296 驚く申し出と願ってもない申し出
翌日、朝から通信が入った。珍しいことにアリスからだった。
「(えっ、待って、卵石?)」
「(ええ、そうなんです。シウ君、卵石を引き取ってもらえませんか。コルがまた拾ってきたんです)」
また、拾ったのか。
シウは一瞬呆然となったものの、念のためアリスに問いかけた。
「(その、たとえば卵石を売ったりだとかリグに譲ったりという案は?)」
リグドールと仲の良いアリスだ。真っ先に彼へ相談したと思った。そしてリグドールは、卵石に憧れを持っていた。彼なら親が大商人ということもあって育てるのに不足はないと思うのだが。
しかし、アリスはどうやら首を横に振ったらしい。声が大きくなったり小さくなったりしながら、それを告げた。
「(いいえ。これはコルが望んだことなの。それにリグ君は、今は自分のお給料だけでやりくりするのだといって頑張ってます。以前それとなく聞いてみたけれど、もし騎獣が生まれてしまったら今の自分では育てられないって言ってました)」
リグドールが一人前の大人として頑張っていることに、シウは純粋に「すごい」と思った。彼は普通の人間だ。人より魔力はあっただろうし、魔法も使える方だ。けれど普通の少年だった。そんな彼が就職し、一人でやっていこうと頑張っている。
それは素晴らしいことではないだろうか。
本当に偉いのは彼のような人間だと、シウは思った。
「(……分かった。じゃあ、今週末にロワルヘ行く予定だったから受け取りに行くよ)」
「(良かったです。もし無理なら、仕事を休んで飛竜に乗ろうと思ってました)」
「(えっ? アリスが? ダメだよ、そんな)」
シウが慌てると、アリスはころころ笑って返した。
「(だって、これはコルが拾ってきたものなのよ。コルのすることに、わたしは責任を取る必要があるわ)」
「(アリス……。アリスさんも、立派な大人になったんだね)」
「(やだ、シウ君ったら。恥ずかしい。でも大人になったって言われると、なんだか嬉しい。ありがとう)」
淑女になった相手に対して親しいとはいえ呼び捨てはいけないと思ったのだが、彼女はそのままでもいいのだと継ぎ足した。
ただ、頑張っていることを「立派な大人になった」と褒められて嬉しかったようだ。
リグドールもそうだが、アリスもまたしっかりとした大人へ成長している。
シウはどうだろう。
少し振り返って、なんともいえない顔になったシウだった。
生産の授業を受けてから急いで帰ろうとしたシウは、オリヴェルとスヴェルダに出会った。
彼等は昨夜ヴィンセントからあることを聞いたそうだ。
それをシウヘ確認しに来た。
「多数の騎獣を連れ帰ったとか――」
「あ、うん。騎獣十五頭を預かってるよ」
冒険者ギルドからの報告が、もうヴィンセントにまで届いたらしい。山賊の処分はともかく、騎獣は早々にどうするか決めないといけないから急いでくれたのだろう。
「今朝、その話を聞いたプリュムが気にしてな。もしシウが引き取るなら大変じゃないかって」
「あ、そうだね」
「今は養育院ってところに、いるんだよな?」
「そうだよ」
返事をするシウに、スヴェルダは何度か言葉を溜めてから口を開いた。
「プリュムを、昼間そっちへやってもいいかな?」
「え?」
「王城の聖獣や騎獣たちと過ごすのも楽しいらしいけど、ほら、うちは鍛えてるだろ」
「ああ、うん」
プリュムは小さかった頃の面影が想像できないほど、人型に転変した姿もがっしりしている。剣も扱えるというし、よほどの鍛錬をしたに違いない。当然だがモノケロース姿もがっちりとしていた。
「野生に近い騎獣のことを心配してさ。最初はカリンも付いていくというから。ダメかな?」
シウは首を傾げた。何故そんなことを言い難そうにするのだろう、と。
すると、オリヴェルが分かっていなさそうなシウに気付いたらしく、説明してくれた。
「兄上が仰っていたが、たぶん、シウがそのまま騎獣の引き取り手になるはずなんだ。国が引き受けると『没収』というような形になって、ようするに外聞が悪い。金銭で支払うということも案に上がっているけど、君、そういうの嫌うよね?」
「ああ、うん。そうだね」
それに最終的に軍へ組み込むであろうラトリシアの騎獣の生き方を、好んでいるわけではない。
魔獣対策としてならシウも否やはないのだ。これはロトスも言っていたが、魔獣を倒すことは彼等の本能に組み込まれていることだから。
「で、次にカリンを教育係として派遣させるという案も出た。保護して教育する。そのうち、国が引き取るという緩やかな方法だね」
「うん」
シウが返事をすると、オリヴェルはまた続けた。
「でもまあ、騎獣たちがそれを受け入れるかどうかは分からない。それに巻き上げたと思われるのも国としては癪だ。第一に彼等はシアン国で売り買いされていたものかもしれない。そんな因縁のある騎獣を引き取るのはどうか、という意見もあった。だから最終的にはシウへ引き取ってもらって、ということになりそうなんだけど、そこでプリュムが手を挙げた。山賊に拐われて育てられた騎獣が可哀想だって」
プリュムも拐われかけたことがある。小さい頃のことだ。
彼は自身を重ね合わせたのだろう。
「シウが引き取って育てるにしても、教育するのはまだ学生のシウには難しいだろう。だからといってラトリシア側の教育者が行くのも先ほどの説明通り。だったら自分が、というわけだけど……」
どうやらそれにも物言いがあったようだ。
聞けば、くだらないことだったが。
「人質として来ている供の聖獣が、山賊に飼われていた騎獣を教育するというのは外聞が悪い、ということでね」
「はあ」
シウが呆れたような声を上げたら、オリヴェルも呆れ声で苦笑した。スヴェルダは緊張した面持ちだったが、ようやく力を抜いている。
「ようするにデルフ国の都合が良いように教育されては困る、というわけ」
「ああ、なるほど。そういう意味かあ」
シウは呆れて、それから笑い飛ばした。
「ないよ。ないない。それに、うちの子もいるのに、どうやって洗脳するんだよ」
シウの言い分に二人も肩の力を抜いていた。
それから顔を見合わせてホッとしたと安堵している。
「どうしたの?」
「いや。シウが許してくれたら、プリュムの案が通ることになっていた」
「そうなんだ」
「いいのか?」
「いいよ。だって面倒見てくれるんだよね? 助かるなあ。特に、今週はちょっと急用が入って。こんなに都合良く行くんだって、驚いているところだよ」
「そうなのか?」
スヴェルダが、シウが気を遣って言っているのではと思ったようだが、違う。
本当に助かるのだ。
「実は、急遽ロワルに戻らなきゃいけなくなって。その間、僕はもちろんだけど、騎獣十五頭をまとめて面倒見ている子も連れていきたかったんだ」
そこは転移でこっそり誤魔化そうと思っていたが、援助があるなら助かる。
ロトスも外へ顔を出すようになっているので、時間的なつじつま合わせをしておく必要があるからだ。
フェレスを置いていくことも考えたが、彼にロトスの代わりは無理だろう。同じように野生児として遊びまわるに違いない。ブランカは論外だ。
クロが一番適任だけれど、なにしろ小型希少獣である。野生児の騎獣が言うことを聞くとは思えなかった。
ロトスは聖獣の本性があるので騎獣らも話を聞いているのだ。
そしてプリュムは、ロトスのように認識阻害もしていない本物の聖獣である。
ましてや、境遇を理解できる聖獣だ。
ぴったりの監視者だった。
こういう、めぐり合わせには感謝する。シウはいつも周りに助けられていると思う。
「ありがと。本当に助かるよ」
シウの言葉が本物だと伝わったようだ。スヴェルダは気恥ずかしそうに頷いていた。
時間のないシウには詳細に説明している暇がない。
通信でも話をするが、やり取りは養育院のネイサン、冒険者ギルドの交渉担当スキュイに頼んだ。
騎獣らにもよくよく言い聞かせる。
「僕とロトスは少し出かけるけど、必ずまた戻ってくるからね」
「お前ら、俺がいないからって無茶やったら帰ってきたときにお仕置きだからな!」
ロトスはスパルタらしい。騎獣たちが、ぎゃぅぎゃぅと鳴いている。おとなしくしてるー、というようなニュアンスだった。
シウはロトスを肘で突きつつ、皆にご褒美を与えた。
「特製ジャーキーだよー。良い子で待っていたら、またあげるからねー」
「シウ、餌で釣るって、それひどい」
「え、そうかな」
「うん。あと、俺も欲しい……」
「あ、はい」
どうぞと渡したら、ロトスは美味しそうに人型のままで齧っていた。
念のため、この養育院にはアントレーネとククールスに顔を出してもらうよう頼んである。
彼等とシウたちが仲間であることは騎獣たちも分かっている。なので、見張りがいる、と言うと更におとなしくなっていた。
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