持ちになるから、いいんだよ」

「断られちゃったのかよ」

「軽い男は苦手なのー、だってさ」

「あんた、軽そうだもんな!」

「俺は純情だっての。ははは!」

 楽しそうだ。シウも少し交ざりたいような気もしたが、告白タイムというからには、きっと恋愛の話だろう。少し考えて、また突っ込まれそうな予感がしたので交ざるのは諦めた。

 シウとて、成人した立派な男子である。

 神様の言葉ではないが、そろそろ恋愛めいたことがあっても良いと思う。思うのだが、では誰が好きかと考えたら思い浮かばない。ならば、好ましい女性を想像してみようと考えて――。

「あれ?」

 かや姉様だと思っていたのに、彼女のことは浮かばなかった。

「きゅぃ?」

 クロがどうしたのと、目の前に飛んできた。シウは慌てて笑った。

「ううん、なんでもない」

「きゅ」

「ちょっと、ぼんやりしただけだよ。バリルも、ごめんね」

 屈んで飛竜を撫でると、ギャーギャーと返ってきた。大丈夫よ、ということらしい。

 シウは、ごめんねと謝りつつ、かや姉様のことを考えた。

 いつの間にか、彼女のことは遠い過去「歴史」になっていたようだ。

 それもそうだ。かや姉様は「愁太郎」の思い出なのだから。

 今のシウには、本来なら必要のないことだった。記憶を持って生まれたから引き継いだように感じていた。けれど、本当なら違う人生を生きるものだ。魂は同じでも。

 最近のシウは愁太郎の記憶に振り回されていない。彼の記憶は古い日記、いや古書を読むような気持ちで思い出していた。

 かや姉様のこともまた「自分が感じる好ましい女性」というものから「愁太郎の好みだった人」へと、いつの間にか感じるようになっている。

 かや姉様に対して後ろめたいと思う気持ちもまた、必要のないことだった。

 シウは、なんだか晴れやかな心地で世界を眺めた。

 広い広い世界だ。

 雲海の下には森や川、遠くに小さく街が見える。山を抜けてきたので、振り返れば白つるばみ色の山々が迫ってくるようだ。

 美しい世界。

 そして自由な世界だ。

 ――こんな簡単なことに何故気付かなかったのだろう。

「だからな! どんなのが好きとかじゃないって。この子いいな、って思った子が好きなやつなんだ」

 キロイの声が不意に飛び込んできた。ロトスとまだ、合コン談義をしていたようだ。

「えー、でも胸がおっきいとか、あるじゃんよー」

「そりゃあ、好みの体格のことじゃねえか。あ、さてはあんた、恋愛したことねーだろ」

「なっ! それぐらい、あるわい!」

「ほほぅ」

「きーっ、なに、その余裕の笑み! シウ、おい、こっち来てコイツに俺がどんだけモテるか言ってやってくれ」

「ははっ、モテるかどうかじゃねーんだよ。恋愛したことがあるか、っつう話。あと、あいつ今、飛竜の操者でーす」

「お前、仕事しろよ!」

「交代だもーん」

「何、コイツ。滅びろ!」

「『合コン』創始者が、まさかの恋愛経験なし! 衝撃の事実だぜ!」

「やめろー!!」

 楽しそうな会話を背中に聞きながら、シウは肩を竦めた。

 シウも、好みの人について考えるのではなく、誰かを好きになってみたいなと思ったからだ。


 そして――

 さっきシウの頭の中に浮かんだ姿のことは、いつの間にか忘れていた。すうっと静かに消えていた。

 まだ、それだけの、小さな小さな芽だった。

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