293 騎獣十五頭




 光の日になり、隊商が動き始めた。

 シウも手伝ったが、隊商には生産魔法持ちがいたので修理も早かったのだ。ただ、あくまでも急場しのぎである。

 ククールスとアントレーネは隊商護衛の手伝いを兼ね、飛行板で周辺の警戒を担当した。

 ロトスは最後尾に付き、騎獣たちの面倒とソリに載せたまま運ぶ山賊らの見張り役だ。

 シウとクロはその後ろに付く。

 レオンはブランカに乗って、連絡係になってもらった。騎乗の練習になるし、連絡係という下っ端仕事も覚えられるからだ。こうしたことはククールスの指示だった。

 通信が使えるのにと思ったが、相手が持っていない場合のやり取りを覚えるのも必要だということだ。

 フェレスはひとりで山中ヘ入る。シウが《感覚転移》で見つつ、近辺の見回りを済ませるという寸法である。周辺に大型の魔獣がいるわけではないので見回りは彼に任せた。

 道中は、時折現れるニクスルプスを倒しながら、順調に進んだ。


 この日にミセリコルディアを抜けることはできず、また野営になった。

 が、シウたちはここで抜ける。

「この先の街道沿いも見回りましたが、大丈夫だと思います」

 シウが伝えると、別れの挨拶に来ていた隊商頭が胸を撫で下ろしていた。

「おお、そうですか! ここまで護衛してくれただけでも助かったのに、周辺まで見てくださるとは」

「有り難い。馬車もだましだまし走らせているから、魔獣が出たら困っていたところだ」

 護衛頭も、助かったと安堵の様子だ。彼には道中の注意事項も伝えてあったが、このルートはよく通る彼等だ。問題ないだろう。

「じゃあ、僕たちはここで。またルシエラ王都で会いましょう」

「ありがとうございました」

「助かったぜ、ありがとうな」

 彼等はパーティーメンバー全員にも挨拶し、持ち場へ戻った。


 さて、シウたちはここで先に戻るのだが、問題は十五頭の騎獣と捕らえた山賊である。

 こんなお荷物を隊商に任せるわけにはいかない。

 一応、最後尾で引きずっていこうかとは言ってくれたのだが、さすがに断った。今でも大変なのだ。これ以上、足手まといは不要だ。

 では、彼等をどうするのか。

 もちろん、シウたちが連れていくのだ。



 人目もあるため、転移は考えていない。

 レオンにもまだ言っていないのだ。ここではまだ隠しておく。

 ということで、シウは大きな網を作り上げ、そこに山賊たちを寝転がした。

 縛り上げているし、魔法を詠唱されてもいけないので口も塞いでいる。だから、男たちはうごうごと蠢いて、シウに恐怖の眼差しを向けていた。

「大丈夫、大丈夫。ちょっと飛んで運ぶだけだよ」

 安心させるために微笑んだのが、彼等はより一層怯えただけだった。

 仕方なく、続きを始めた。

 騎獣たちに騎乗帯を付け直し、そこから網へと繋ぐ。

 ロトスに確認して、まともな動きをする騎獣を中心にしてもらう。

「リーダー役、頼んでいい?」

「おー、任せとけ、ってなもんだ」

 一晩一緒にいて、騎獣たちとは仲良くなったようだ。彼等からの信頼をもぎ取ったらしい。そうでなくともロトスの持つ聖獣の強さを彼等は薄々感じている。聖獣への抗いがたい憧れのようなものが、それ以外の獣にはあるのだろう。

 ロトスが飛行形態を説明したり集団で飛ぶことへの不安を宥めたりしている間に、シウは山賊を網へ固定していった。

 そこまでいくと彼等も暴れる気はなくなったようだ。諦めて、力なく寝転がっていた。

 そして、ロトスの合図で騎獣たちが飛び上がった。

 ロトスは先頭の騎獣に跨って、全頭に向けて指示する。

 シウたちは周囲を守るように後から飛び上がった。


 高いと怖かろうと、低空飛行で飛ばす。

 網には魔法を付与しているため、寒くはないはずだ。しかし山賊たちはずっと震えていた。

 十五頭の騎獣は最初はぎこちない動きだったものの、ロトスの指示で飛んでいるうちに楽しくなったらしい。どんどん、まとまっていった。

 王都の外壁門に到着した頃には「たのしいぞ」「もっととびたいぜ」といった気持ちを発していた。


 門では連絡を受けて待っていた警邏隊が到着しており、山賊を引き取った。

 騎獣は引き取れないというので、シウが連れて帰ることにした。ブラード家では預かれないので、予め「もしかしたら」と連絡していた養育院へ向かう。

 冒険者ギルドへの報告はククールスとアントレーネに任せ、残りは騎獣を引き連れて養育院だ。

「なあ、もし国が騎獣を引き取るっつったら、引き渡すのか?」

 ロトスが心配そうだ。ずっと一緒にいて面倒を見たせいか、気になるらしい。

「この国だと軍事利用だろ? 俺、そういうの嫌だな」

「シュタイバーンだって同じだ、じゃない、かな? ロトス……」

 レオンが妙な口調で話しかけたので、ロトスが不審そうに振り返った。今までタメ口だったのに、余所余所しい雰囲気があったのだ。シウはロトスに見えないよう、レオンに向かって「めっ」と睨んだ。彼は慌てて手を振り、

「あ、いや、違う。とにかく、シュタイバーンでも騎獣は軍所属だってことだ」

 と言い直していた。

 ロトスは納得し難い顔をしつつも、頷く。

「……そりゃまあ、卵石を国へ提出したら、だろ」

「ラトリシアには騎獣屋がないもんね。そういうの、やってもいいなあ」

「シウ、お前またそんなこと」

 レオンは呆れ声だったが、ロトスは「それいいな」と乗り気だ。

 とりあえず、シュヴィークザームには連絡しておこうと、シウは考えた。



 その日はシウとロトス、フェレスたち三頭で養育院へ泊まった。

 騎獣たちのことが心配だったこともあるし、彼等も不安な様子だったからだ。何よりもロトスが気にかけていた。そのロトスを、シウもまた気にかけたのである。

 養育院ではすでに預けられている老獣たちがいるので、ロトスとも顔を合わせた。

 騎士家や貴族家へ与えられた騎獣たちだから礼儀正しく躾けられている。そんな彼等は、ロトスにそわそわしつつも「好き好き光線」は出さなかった。

 山賊に飼われていた騎獣たちや、以前シーカー魔法学院の文化祭で出会った小型希少獣たちとは全く違う。

 もしかすると気付いた子もいたかもしれない。けれど、賢く噤んでくれた。

 シウが、そうお願いしたからでもある。

「この子のことは内緒でお願い」

 聖獣だと気付いていなくとも、賢い彼等だ。「何かある」のだと悟ってくれた。


 養育院の老獣たちは動きは緩やかながら、長く生きてきたことによる冷静さと賢さがある。

 彼等は山賊に育てられた野生さながらの騎獣たちを見て何やらやる気になっていた。

「えー、こいつらを教育するのー? めっちゃ大変だぜ? 爺ちゃんと婆ちゃんで、できるか~?」

 ロトスはもう普通に会話していて、面白い。

 院長のネイサンも笑顔で見ていた。職員らは、突然増えた騎獣たちにも慌てず、せっせと世話をしている。もちろん、シウも一緒になって敷藁を用意していた。

 そんなシウたちの横で、ロトスは老獣たちを説得だ。

「年寄りなのに無理すんなよー」

「がうがうっ」

「えー、年寄りは年寄りって言われると怒るけど、自分で『わしは年寄りじゃから』とか言うじゃんよー」

「ぎゃぅぎゃぅ」

「そういうところは、若いもんに任せたらいいじゃん」

「がうがう、がうがう」

「あー、調教師いないのか。そりゃ、そうだ。でも、俺も誰かに教えてやれるほど頭良くないしな」

「ぎゃうぎゃうぎゃぅー」

「あ、そっか。よし、分かった。じゃあ、爺ちゃんと婆ちゃんらが先生な。俺、指導係。いえーい。お前ら、年寄りの言うこと聞かなかったら、俺から鉄拳な」

「ぎゃっ」

「がうがう!?」

 ロトスの言い分に内心で笑っていると、いつの間にか矯正されることになっていた騎獣十五頭らは慌てていた。

 鉄拳ですか、兄貴? みたいな顔だ。

 彼等は確かに、口調は悪い。マナーというものも知らない。食事の様子もそれはひどかった。

 けれど、騎獣の本性は失われていなかった。人間のように腐ったりはしないのだ。

 食事を与えたシウに対して「チビの人間ありがとー」といったニュアンスで伝えてきた。言葉をきちんと教わっていないために獣よりの思考だが、本性は良い子たちだった。

 シウでは彼等の言葉の細かなニュアンスをきちんと受け取れないが、ロトスは理解できるらしく、最初は爆笑していた。今は呆れ笑いだ。

「お前ら、恩人のシウに対してそんなこと言ってたら、すっげぇ美味しいジャーキーもらえないからな? 知らねえぞ。あれ、すっげぇ美味いのに。なあ、フェレス」

「にゃー」

「ぎゃぅぎゃぅ~」

「きゅ!」

 各自、おいしいー、たべたーい、うん、というお返事である。シウは笑って、ギラギラした視線を向けてくる騎獣十五頭に頷いてみせた。

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