295 サロンでの学校秘話
サロンへ来るのは敷居が高いとは伝えていた。そのため、シウがエドヴァルドを連れてきたことも、彼等は気にしていなかった。
ただ、エドヴァルド自身が少し困っていただけだ。
小声でシウに、
「言っておいてくれよ。気の持ちよう、というものがあるんだ」
などとぼやいていた。
「エドヴァルドは子爵なのに。そんなに畏まるもの?」
シウの純粋な質問に、彼は毒気を抜かれたかのように肩を落としていた。
「いや、あのね……」
溜息を吐いて、それから苦笑いだ。
「他国の王族だよ? ましてや、そこに留学中の王族もいる。気を遣わない方がおかしいよ」
「そっか。あの、ごめんね?」
「いいさ。こういうことにも慣れたら自分のためになるかもしれないしね」
肩を竦め、小声で話していたために身を屈めていた彼はシャンと立った。
シウとこそこそやっていたことへの詫びを二人に告げ、改めて挨拶する。
「あ、僕が紹介しないといけなかったんだ」
慌てて思わず口にすると、皆に笑われた。
「こうした場合は君に爵位がないこともあって、どちらでも構わないんだよ」
オリヴェルがそっと教えてくれた。そうなのか。シウは安心して胸を撫で下ろした。
エドヴァルドが、
「貴族のマナーは、わたしでも難しいと思うんだ。君が気にすることはないよ。さっきも言ったけれど、悪意がないことは十分承知しているからね。それが一番大事なんだよ」
と優しく慰めてくれたのだった。
エドヴァルドは最初だけ立ち会ったものの、仲の良い友人同士での話もあるだろうということで席を外した。
気働きのできる青年で、話し合いに向いているだろう店へ共に入ってからのことだ。
シウたちが入ったのは、サロンの中でも落ち着いた雰囲気の、個室のようになった暗い照明の喫茶室だった。
「僕はここへは初めて入ったが、良い感じだね」
エドヴァルドが去ると、オリヴェルが紅茶を飲みながら話す。シウは香茶、スヴェルダは珈琲を飲んでいた。
「社交に使うというよりは秘密の会話に向いているね。まだ二年度生だと聞いたけど、彼はサロンを使いこなしているね」
「オリヴェル殿下はサロン浸りをなさらないので?」
スヴェルダが問うと、オリヴェルは苦笑した。
「苦手なんだ。というか、スヴェルダ殿? 平らに話してくれるという約束だったのでは」
「そうだった。忘れていました。では、オリヴェル殿。お互いに社交は控え目に頑張りましょう」
どうやらかなり仲良くなったらしい。シウがニコニコ笑っていたら、二人がシウを見る。
「君は、そのままでね」
「そうだね、シウはそのままがいいな」
何やら二人の間でシウの話題が出たようだ。
仲良くなるための話題だったなら、良い。シウは素直に頷いた。
さて、スヴェルダは今日から学校へ通えることになった。
オリヴェルと共にやって来たので、帰りも同じ馬車となる。その前にできるだけ時間を潰し、学校での時間を増やしたいようだ。
「ここなら隠れて勉強もできそうだね」
「場所の確保ができるよ」
社交を目的とするサロンなので、他の店は邪魔が入る。エドヴァルドは本当に良いところを教えてくれた。
しかし、候補は多い方が良い。
シウは彼等に図書館を勧める。
「地下の図書館かい?」
「うん、そうだよ。とても落ち着いていて過ごしやすいんだ。特に中央部分は天窓から地上の光が入ってきて、気持ち良い場所だよ。受付横には、飲食もできるスペースがあるしね」
「なるほど」
「意外と集会室も良いよ。五時限目を過ぎたら、ほとんど誰も来ないから」
「へえ。そうなのか」
スヴェルダがふんふん頷くのに対し、シウは身を乗り出した。
「でもやっぱり図書館だね。静かに勉強できるから良いよ。あそこに、高位貴族の出身者が来ることはほとんどないし」
「そうなのか?」
スヴェルダはオリヴェルにも視線を向けた。すると彼は苦笑で頷く。
「地下というのもあるし、そもそも高位の者は書物を自身で借りに行ったりはしないね」
「あ、そうか」
かくいうオリヴェルも最近までは従者に取りに行かせていたようだ。借り出せないものに関しては抜粋してメモ書きをさせているとか。
最近はシウが図書館図書館と言うので、足を運ぶことも増えたらしい。
「図書館では貴族同士が長ったらしい挨拶をすることは禁止だし、いいんじゃないかなー」
シウが付け足すと、二人が驚いた。
「禁止なのかい?」
「禁止?」
シウは慌てて言い直した。
「暗黙の了解ってやつ。受付の人に、そういった意味の注意をされてた人もいるよ。僕も先輩から教えてもらったんだ。そもそも図書館は、本のことや勉強以外の会話は禁止だしね」
「そりゃ、そうだ」
「そうなると、ますます魅力的な場所だね」
シウは悪い顔になって二人に告げた。
「勉強、捗るよ~」
図書館の回し者になったシウである。
それから授業の取り方、早めに飛び級しておくと便利な科目などについて話す。
オリヴェルはそうしたことを知らず、素直に順番に受けてしまって後々困ったようだ。特に体を動かす系統のものは考えて選ばないといけない。
また、専門科を受けることも踏まえて計画を立てなくてはならない。
スヴェルダも悩ましいようだ。
「属性の関係から、治癒科も受けたいんだ。いずれは人体研究や特殊魔法研究もと思ってるけど」
特殊魔法研究は珍しい固有魔法持ちのための学科だ。
たとえば空間魔法なども、これに入る。シウの場合は隠しているので勧誘はされていない。スヴェルダは聖別魔法持ちなので入りたいのだろう。
彼は他に光属性魔法と水属性魔法を持っているため、治癒を学びたいのだ。
「戦術戦士科はどう?」
「魔法使いが?」
と返したものの、スヴェルダは興味があるような顔をした。オリヴェルは少し背もたれに体を戻していた。彼は体を動かすことには興味が無いらしい。
「騎士学校から合同演習を断られるぐらいには本格的だよ」
シウとしてもレイナルド先生のために勧誘ぐらいはする。
はたして。
「シウが勧めるなら目指してみようか」
と言ってくれた。
シウはにこにこ笑って、彼に告げる。
「安心して。目指さなくても入れるから。一応、必須科目の基礎体育学だけ出ていれば誰でも入科は許可されてるよ」
スヴェルダなら体も鍛えているそうなので安心だ。同じく戦術戦士科を目指しているカルロッテには厳しいことを告げたが、彼女の場合は基礎体力がなさすぎるからだ。そのため、必須科目の攻撃防御実践も出てほしいと注文をつけた。
「そうなのか。必須科目はどれも問題なさそうだから、そのうち入科できると思う。その時はよろしく頼む」
「うん」
オリヴェルが教師陣に掛け合って、スヴェルダには特別に飛び級用のテストを用意してもらっているようだ。国の事情で入学が遅れたのだからと説明したらしい。どのみちテストは事前に作られている。教師の労力が更にかかることはない。
他にも学校での過ごし方、便利な場所についてオリヴェル視線では足りない部分をシウが説明した。
厩舎はとても綺麗で、皆が礼儀正しく過ごしていること。厩務員も真面目に働いているので安心して預けられるが、フェレスやブランカは野生児すぎて合わなかったこと、などだ。
スヴェルダは笑って聞いていた。
渡り廊下も視線を楽しませる作りをしているが、地面を歩いて行くのも面白い。鳥の巣が作り付けられていたり、木々や花を美しく整えられていたりすることも話した。
研究棟では変わった生徒も多いので気をつけて、ともだ。
ついでに古代遺跡研究、魔獣魔物生態研究に興味があればと勧める。
その後でオリヴェルが、
「でも新魔術式開発研究は先生がとても変わっている方だから、もし受けるのなら十分に用心するように」
と付け加えていて、シウと共に大笑いしたのだった。
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