288 王子様と同郷人会




 馬車の中で、シウは夜会服姿のレオンをまじまじと見て、メイドたちの言うことも分かる気がした。

 シウはあまり人の美醜に気が回る方ではないが、こうして改めて見ると、彼は大変顔が整っている。青年になってますます顔つき体つきが立派になったせいか、王子様、と呼ばれるのも納得なのだ。緩くうねる髪は金色に輝き、瞳は宝石のような緑色をしている。

 ロトスもレオンのことをイケメンと呼んでいたが、なるほど、そうかもしれない。

 しかも、今は夜会服姿だ。略礼装でも構わないとのことだったから、シウたち庶民出は気張ったものは着ていないが立派な服である。普段の寝癖が直らないまま学校へ向かうレオンとは雲泥の差だ。

「何じろじろ見てるんだ」

「いやー、王子様みたいだなーと思って」

「シウまで何言ってんだ」

 レオンはぶすっとした顔になって眉を寄せる。

「こんな服、俺はもう二度と着ない」

「それは同感」

「シウは何度も着てるんだろ? 王城にもよく呼ばれると聞いたぞ」

「着たくて着てるわけじゃないし、呼ばれたくて呼ばれてるわけでもないんだよ」

「……そうなのか。じゃあ、つらいな」

 シウの気持ちが分かったのか、レオンは同情めいた視線をくれた。

「カスパル様やダンさんを尊敬するよ。こんな格好で毎晩夜会へ行くんだろ? 俺には耐えられない」

 うんうん、と頷いている間にエドヴァルドの屋敷へと到着した。ブラード家からは近いのだ。正直、シウにとっては歩いていった方が良いと思えるほどだ。しかし、これが貴族なのである。

 レオンも庶民なのでシウ寄りだ。

 リュカの手伝いで馬車から降りた彼は振り返って道を確認するや、呆れたような溜息を吐いていた。


 先に到着したカスパルとダンがゆっくり進みながら待っていてくれたため、シウとレオンは早足で追いついた。

 招待状はダンがまとめて渡してくれ、四人で大広間へと入るとエドヴァルドが待ち受けていた。ホストの彼がホールにいなかったので何故だろうと思っていたら、カルロッテが来ていたのだった。彼女をここまで案内したところだったようだ。

「やあ、カスパル。それにシウと、レオン殿だね。ダン、君も久しぶりだ」

 ダンはカスパルの従者という立場だから名前を最後に呼んだのだろう。でも元々はロワルの魔法学院で共に学んだ仲だ。同郷人という意味でも彼は招待されている。名前をきちんと把握しているのはホストとして当然のことだ。

「どうやら、僕らは遅かったようだね」

 カスパルが周りを見回しながら言う。

「いや、授業を最後まで受けていると遅くなるさ。まだ来られていない客人もいるよ」

「ならばいいが」

「相変わらず、そっけないね、君は。……後で王女殿下を紹介しよう」

「いや、たぶんシウが紹介してくれるよ」

「そうか、そうだったね」

 エドヴァルドは苦笑して、シウを見てからカスパルに頷いた。

「では、僕はホールへ戻るよ。好きにしていてくれ」

 そう言うや、行ってしまった。


 というわけで、シウはカルロッテのところへ向かうことにした。

 カスパルも後ろから付いてくる。本当に紹介してもらうつもりらしい。彼の場合は王族と知り合いたいというよりも、こうした場で挨拶しないのは良くないだろうからだ。そして早めに挨拶しておけば早めに帰ることもできる。ちゃっかりしているのだ。

「カルロッテ様、シウ様がいらっしゃいました」

 マリエッタが声がけして、カルロッテが振り返る。先ほどまで緊張していたのか、無表情だったらしいカルロッテの顔がパッと明るくなった。

「シウ殿」

「カルロッテ様、本日もとてもお美しいですね」

「まあ」

 カルロッテは喜んでくれたが、彼女をエスコートしていたアルゲオは眉を顰めた。どうやらシウの女性への褒め言葉がなっていないらしい。

「……ええと、ドレスが若草色で春を想像させて――」

 頑張っていたら、カスパルが後ろからブッと吹き出してしまった。カルロッテには聞こえない程度なので、彼は冷静だ。そして、感覚転移で視るまでもなく、ダンやレオンが笑いを堪えているのが気配で分かった。

 ゴホン、とアルゲオが咳払いをする。おかげでシウは慣れない女性への褒め言葉を続けずに済んだ。しかも、アルゲオは紹介役を買って出てくれた。

「殿下、よろしいでしょうか。シウ殿についてはご紹介するまでもありませんが、彼が世話になっているブラード伯爵家の第三子カスパル殿がいらしてるのです」

「ええ、ありがとう」

 カルロッテの顔に、貴族たちが持つ特有の仮面が掛けられた。カスパルもまた貴族然としている。シウもいまだに慣れない世界のことだが、彼等だって仮面を被るからこそできることなのかもしれない。

 一通りの挨拶を済ませると、カスパルは自然と離れていった。レオンがどうしたら、という顔をしたのでシウはちょいちょい手招いて呼んだ。

「俺、どうすりゃいいんだよ」

「ちょっとだけ付き合って。あとでご飯食べに行こう」

「……俺、従者のフリしてていいか?」

「うん、それでもいいから」

 彼の気持ちは分かる。先ほども名前だけ紹介されたものの、それは気軽な夜会であり同郷人会と謳っているからだ。本来なら立場的に顔を合わせることさえできない。居心地が悪いのは理解できた。

 レオンには悪いが、少しだけ我慢してもらう。シウはカルロッテと話したいことがあるのだ。

「授業はどうですか? 攻撃防御実践のクラスの状況などもお伺いしたくて」

「ほとんど飛び級できましたが、攻撃防御実践がまだ……」

「そうですか」

「戦術戦士科へ行けませんと冒険者ギルドへの登録も無理ですよね?」

「はい。最低限、そこは譲れません」

 進捗状況を確認したかったのだが、どうやらまだまだのようだった。

 ところでエスコートしてきた手前、アルゲオは最後まで付き添うつもりなのか彼女の傍で待っていた。そしてシウとの会話も聞こえたらしい。つかつかと寄ってきて、シウを睨む。

「あ、アルゲオ、久しぶりだね」

「……シウは相変わらずだな。ああ、久しぶり。レオンも」

「ああ」

「お前は何故、自分は関係ないみたいな顔をして後ろに立っているんだ。シウを止める立場だろう?」

「いや、俺は関係ない」

 レオンの台詞に、アルゲオは頭が痛いといった顔になる。手で額を押さえて、ゆっくり横に振ると、シウをまた見下ろしてきた。

 ただ、話しかけたのはカルロッテにだった。

「殿下。つい聞こえてしまったのですが、まさか冒険者ギルドに登録されるというのは会員になるということではありませんよね?」

「会員になるということですわ」

「……殿下。シウに唆されたのかもしれませんが、それは」

「いえ、わたくしがお願いしたことなの。アルゲオ様も、はしたないとお思いなのね?」

「え、いえ、ええ?」

 アルゲオが珍しく間抜け顔になった。シウの後ろではレオンが溜息を吐いたようだった。

「わたくし、実のある魔法を得たいのです。せっかくシーカー魔法学院へ入学できたのです。実際の力を学ばなければ意味がありません。それに――」

 彼女もまた珍しい表情を見せた。茶目っ気のある笑顔だ。シウを見ていたので、だからかもしれない。彼女はシウに気を許してくれている。少なくともシーカーの生徒の誰よりも信頼してくれているだろう。

「王女とはいえ、無理を言っての留学ですから手元不如意ですのよ」

 小声で、けれどもハッキリと口にした。

 彼女はシーカーに来て、随分と羽を広げているようだ。シウも彼女に合わせて笑った。そして援護する。

「冒険者ギルドには、そういう方も多いですよ。とにかくシーカーの生徒が来てくれたら助かると、貴族出身者の生徒でも受け入れられるよう協力体制はできています」

「シウ、君は――」

 アルゲオが困惑した声を上げるが、シウはそのまま続けた。

「カルロッテ様が依頼を受けられる時は僕も付き添うと、お約束していますしね」

「いや、そういうことでは――」

「アルゲオ、俺はその方が安心だと思うぜ」

「レオン、お前」

「アルゲオは知らないかもしれないが、こいつ、この間成人したばかりなんだ」

 レオンの説明に、アルゲオは「だから?」という顔をした。レオンは肩を竦める。

「冒険者ギルドの正式な会員カードは、本来は成人にならないと発行されない。それまでは見習いカードだ。で、最初は十級から始める。シウは昨秋に成人した。でも今は五級だ。意味、分かるか?」

「あ、いや――」

「しかも成人前に本カードを発行されていた。それだけの実力があった。ただ、未成年だから十級のままだったんだ。お世話になってるブラード家の護衛から教えてもらったが、シウは結構やらかしてるぞ。五級でも本当はまだまだ低いらしい。ルールを守るためにそうしてるだけで本来の実力はもっと上なんだってさ」

 レオンは溜めを作ってから続けた。

「つまりさ、王女殿下が経験を積まれるのなら、もってこいの人選だと思う。シウは貴族じゃないから無用の心配は要らないはずだ。人畜無害なのはアルゲオだって分かるだろ? だからこそ、その、王女殿下もシウのことを許しているというか」

 カルロッテがレオンを見つめたせいか、彼は少し顔を赤らめて躊躇い声になった。直接、話をする勇気はないようだ。そっと後退りながらアルゲオを見ている。

「とにかく俺は、人の向上心を止めるのは良くない、と思う……」

 最後は尻窄みになってしまった。

 彼はシウを助太刀したばかりかカルロッテも助けた。彼女のことを気に入ったのだろう。でなければ、こんな口の挟み方はしない。

 カルロッテも嬉しいのか、レオンをキラキラした目で見ている。

 そしてアルゲオは――。

「……そ、そういうことなら」

 何度か口中で、もごもごしながらも彼は気持ちを切り替えたようだ。

 顎を上げて、シウに向かって宣言した。

「では、わたしも、王女殿下をお守りするためにギルドへ会員登録をしよう」

「あ、うん」

「その際には共に参加させてくれ」

「それは、ええと、カルロッテ様に許可を取ってくれたら」

 カルロッテを見ると、彼女は苦笑を隠して頷いた。

「わたくしの足手まといがお気にならないのでしたら」

「もちろんでございます。不肖アルゲオが、お供いたします」

 張り切って応えていた。


 彼等と別れるとレオンがしみじみと語った。

「アルゲオ、紳士ぶりたいのは分かるが、あれじゃ相手にされないだろ」

「そう思う?」

「空回りして見える。それにしても、あいつ年上好きだよな」

「年上好き?」

「あれ、知らないのか、シウは。あいつ、昔はヒルデガルド先輩が好きだったらしいぞ」

 そう言えば、ヒルデガルドのことを彼は気にしていた。今となっては遠い昔のことのようだ。

「事件があって学校を辞めてから、しばらく落ち込んでいたらしい。その後、カリーナ=サルエルって伯爵家のお嬢様を誘ったとかなんとか噂になってな」

「あ、その人も知ってる。……年上だね」

「だろ?」

 というわけで、レオンのような「他人のことは気にしない」人間にまでアルゲオの性癖(?)は知られているらしい。

 シウは、ちょっとだけアルゲオに同情したのだった。







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拙作「魔法使いで引きこもり?」三巻の発売日が10月30日に決定しました。サブタイトルは「~モフモフと飛び立つ異世界の空~」です。

フェレスの初飛行編や飛竜との出会い、キリクとのエピソードなどが詰まっております。番外編もありますので、どうぞよろしくお願いします。


徐々に情報が上がってまいりますので、その都度ご報告させていただくことになります。できるだけ近況ノートに書くようにしますねー。

あとはツイッターでも(ふざけたくってますが!




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