297 急行飛竜便、アリス




 元々、週末にはロワルへ行く予定があった。

 でもそれは転移でこっそりのつもりだった。

 ロトスが狩ったギガスウィーペラの胃袋が売れたということで、その受け取りがひとつ。

 シウの誕生祝いにと仕立て券をもらっていたから服を頼んでいた。その出来上がり品の受け取りも週末に予定していた。

 ちょうど良いと思っていたところに、卵石である。

 黙って転移してもと一瞬考えたが、レオンにはまだ転移のことは話していない。

 他にも話していない人はいて、レオンとアリスやリグドールが友人であることを考えたら、自重という言葉がシウの頭を過ぎった。

 ロトスからも「最近シウは自重してない」と言われていたため、今回は飛竜で行くことにした。


 木の日の早朝に飛竜便をチャーターし、どれだけ乗り心地が悪かろうとも構わないから急いでくれと頼んだ。

 シウたちのような客は案外多いらしい。お金さえ払えば構わないと言われ、冬の寒い中、飛竜は飛び立った。

 こんな時期の飛竜だ。寒さには強いが年齢はかなり行っているらしい。

 避寒で少なくなった飛竜便の中でも元気はあるが老体だという飛竜に、シウはせっせと魔法でお世話した。休憩ごとの体に良い食事、大きな棍棒を使ったマッサージなどだ。もちろんロトスも手伝った。ポーションを混ぜた魔獣の内蔵スペシャルと寝る際に安眠できるよう調合した薬草入りの篝火で、飛竜はツヤツヤになっていた。

 おかげで飛竜とは仲良くなり、操者の男性とも親しくなった。

 こうした飛竜便の操者には飛竜大会で好成績を残した者も多い。元竜騎士、という者だっているそうだ。

 今回の操者も飛竜大会での上位経験者だった。彼はシウが騎獣レースで優勝したという話を聞いてから、ぐっと親しくしてきた。

 シウが飛竜の操縦もできると言えば、途中交代もさせてくれたぐらいだ。彼等、飛竜乗りは滅多に場所を譲らない。これは大きな信頼だった。

 シュタイバーン国に入る頃にはすっかりシウを頼って、交代要員にしていたほどだ。

 飛竜も頑張って飛んでくれ、土の日の朝にロワルヘ到着したのだった。


 ところで寝不足のロトスが、

「もうレオンにバラしちゃおうぜ」

 と言い出したので、シウもそうしようかなと考えてしまった。

 レオンに話すのなら、リグドールにも話すつもりだ。彼のことも信用している。リグドールとは親友だと思っているシウだ。キリクにも話しているのだからリグドールにだって、と考えたこともある。ただ、一般市民の彼にシウのスキルをバラすというのはリスキーすぎる。リグドールへのデメリットが大きいのだ。他人の秘密など、聞かなければ知らないで済む。重荷を背負わせるのは親友と言えるだろうか。

「……もうちょっと、考える」

「そっか、そうだな」

「カスパルにはバレてそうな気はするけど」

「若様なー。あの人、もしバレてなくてもさ、しれっと『あ、そうなの』とか言いそう」

「懐が大きいよね」

「な」

 シウも、寝不足なのかもしれない。会話がまとまらないまま、ベリウス道具屋まで歩いていった。もちろん、寝不足だろうがシウの目覚めはしゃっきりしている。

 ロトスいわく「おじいちゃんの朝の元気なことよ」らしいので、彼には寝不足だとは口にしなかった。




 ベリウス道具屋の離れ家で仮眠するというロトスを置いて、シウは早速アリスの家へと向かった。

 彼女は親元で暮らしており、ベッソール家へ行くと顔馴染みの執事が出迎えてくれた。

「お嬢様がお待ちでいらっしゃいますよ、シウ様」

 案内してくれる間、この家の主ダニエルも在宅だと知った。

「後ほど、ご挨拶させていただいてもよろしいですか?」

「……それは、もしや?」

 執事が妙な顔つきなので、シウは小首を傾げた。

「お忙しいのですか?」

「いえ。本日は、お仕事を休まれて――」

「もしかして、お体が? そんな時にお邪魔するなんて」

 申し訳ないと言いかけたが、執事は慌てて手を振った。そういうことではないらしい。

 シウは気が回らないので、鈍くていけない。執事が曖昧に濁す言葉の裏に気付けないのだ。困っていると、なかなかやって来ないシウたちに痺れを切らしたのかコルが飛んできた。

 貴族家の廊下だから天井もある。しかし、優雅な廊下を鴉型希少獣のコルが悠々と飛んで来るのは面白かった。

「カーカー。カーカーカーカー」

「あ、ごめんね。執事さんと話していたんだよ」

「カーカーカーカー。カーカーカー」

「あ、そうなの。分かった。すぐ行くね。トムさん。コルが、早く卵石を僕に渡したいからと言ってるんです」

 ということで、体調に問題がないのなら、アリスにこのまま会っていこうとシウは執事を振り返った。彼はどこか安堵したような表情で頷いた。

「急いで参りましょう」


 案内されたのは、アリスの私室だった。

 といっても内向きではなく、応接室だ。

 メイドたちもいてシウとは二人きりではない。

 いつもは傍にいるコーラの姿が見えず、シウが見回したことでアリスが気付いた。

「コーラは花嫁修業中なんです」

「というと、いよいよ?」

「ええ。今年の夏頃にミハエル兄様と結婚します」

「では、カールさんもご結婚を?」

「春には正式に。年明け早々というお話もあったのだけど、学業に忙しくて花嫁修業を怠っていたのですって。お姉様ったら、赤裸々にお話なさるの」

 義姉となる女性と、アリスは仲良くやっているようだ。

 そう言えばと思い出して聞いてみる。

「ティナ、さんも?」

 婚約したと聞いていたので確認すると、やはり今年中に結婚するそうだ。

 マルティナはずっと結婚願望を隠さずにいた女性で、ようやく婚約に漕ぎ着けた。お相手は子爵位の男性で、望んだ通りの結果である。話を聞いてハラハラしたこともあるので、シウも良かったなと思う。

 アリスは焦らないのかと心配になるが、特に気にした様子もなく彼女は籐籠に入れていたものを取り出した。


 卵石を見れば、シウの意識はすぐにそちらへ切り替わった。

 なにしろ、卵石はまたも二つあったのだ。

「二つ、って……」

「ええ」

 鑑定すると、どちらも小型希少獣だと判明した。ただし、ひとつは小型ではない。聖獣でもない騎獣でもない希少獣のことを便宜上「小型希少獣」と呼んでいるため、こうしたことが起こる。

 シウが黙っていると、アリスがおろおろし始めた。

「あの、シウ君、引き取るのは難しい?」

「あ、ううん」

 そうじゃない。そうじゃないのだが。

 脳内であれこれ考えて、シウは決断した。

「えー。アリス、さん」

「はい」

「……ひとつは引き受けます。でも、もうひとつはアリスさんが引き取って欲しい」

「え?」

 シウは逡巡しながらも、顔を上げてアリスに告げた。

「《鑑定》したら、ひとつはコルニクスだと分かった。これはアリスさんが育てるべきだと思う。……コルに後輩の面倒を見させてあげてほしいから」

 同じくコルニクスのコルは、老体だ。

 シウの鑑定でも彼の寿命が近いことは分かっていた。彼自身も気付いているだろう。

 アリスとの暮らしで随分楽になったようだが、長い苦労をしてきたことから楽観視はできない。

「コルニクス……。コルと同じ……?」

「うん」

 コルはシウと部屋へ一緒に来てからは、また廊下を飛んでいった。アリスに何か頼まれていたので仕事をしているのだろう。

 彼女はシウとだけ卵石の話をしたかったのかもしれないし、あるいはコルが気を遣ったのかもしれない。

 コルは元野良希少獣だ。

 人に拾われずに運良く生き残れた。

 その生涯は大変なものだったが、晩年にアリスという心優しい女性と出会えた。

 シウは静かに続ける。

「コルが卵石を拾ってくるのは、きっとコルが経験できなかったことをさせてあげたいからなんだと思う。人間嫌いだって言ってたけど、本当は信じたいと思っていたはずなんだ。今のコルを見てたらアリスさんのことを心から信頼しているし、好きだと思う」

「……ええ。わたしも、そう、思ってます」

 はっきりと言い切ったアリスは澄んでいた。凛とした姿で、とても美しい。

「この卵石は彼なんだ。彼のために、生まれてきたんだと思う。本当はコルは、アリスに託したかったんじゃないのかな?」

 アリスは黙ったまま、シウが差し出した卵石をそっと受け取った。

 そして大事そうに、胸に抱える。

「わたし、コルの代わりに、なんて言いません。コルのために、って言葉も使わないわ。この子はこの子。でも、コルが望むように育ててあげたい。コルが小さかった頃にわたしがしてあげたかったことを、するわ。そして、コルと一緒に育てるの」

「うん」

「……シウ君、ありがとう。本当に、ありがとう。わたし、この子を育てます」

 そう言ったアリスは、とても輝いていた。

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