294 物を作る、想像する




 火の日になったので、学校へ向かう。

 ロトスやフェレスたちは養育院にそのまま滞在するというので置いてきた。

 シウはブラード家へ寄らずに、そのまま学校だ。専用のローブなど、服もそうだが装備品も常に空間庫へ入れている。だから、《装備変更》で簡単にできるのだ。普段はいちいち着替えているシウだが、気持ちを切り替えるための行為であり、こういう時は便利な「魔法」を使う。


 この日は、二回目の新しい科での授業だ。

 シウは新入りだが、魔法建造物開発研究科では早くも話し合いに参加するなど、楽しいものだった。

 魔法を使った建造物など、シウがよくやるものだ。

 彼等はシウが戦術戦士科で毎回仮設の建物を作っては元に戻す、という作業について知っていた。そのため質問も多く飛んでくる。

「荷重計算までやってるのかい?」

「一応。でも、本格的にはやってないよ。力技で《固定》してる。もっとちゃんと学ばないとと思ってたから、この授業楽しみにしてる」

「おー、そっか」

 納得するクラスメイトにかぶせて、別の生徒が身を乗り出してきた。

「でも前に先輩が、構造計算のミスを指摘されたって言ってたぞ」

 文化祭の時のことだろう。書類を突っ返した記憶がある。シウは苦笑いだ。

「あれは簡単だったから。でもほら、お屋敷レベルになると複雑だよね? 図書館の本を読んだけど曖昧すぎて。あれで大丈夫なのか、いつも不思議なんだけど」

 地震があると倒れるのではないかと思ったものだ。

 案外、倒れないものらしいが。あとは魔法による「固定」があるのも大きいのかもしれない。純粋に魔法を使わない「人力だけで成立する」建造物は低層階だけという可能性もある。はたして。

「でもそれだと上級院レベルだぞ。研究者を目指すのか?」

「え、そうなの? 知らなかった……」

 どうも話しぶりから、この科では魔法建造物に関する基礎的なものしかやらないようだ。それでも基礎を学べるのだからいいかとも思ったが、教師のメトジェイが柔軟に対応してくれるという。それなら授業はこのまま受ける。

 何より、皆と建造物について話をするのが楽しい。生産の次に楽しい授業ではないだろうかと、シウは思った。

 物づくりの範疇だからかもしれない。


 午後の創造研究科は、考え方を教わるといった方が近い気がする。

 オルテンシアの発想力に触れるたび、シウは自分が凡人であると感じた。彼女のような発想力を持ちたいものだ。

 授業の後半はまた討論になるが、ビアンカから目の敵にされつつ、エドヴァルドの班に入って控えめに意見を述べた。

 最後の各班ごとの討論では狙い撃ちされるが、エドヴァルドの助けでやり過ごした。まだ入科してすぐのシウは発言しなくても良いのだが名指しされるので仕方ない。たとえば、こうだ。

「一番、使い勝手が悪いのは土属性ではありませんの? 基本の使い方以外で、どう応用できるのか聞いてみたいものだわ。シウ?」

 名前を呼ぶ時には、どこかおぞましいものを見つけたような、そんな顔になる。だから、ついついシウも複雑な顔つきになってしまう。

「ええと、土を活性化させることで発酵を促し、熱をもたせることはできます。より良い土となるので畑にとっても有り難いです」

 土属性魔法は、それのみでは土壁を作る、固めるなどしか思いつかないものだ。が、高度になればゴーレム制作も可能となる。土塊なので倒されても問題ない。この学校では、卒業してしまったがアマリアが一人者とまで言われるようになっていた。

 他にも堀を作ったりできるので意外と役立つ属性魔法である。

 しかし、ビアンカは鼻で笑った。

「畑? ハッ。畑ですって。さすがは流民ね。卑しい話だこと」

 一事が万事こんな調子なのだ。シウは慣れているし、まだ若い女性の言うことだからと気にしていない。が、エドヴァルドは違う。彼は正義感溢れる青年なのだ。

「ビアンカさん、それは言いすぎだ。発言を取り下げてほしい」

「あら、エドヴァルド殿。どれも間違いではありませんわ」

「エドヴァルド様に対して、なんという言い草だ」

 とは、彼の取り巻きである。エドヴァルドは侯爵家の第二子であり、子爵位もすでに持つ。その相手に対して「殿」というのは失礼だと、彼等は言っているわけだ。ビアンカは伯爵家の第三子だ。いくら他国の貴族家とはいえ、これはよろしくない。

 けれども、エドヴァルドは裁判記録が好きな、将来司法省へ入りたい若者である。マナーとしては良くないものの、罪に問われないことに関しては寛大だった。

「いや、構わぬ。それよりも卑しいという物言いを撤回していただきたい。流民とて民である。シウも冒険者として登録し税金を支払っているのだ。元々、流民という言葉もどうかと思うのに卑しいとは言葉があまりに悪い。まして畑に対する侮辱も含まれている」

「畑に対する侮辱ですって? あなた、頭がおかしいんじゃありませんの」

 小馬鹿にするような笑みで返すビアンカに、エドヴァルドもまた眉を顰めて鼻で笑う。

「どうやら、ビアンカ嬢は畑で育つものを食しないらしい。ワインと肉だけで生きていらっしゃるのかな?」

 シウは知らなかったが、ワインと肉だけで生きる、というのは良い言葉ではないらしい。とても遠回しな「あなたは酒精と肉ばかり食べるので体臭がありますよ」ということらしかった。貴族が使う嫌味なのだそうだ。エドヴァルドの従者がこそっと教えてくれた。

 もちろん、この言葉は罪に問われない。それどころかラトリシアではブラックジョーク的なもので許されているとか。

 シウは知らなかったので、素直に「野菜嫌いなんだ」と思っただけだ。そもそも厳密に言えばワインは畑で育つ葡萄からできているし、獣の餌も畑由来だから。

 そして、嫌味を返されたビアンカは顔を真っ赤にして怒った。

「あなた、失礼なんじゃありませんの!」

「あなたこそ失礼な方だ。ヴィンセント殿下ともお付き合いのある、高名な冒険者シウ=アクィラに対して、卑しいなどと口にするなど」

「まあ! なんてひどいの。さすがは、田舎のシュタイバーン国出身だわ。レディーに対する言葉遣いではありませんもの」

 ビアンカは負けずに言い返してきたが、シウは呆れているし周囲もしらっとした空気だ。

 場を読んだのか、オルテンシアが手を叩く。

「そこまでだ。君たちは、これが討論だというのかね? 情けない。わたしは『属性魔法それぞれの思いもしないような使い方を話し合え』と言ったはずだ」

 エドヴァルドやシウもだが、先生に叱られて恥ずかしい気持ちになった。項垂れながらも、そうですねと返事をして謝意を示す。

 しかしビアンカはツンと顎をあげ、返した。

「そうですわ。彼等のような幼稚な考えは、わたくし耐えられません。もう少し高度なお話ができるクラスメイトを募集していただきたいものです」

 オルテンシアは他国の貴族だ。彼女自身が爵位を持つ、男爵である。それがビアンカにとって「この人は自分より下」と格付けした由来かもしれない。

 だが、先生に対しての物言いではない。態度もまた偉そうなものだった。さすがにビアンカの取り巻きたちも少し身を引いていた。

 ただ、オルテンシアは大人だった。苦笑しただけで彼女の失礼を咎めることはしなかった。

 ただし、討論でのビアンカを注意することは忘れない。

「わたしは『君たち』と言ったはずだ。ビアンカ嬢、シウにばかり突っかからないで新たな想像力を養うように。時間が無駄だ」

 半眼で言い放つと、オルテンシアは今度は全員に目を向けた。

「いいかね。時間は有限だ。くだらないことに時間を割かず、もっと考えなさい。想像するんだ。それは創造へと繋がる。新たな魔法の在り方だ。それが、やがては国の発展へと繋がるのだ。発展とは素晴らしいことだぞ。無駄な時間などない。さあ、考えろ。さあ、さあ!」

 手をパンパン叩いて皆を追い立てるように告げた。

 彼女の言うことはもっともだ。シウはエドヴァルドたちと土属性について、もっと掘り下げることにした。

 そのうち、ビアンカの取り巻きたちの幾人かが参加して最終的にはたくさんの意見が出ていた。



 授業終わりにエドヴァルドから誘われたので、

「サロンへ行こうと思ってたから、ちょうど良かった。僕だけだと、やっぱり気が引けるんだよね、あそこ」

 と返事をしたら、笑われた。

「ちょうど良い、なんて言われたのは初めてだよ。でも君らしい」

「あ、ごめんなさい」

「悪気がないのは分かってるさ。それに、わたしで役に立つのなら構わない」

「ビアンカさんのこと、言ってられないね」

 シウが冗談を言うとは思ってなかったらしく、エドヴァルドは目を見開いて驚くと、すぐに笑った。

「ははは。そりゃ、そうだ。でも、君の場合は悪意がないからね。さて、では行こうか」

 彼の取り巻きも含めてサロンへ向かう。三の棟から渡り廊下が続くので、すぐだ。

 絨毯の敷かれた廊下を進み、貴族専用サロンへと立ち入る。

 貴族や貴族の子息などがエドヴァルドを見付けては挨拶していた。シウを見て少し驚く者もいたが、あからさまに避ける者はいなかった。

 まれにシウ自身へ挨拶してくれる者もいる。

 知り合いの知り合いだったりするようだ。

「それで、どこへ入る予定なんだい?」

 サロンには幾つかの店があり中央部はホールのようになっている。あちこちにソファが置かれているため、そこで談笑する者も多い。

「ここで待ち合わせなんだ。えーと」

 《全方位探索》では分かっている。そちらを見ると柱で死角になっていた。シウがぴょこんと頭を振ると、エドヴァルドが笑った。

「気配で探っているのかい? さすがだな」

 言いながら、彼も柱の向こうを覗いた。そして動きを止める。

「あ、申し訳ありません……」

「ああ、君は確か」

 そこにはオリヴェルがいた。そして、スヴェルダが立っていた。

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