299 黒くて偉大、服屋巡り




 アトルムマグヌスとは「黒くて偉大な」という意味がある。

 ゴリラ型希少獣の場合、飛べはしないが力強く大きいことや、色味が黒いためにそう呼ばれるようになった。とても珍しく、ゴリラ型は希少中の希少だ。

 以前、飛竜大会で見かけたオランウータン型希少獣のポンゴよりも、珍しい種である。

 ほぼ、南方で見付かると聞いていたのに、コルが拾ったのはいつものようにアルウェウス近くの森だと聞く。

 もしかすると親であるゴリラを誰かが連れてきたのか、召喚の失敗などで生息しているのかもしれない。あるいは南方で卵石を買い付けた者がいて、開発凄まじいアルウェウスで売ろうとしたか。その場合は襲われて荷がばら撒かれた、という結果になるのだが――。

 大型の鳥が運んだという線もある。ともかく事情は分からなくとも、巡り巡ってシウの下に来た。

 この子のことはシウが育てよう。そう決めた。

「珍しいからっていうより、大変だからなのか?」

 ロトスが聞いてくる。彼はシウが引き取った理由を理解していた。

「うん。ポンゴを育てる人は滅多にいないって聞いていたからね」

「そっか。大会の人は商人だったっけ。ああいうの珍しいんだな」

「あの人は、たまたま卵石から孵して、そうだったらしいから。よく捨てずに育てたよね」

 それぐらい微妙な希少獣だ。

 騎獣は飛べるため、育てるのにお金がかかろうとも後で返ってくる。庶民が無理してでも飼うことができるのも、そのためだ。

 しかし、飛べない上に小型でもない希少獣は大変である。

 大型ということで食費もかかるし、運動量は小型種の何倍もかかるのだ。

 躾を頼むにしても専門家は少ないために探すだけでも一苦労。かかる費用を考えたら、希少獣愛好家でも二の足を踏むところだ。

 国へ提出して軍事利用とするか、サーカスのようなところで面倒を見るというのが多いらしい。

「僕なら、ほら、住処もあちこちにあるし」

「だよな。食費も気にならないもんなー」

 なにしろ自給自足だぜー、とロトスは笑う。もちろん、シウの後押しをしようという優しさで言っている。彼は「シウがまた拾った」という台詞を口にしなかった。

 ロトスも希少獣を引き取ることには賛成なのだ。

「俺も育てるの手伝うからな」

「ありがと」

「子分その五になるんだしな」

「ロトスは違うのに。……え、フェレスたち、まだそんなこと言ってる?」

 シウが慌てると、ロトスは苦笑で手を振った。

「うんにゃ。言ってねえ。なんか最近は、兄貴扱いされてるっぽい。ブランカはそんな感じ。フェレスは、なんだろ。あいつは、なんも考えてねーんじゃね。たぶん。クロは友達感覚の聖獣だと思ってるっぽい」

「そうなんだ」

 何やら彼等には彼等の、考えがあるようだ。

 よく分からないので、ロトスが気にしないのならシウも気にしないことにする。

「まあ、子分は冗談だって。フェレスだって本気じゃねえだろ。気にすんなよな」

「分かった」

「とにかく、俺らも面倒見るってことで。よろしくな、卵石ちゃん」

 ロトスはそう言うと、フェレスたちがつんつん鼻で突いていた卵石を優しく撫でていた。



 昼ご飯の後は、お出かけだ。

 ロトスはしっかり休んだので眠気は飛んだと言うから、一緒に行く。

 貴族街と大商人街の間にある仕立て屋を目指すため、フェレスとブランカも今日は連れて行くことにした。彼等にきちんとした騎乗帯を付けると、それなりの一行に見える。

 クロにもおめかし用の玉環を付けて、肩に乗せた。

 王都内は基本的に騎乗が禁止されている。大きな獣は歩くだけでも危険だ。だから、綱を手に歩く。シウがフェレス、ロトスがブランカを連れて向かっていると、視線が飛んできた。

「おっ、俺の人気もなかなかのものだな!」

「騎獣を二頭連れ歩いているからだよ。大商人街へ入ったら、それほどでもないって」

「え~!」

 などと言っていたが大商人街、そして貴族街の大通りへ来ても視線は集まったままだ。

 何故だろうと思っていたら、仕立て屋の店主が笑顔で教えてくれた。

「最近、ここロワルではフェーレースが大変人気があるのです。特に長毛種が愛されておりますから」

「へぇ、そうなんですか」

「そういう流行りって、あるんだなー。なんでだろな、シウ」

「分かんないよ」

 表に繋いだフェレスたちを振り返って答えていたら、店主が目を丸くした。

「もしや、アクィラ様とは、飛竜大会の騎獣レースで優勝されたシウ=アクィラ様でいらっしゃいますか?」

「あ、はい」

「それでございます!」

 店主が叫ぶので、シウとロトスはびっくりしてしまった。顔を見合わせていると、店員たちが苦笑しながら教えてくれた。

「フェーレースが優勝したということで、昨年から人気が出てるんですよ。まさか、そのご本人様と騎獣とは存じませんでした」

 仕立てを頼んだときはフェレスたちを連れてこなかったし、仕立て券だったので引取用のための姓しか聞かれていなかったから分からなかったようだ。

「そんなに人気があるんですか?」

「ええ、それはもう。卵石屋ではフェーレースが孵ったら幾らでもいいから買い取ると、景気の良いお話があったようです」

 ロトスが、ちょっと嫌そうな顔をする。でもまあ、最後まできちんと飼えるのならシウは良いと思う。

 元々フェーレースは大型の猫種として可愛がられている。運動量は他の騎獣より求められないので育てやすいのも人気だ。

 とはいえ、騎獣は騎獣だ。庶民が飼うとしても裕福な家庭でしか育てられない。

「これまで貴族家ではお嬢様方の遊び相手という印象でしたが、最近は魔法学校の生徒が連れ歩いてますよ。商人なども連れてますしね」

「そうですか」

「今年の大会ではフェーレースが多く参戦するのではないでしょうか。ぜひ、頑張ってくださいね!」

 店員も店長もきらきらと輝く笑顔だ。純粋なその笑みにシウは苦笑しかない。

 曖昧に頷いたら、やはり高級店だ。話を切り上げて、すぐさま頼んでいたものを持ってきてくれた。


 仕立て屋ではエミナたちから贈られた生地で作ったシャツ以外にも、一通りのものを数種類頼んでいた。

 ラトリシア風の仕立て服は種類別で揃っているのだが、シュタイバーンのものは貰い物の礼服などが多い。オスカリウス家でも用意されているが、微妙に体に合わないので毎回調節してもらっていた。

 そのため、良い機会なのでシウの体型に合わせて作った。

 シウが成長することを踏まえて、ある程度の余裕は持たせている。が、最初からシウに合わせているため調節はし易いそうだ。

 礼服はきちんとしたものを用意してもらい、普段服は貴族が着る服とまでは行かずともシンプルながら良い品を頼んでおいた。

 ついでにロトスの分も注文していたので見てもらう。

「え、俺のも?」

 彼の寸法は分かっているので、内緒で頼んでいたのだ。

「うん。シュタイバーンのものも、あれば良いだろうからね」

「うわ! マジか。いいのか?」

「良いよー」

 ロトスは素直に喜んで試着していた。

「おー、すげー。ぴったり。見て見て、俺めっちゃ格好良くない?」

 鏡相手に決めポーズをするので、店員皆が微笑ましげに見ていた。


 その後、中央地区へ戻った。

「鍛冶ギルドへ行く前に、服屋ヘ寄っていい?」

「まだ服買うのかよ」

 ロトスがびっくり顔なので、シウは肩を竦めた。

「高級品ばかり着ていたら下町をのんびり歩けないし」

「あ、そっか」

「冒険者が高級仕立て服で仕事とか、ないからねー」

「そりゃそうだ」

 なので、ついでだからと庶民服も買いに行くのだ。こちらは既製服に近い。ただ、合わせてもらえるため体にはフィットする。当然、お古を買うよりは高かった。

 でも、十分稼いでいるシウなので還元していくためにも惜しまないことにしている。

「シウは使う時は豪快だよなー。変なところで、なんだっけ、倹約家? なのに」

「自分でもそう思う。でもほら、最近溜め込みすぎてるから、放出しないと」

「あー、お金って持ちすぎてもいけないんだっけ?」

「そうそう。だから、こういう時に出し惜しみしないの」

「オッケー」

 というわけで中央地区にある紳士服を廻った。

 すっかり育ったロトスには、青年用の服が直し入らずで手に入れられた。羨ましい話だ。

 シウは残念ながら少年用しか合わないようであったので、青年服を調節してもらうことになった。さすがに成人したシウが、少年服を着るのは無理がある。

 出来上がりはベリウス道具屋ヘ送ってもらうことにして、シウたちは店を後にしたのだった。

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