卵石騒動と騎獣たち
289 飛行練度とパーティー登録
翌日、レオンはまだ学校があるため、シウたちだけで冒険者ギルドの仕事を受けることにした。
ククールスは平日は日帰り仕事を受けたり受けなかったりしているようだ。相変わらずである。
「街道の整備事業の護衛ってのもあるからな。なにしろ三級だ、引っ張りだこなんだよ」
だそうだ。街道の融雪パイプ設置は進んでおり、ミセリコルディアまで到達しかけている。当然、危険も多いので護衛が必要だ。この整備事業が成功していることは、冬に移動する隊商からの報告でも上がっている。事業はこのまま全土に広げていくらしい。
掘削に必要なゴーレムは冬だけしか使っておらず、夏は奴隷が人力で行っている。そのため、高価なゴーレムを使用する冬の護衛には級数の高い者を必要としていた。
日帰りできることもあり、ククールスのようなタイプにはもってこいの仕事でもあった。
他の高レベル者たちはパーティーを組んで泊まりがけの大きな仕事を引き受けている。
ギルドも、ククールスがルシエラ王都でふらふらしているので助かると笑っていた。
シウたちはいつものようにシアーナ街道沿いを進みながら、ミセリコルディアで採取や討伐の依頼をこなす。
それほど時間のかかるものではないため、早々に済ませると各自やりたいことに手を付けた。
人間組は吹雪の中での飛行板訓練だ。ロトスもそこに入れていいのか分からないが、三人一緒になって競争していた。一通り気が済むと今度は飛行板なしの雪中走破である。かなりの体力を必要とし、アントレーネが一番乗りしていた。
フェレスとブランカは前回の縛りルール競争が楽しかったようなので引き続き訓練だ。ロトスも聖獣姿で参加させてみた。ついでにクロもだ。
「超低空飛行だから怖いと思うけど訓練になるよ」
「きゅぃ!」
クロはいつも高高度を飛んでいる。だから、地面すれすれはかなり危険な行為だ。が、訓練するなら冬の今だった。暖かくなってくると生き物が多くなって邪魔になるからだ。フェレスやブランカと違って、小さな生き物でさえクロにとっては障害だ。
「よし。じゃあ、皆で訓練しよう。何度かやったら、ククールスたちと皆で競争」
「にゃっ」
「ぎゃぅ!」
「きゅぃ」
皆やる気である。ロトスも転変して「きゃん」と律儀に返事をしていた。
膝より下の高さで飛ぶ、という縛りだったのに、途中面白がったロトスが、
(地面すれすれに飛んだやつほど偉いってことにしよーぜー)
と言い出して、皆、喜んでしまった。
おかげで、ブランカが傷だらけになった。岩に激突しても気にしていないほど熱中している。頑丈で何よりだが、シウは見ていてハラハラするので止めてほしい。
言い聞かせても「大丈夫ー」としか答えず、むしろ「今度は勝つの!」と張り切るので諦めた。
他に、ヒヤッとする場面は幾らもあった。
たとえばクロだ。本当に地面すれすれを飛ぶのは彼だと思うが、繊細に気を遣って飛ぶあまり周りが見えていなかった。そのため、彼を追い越そうと追いかけてきていたフェレスの真横に飛び出てしまったのだ。クロは驚いて木に激突しかかった。シウが慌てて《柔空間》を挟んだが、同時にクロもまた木に向かって体を縦にし羽を広げて逆噴射のような風属性魔法を使っていた。
結果的にクロは自分で自分の身を守ったものの、シウの心臓が止まるかと思った。
クロには「偉いね」と褒めたあと、「お願いだからあんまり危険なことはしないで」と伝えた。
クロも自分が集中しすぎていたという自覚はあるらしく、しゅんとなって反省していた。
フェレスも、驚かせるような飛び出し方をして悪かったとクロに謝っていた。
そんなヒヤリとすることがあったものの、彼等は反省はしても中止はしないのだった。
特にブランカが負けん気が強く、もう一回もう一回と訓練を続けた。ロトスも付き合って飛行が様になってきている。三頭よりずっと速度は遅いが着実に飛行は上達していた。
そんなわけで、そろそろ全員で競争しようということになった。
「じゃあ、僕らは飛行板で膝下ラインを守って飛ぶからね」
「マジかよ、ヤバイな」
ククールスは呆れた様子だ。しかし、
「低空飛行はかなり怖いね。でもまあ、あたしもかなり訓練したからね。負けやしないよ」
ここにも負けず嫌いがいる。シウは苦笑しつつ、全員に分かるよう指差した。
「あの頂上にあるギザギザ岩を周って、ここに戻ってくること。一番早いひとには一番美味しいステーキを進呈します」
「にゃっ!」
「ぎゃぅぎゃぅっ」
「きゅぃ」
「えっ、一番美味しいって、まさか……」
「シウ様、早くスタートしよう」
(レーネが一番やる気出してねえ?)
やる気を出してもらうために言ったのだが、どうやらほとんどが頑張るようだ。
シウは笑いつつ、声を上げた。
「ヨーイ、ドン!!」
ぶつかって怪我をしながらもなんとか二位を守ったのはブランカだった。
一位はフェレスだ。三位がクロで、順当だろう。
シウは後方から皆を追いかけて様子を見ていたので最後だった。
さて、このレースが一度で終わるだろうか。
終わりはしない。
二位のブランカと四位のアントレーネがもう一度と聞かないからだ。もっとも、シウを除けば最下位になってしまったククールスも悔しいらしいし、ロトスだって転変してのレースなのに人間のアントレーネに負けた。
ということでレースは何度も続いた。
最終的に、同じコースを走ることに飽きてきたフェレスは三位へ陥落していた。
一位は、シウ以外全員が取った。
クロは二回目のレースの時にフェレスの後ろを追いかけ、ゴール間際に前へ出た。作戦勝ちだ。
三回目はフェレス、四回目はアントレーネだった。アントレーネの場合は、ブランカが地面に激突した煽りでフェレスが迂回することになったため、その間隙をついた結果だ。
五回目はフェレス、六回目がロトスである。彼はクロの作戦を真似て、同じようにフェレスの後ろを追いかけていた。六回目でようやく前へ出られたのだが、そのやり方は「鼻先を出す」というものだった。大いに笑ったシウである。
七回目ともなるとフェレスはだれてきて、他の皆は体力よりも精神的に疲れてきた頃合いだったのか、ククールスがフェイントを掛けながらゴールした。
八回目はクロで、この時の二位はロトス、三位がフェレスである。
もう終わろうかと言っても聞かない子がひとりいたので更に九回目に突入した。
ブランカの場合は粘り勝ちである。ぶつかることを恐れない脅威の追い上げと、疲れ知らずで勝ち取った。他の面々はさすがに疲れ切っていた。
この訓練とレースのおかげで、希少獣たちの飛行練度は高くなった。
集中力と精神力を鍛えられ、更には体力が必要と知ったらしい彼等は普段からも訓練を頑張ると宣言(?)した。
と言っても元々遊び好きだ。山へ入れば全力で遊ぶ。そこに、「考える必要性」を感じ取り、スパイスとして取り入れるようになったのだ。
ただ遊ぶ、ただ飛ぶ、ではない。
どうすれば早く、面白く、安全に飛べるのか。彼等は考えるようになった。
おかげで、ますます普通の希少獣とは違うと言われるようになるのだが、それは少し後のことである。
風の日になり、約束通りシウはレオンと共に冒険者ギルドへ赴いた。
いつものメンバーも一緒だ。ククールスだけはギルドで待ち合わせている。
「じゃあ、パーティー申請してから出ようか」
「依頼はもう受けたのか?」
レオンの質問にシウは頷いて答えた。
「アントレーネとロトスが依頼を探して、ククールスにチェックしてもらってるから」
「そうか。分かった」
レオンはロワル王都のギルドでは九級だったが、こちらだと十級の依頼でも受けるのは厳しいということを聞かされていたため、少し不安顔だった。
それでも受付で、
「ああ、シウのパーティーに入るんだね。だったら安心だ」
と言われて安堵していた。すぐに妙な顔をしたが。
「どうしたの?」
「いや、だって。ククールスさんは三級なんだろ? シウが五級なのに受付の人が名前出したのはシウだったからさ」
「ああ……」
シウが曖昧に笑うと助けが入った。
「レオン君は知らないんだね。シウはこのへんじゃ知らない人はいないよ。五級なんて名前だけって、皆知ってるからね」
受付にいたクラルが言うと、隣にいたユリアナも頷いた。
「確かにそう聞いてはいるんだけど……。こいつ、そんなすごいんですか」
「そうよ~。それにエサイフさんたちも、シウなら安心だって言って出ていったもの」
「エサイフ?」
レオンが首を傾げるので、シウは口を挟んだ。
「あ、二級の冒険者なんだ。今は――」
「ニーバリの領都にいるのよ。もうすぐこちらへ凱旋予定なの。勇者様も一緒にね!」
ユリアナの目が恋する乙女だ。シウでも分かるぐらい、女の子になっている。
クラルは呆れた様子だ。
「とにかく、我がギルドでも上級の冒険者たちからシウは実力を認められている。ククールスさんも上級者なんだけど、何故か皆に『ククールスはなぁ』って言われてて」
笑いながら言うが、ギルドの人間がそんなことを言っていいのだろうか。
ククールスは仕事はちゃんとこなすのだが、ふらふらしているので軽んじられているのかもしれない。プルウィアも彼に対しての評価が厳しいので可哀想だ。もっとも、本人は何を言われても平気そうな顔をする。だから皆も気軽に言うのだろうが。
レオンが話を聞いて頷いていると、クラルは更に続けた。
「もっとも、最近はシウと組むようになったからって評価は上がってるんだけどね。彼も元々実力は高い人だから安心して任せると良いよ」
「はい」
「同じパーティーのロトスって子も九級に上がったけど、かなり早いペースだから。君も頑張って」
「ありがとう」
ちょうど依頼の受付も済んだところらしく皆で外に出る。
ククールスは、
「あいつ、一端の受付になったよな~」
などと言って、クラルの台詞については気にしていないようだった。
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