298 親バカのダニエル、もう一つの卵石
コルはダニエルを連れて戻ってきた。
ダニエルの体調は悪くないようで、彼はシウを見るといつものように笑顔で挨拶した。ただ、アリスの泣いた跡を見て、少しだけシウへの視線が強くなる。
けれど、アリスがすぐに事情を話したため、彼はなんとも言えない表情になった。
「アリス、お前……」
「カーカー」
「コル。この子は、わたしが育てるわ。あなたも育てるのを手伝ってくれる?」
「カー……」
溜息のような返事のあと、コルはシウのことをチラッと見て、それから頭を振った。
仕方ない、というような意味らしい。
「カーカー。カーカーカーカー。カーカーカー」
「そうね。エルのことを食べないように教え込まなきゃいけないわ。ふふふ」
「カーカー」
「あら、笑い事じゃない? でも、いいじゃない。嬉しいことだから笑うのよ」
「カーカー」
彼等の絆は深い。シウは微笑ましげにふたりを眺めた。ダニエルもまた、どこか肩の力を抜いて、安堵していたようだ。
ダニエルはどうやら、卵石の存在を知らなかったらしい。
コルが二つも拾ってきたことを知って驚いていた。
「君、以前も拾ってシウに渡していたんだよね?」
そう言われたコルは、そっぽを向いた。
シウとアリスは顔を見合わせて笑った。どうやらコルは、拾った卵石をシウに押し付けている自覚はあるようだ。
ダニエルはやれやれと溜息を吐いて、それからシウを見た。
「そちらは引き取ってくれるんだね?」
「はい。この子は、ここでは育てられないでしょうから」
「うん?」
ダニエルが首を傾げる。するとアリスが慌てて父親である彼に話しかけた。
「お父様、そう言えばトムに聞きましたけど、お仕事を無理して休んだのですって?」
「あ、ああ、いや……。トムのやつめ、話したな」
後半は小声になって、ダニエルは執事のことを恨めしそうに口にする。
アリスは更に言い募った。
「わたしには、『仕事は厳しいものだ、休んでばかりではいけない』ってお説教したのに!」
「あ、いや、それはだね」
「体調でも悪いのかしらと心配したのよ。そんな時にシウ君をお招きしたら、彼だって気にするわ」
「あ、だからね。それはね。シウ殿が来るからであって」
「なんですって?」
アリスは父親とならこんな風に喋るのだなあと微笑ましく聞いていたのだが、このあたりでシウにもだんだんとダニエルのズル休みの真相が分かってきた。
「あのー、つまり、あれですか」
シウが口を挟むと、ダニエルは途端に落ち着きがなくなり、慌て始めた。シウに向かって下手くそなウインクまでして目配せしてくる。
シウは苦笑しながら、続けた。
「久しぶりに僕と会いたいなあと思ってくれた、とか?」
「あ、ああ! そうなんだよ! ははは!」
下手くそな笑いであったが、ダニエルはホッとしたようにニコニコと笑顔を見せた。
アリスは信じていない視線で父親を見ていたが、シウもそれ以上言わなかったので、続けることはなかった。
彼女もどうやら、真相に気付いたらしい。
呆れた様子で小さく溜息を零していた。
ダニエルはアリスのことをとても大事にしており、彼女に近付く男を牽制している。
今では一番近い場所にいるリグドールが最大の敵のようだが、シウが突然お邪魔すると聞いて、まさか! と思ったらしかった。
シウでも対象になると考えてくれたのは嬉しいような、そして気恥ずかしさもある。
だが、ダニエルのなりふり構わない親ばかぶりに、シウの恥ずかしさも飛んでいくというものだ。
アリスは、シウにだけ分かる仕草で、ごめんなさいと目交ぜで示していた。
せっかくなのでダニエルとも話をしたが、早々にアリスに追いやられていた。挨拶にしては長い、ということらしい。
彼が席を外すと、アリスはシウに注意してきた。
「シウ君。鑑定魔法のこと、内緒じゃないの?」
「あ……」
「父上は、口が堅いと思うけれど、あまり気軽に話してはいけないと思うの」
「あ、うん」
「わたしでも気付くのだから、父上も気付いたかもしれないわ。でも確認されるのと、想像されるだけでは違うでしょう?」
「はい」
自然と姿勢を正して聞く体勢になったシウだ。
「シウ君、賢いのに、どこか抜けてるんだもの」
「抜けてる……」
「あ、ごめんなさい! リグ君がよく話しているから、つい」
そう言ってから、慌てて頭を横に降った。
「やだ、こんな言い方したらリグ君のせいみたい。ごめんなさい」
とは、リグドールに謝っているのだろう。今ここにはいないのに律儀な人だ。
アリスは本当に素敵な女性に成長した。
リグドールとお似合いだとも、思った。
「抜けてるのは本当だから。リグがそう言うのもいいし、アリスさんに言われても面白いだけだから、いいんだよ」
冗談めかして言うと、アリスも恥ずかしそうだった表情を笑顔に戻した。
「シウ君ったら。……面白いの?」
「面白いよ。リグと仲良さそうなのも分かって」
「……まあ!」
今度は真っ赤になった。
どうやら、シウが想像する以上に二人の仲は進展しているようだった。
もうひとつの卵石はシウが引き取って帰った。
これは誰にも引き取れないだろう。孵れば、育てるのが大変な種族なのだ。
離れ家へ戻ってロトスにも見せる。彼は鑑定能力が上がったものの、シウのようにレベル五ではないため中は分からないようだった。
フェレスはふんふん嗅いだが、もちろん鑑定したわけではない。
「にゃー。にゃーにゃー」
卵石だ、ほしいー、である。
ブランカも匂いを嗅いで、前足で床をだんだん叩く。
「ぎゃぅ、ぎゃぅぅ!」
ぶーたんもほしい、だそうだ。
クロは賢く黙っている。黙ってはいるが、新しい仲間? と卵石の周囲をトトトと足取り軽く踊るように歩いていた。
さて、ロトスだ。
「他の誰かに譲るんじゃなくて、シウが引き取るってこたぁ、珍しいんだな?」
「うん、珍しいね」
「よっしゃ。待てよ、勉強したからな。希少獣だろ、うーん、うーん」
腕を組んで悩む彼に、シウは笑った。
「あのね~」
「待て。言うんじゃない。まだ考えてるんだ」
というから、シウは待った。
待っている間に、卵石を誰が持つか話し合いだ。
もちろん、昼間はシウが持つ。主となる人間が持っていないと卵石も可哀想だろう。
「ぎゃぅぎゃぅ!」
「にゃにゃ。にゃにゃにゃにゃ」
「きゅぃきゅぃ……?」
それぞれ思惑はありつつ、シウは交代でねと仲裁する。
三頭、いや二頭は渋々納得していた。シウはフェレスに向かって、
「大丈夫。一番の子分はフェレスだから。ね?」
「にゃー」
「二番目はクロとブランカだよ。分かった?」
「きゅぃ!」
「ぎゃぅぎゃぅ」
「よーし、分かったぞ!」
タイミングよく、ロトスが手を挙げた。シウが視線を向けると彼は自信満々に答えた。
「オルキヌスだろ! 確か【シャチ】だったっけ? すっげぇデカくなるやつ!」
それは海獣だ。希少獣の中でも確かに希少な種族だが……。
シウは半眼になってロトスを見つめた。
彼は得意満面だったのに、そろっと手を下ろしていた。
そもそも、海の獣の卵石は陸で見付かることはない。
海で見付かるからこそ珍しいのだ。
浅瀬で産み付けられると言われているが、人間が見付ける確率など低い。
そういう話をシウは何度もしたし、本も渡していたはずなのだが。
「えーと。えへへ。えー。では、正解をどうぞ!」
何事もなかったかのように笑うロトスに、シウは肩を竦めて答えを告げた。
「アトルムマグヌスだよ」
ロトスは首を傾げて、「分からない」と言う。
分からないのも無理はない。
アトルムマグヌスは大変珍しい、ゴリラ型の希少獣のことだからだ。
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コミカライズの第三話が公開されました。
https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF02200433010000_68/
yui先生の描く女の子が可愛い!!服とかパン屋の内装もそうだけど、センスがある!(年寄りの感想/そして語彙のひどさw
猫耳の服、いいっすね。フェレスの着ぐるみを猫耳付きにするとかアリじゃないか!と思ってしまったです。危険ですね。
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