284 新しい科目




 火の日になり、シウは朝一番で学校に向かった。

 本日から新しく、魔法建造物開発研究科というところでお世話になる。二時限目からだが、早めに挨拶をしておこうと思ったのだ。

 ここは研究科になるが座学がほとんどらしく、教室は六角形の本棟で行われる。三棟の三階を目指したが、途中で《全方位探索》の結果、教授がまだ階下の執務室にいると分かった。

 はたして、彼は寛いだ様子で執務室にいた。

「今日からお世話になります、シウ=アクィラです」

「うん、よろしく。わざわざ挨拶に来るとは偉いものだ」

 教授はメトジェイ=トレンメルという名で男爵位を持つ。執務室内には侍従からメイドに護衛と、揃っていた。庶民の教授よりは仕えている人が多い。

 穏やかに世間話をしていると時間が来たので、共に教室へと向かう。

 三棟には貴族出身者が多く往来し、年上の同級生の中にはシウが気に食わない者もいるらしく、たまに睨んでくる者もいた。それでも先生と一緒だったことや目立つ希少獣を連れていないこともあって、以前ほどひどくはない。

 シウに構いすぎるとヴィンセントが出て来る、というような噂もあって、ひそひそやっているだけだ。


 教室ではメトジェイがシウのことを早速、紹介してくれた。

 以前文化祭でこの科を手伝ったこともあり、そうしたことを踏まえて説明した後に、教授自ら呼んだのだと話してくれた。そのためか雰囲気は悪くなかった。

 しかも幸いなことに、このクラスには生徒会で知り合ったタハヴォとヴラスタがおり、先輩として面倒を見ると先手を打ってくれた。おかげで視線にも厳しいものはない。

 どこで人の縁が役立つか分からないものである。

 文化祭の時のことを覚えている生徒はもう卒業してしまったようだが、生徒会の一員として働いたこともあるシウのことはほとんどの生徒が知っているようだった。

 また、この研究科は庶民出が半数ほどおり、貴族出身者も下位が多いという。

 なんでも将来の役に立つ、ということで選択する生徒が多いらしい。

「俺も子爵の跡継ぎとはいえ貧乏だからな。領地なんてものもないし、他の華々しい職種に就けるほど頭も良くない。だから狙い目の魔法建造物に来たんだ」

 と、タハヴォは明け透けに教えてくれた。ヴラスタも男爵の子息だが第二子であり、庶民と変わらないと笑っている。

「この研究科を卒科できると、確実に『魔法省建築部』か『国土管理省』には入省できるからな」

 ヴラスタも就職先目当てのようだ。

 他の面々も似たようなものらしく、ほとんどが役人を目指しているという。

 冒険者のシウは異色だが逆に言えばライバルにならないので良かったと、これもあからさまに喜ばれてしまった。

 研究科は通常上級生しか受講できない。上級生というのはつまり卒業を見据えて活動しなければならず、彼等もいろいろ考えているのだろう。

 早ければ四年、遅くとも六年で卒業しないと就職に響く。彼等は焦っているらしく授業も真面目に受けていた。


 シウのように新年度から入科した他の生徒はすでに学びはじめていた。遅れてきたシウも彼等と一緒になって、院生や上級位の指導生から教わることになった。一回遅れたぐらいなら大丈夫だろうと、メトジェイが決めた。心配してくれたらしい新入科生の一人がノートを見せてくれたが、さっと見て理解したので付いていけると確信する。

「す、すごいな、君」

「図書館で読んだ記憶があって」

 ノートを見せてくれた生徒にそう言うと驚かれたので、今度は逆にシウが教えてあげる。院生も指導生も、

「これなら早々に僕らの手を離れるね。本授業についていけるよう、皆で頑張ろう」

 と、良い先輩っぷりを見せてくれた。


 この研究科は問題なさそうで良かった。

 シウはホッとしつつ、午後からの授業を想像して少し不安に思った。



 午後も新しい授業が始まる。

 こちらも三棟で、四階の座学の教室を使う。

 教授はオルテンシア=ベロニウスという女性でシャイターンの男爵だ。女性ではあるが、彼女が爵位を持ち、単身赴任で働きに来ている。

 シーカーの卒業生でもあり、有名な女性だ。レグロに聞いたのだが彼女は学生の頃、赤子を背負って学んでいたらしい。

 男爵ということから乳母を雇うなどできたはずだが、詳細は分からないまでもぶっ飛んだ女性ということだけは分かる。

 実際、オルテンシアは少々変わっていた。

「おお、シウか! ようやく来たか。よし、こちらへおいで。うんうん、相変わらず鼻ぺちゃで可愛いな」

「……先生。あの、僕ももう成人した男子なのですが」

 ヌイグルミか何かのように抱き締められて、シウは困惑した。

 オルテンシアは男装をしているが、それでも女性であることはその胸が強調している。よって、抱き締められたら普通にくっついてしまうのだ。

 シウが困っているとオルテンシアの従者たちが急いで助けてくれた。

「オルテンシア様、いけません」

「成人されていると仰っているではありませんか」

「いや、しかしだな」

「成人された男子を前に、失礼なことを申し上げてはなりません」

「……うむぅ」

 それでもまだ、口の中でもごもごと、

「まだ子供のようではないか。我が子たちのような、むくつけき姿にもなっていない。これは奇跡だぞ。あのちんまりとした可愛い鼻、あっさりとした顔つきがそのままなのだ。これを愛でないで、どうする」

「オルテンシア様!」

 というようなやり取りをしていた。

 シウは半眼になりつつ空いている席に座った。


 このクラスにも知り合いはいて、窓際の後方にエドヴァルドがいた。取り巻きがいたため会釈だけしたが、彼は苦笑していたようだ。

 オルテンシアが変わった人だということは皆が知っているので、どこか同情めいた視線も含まれていた。

 それにしてもと、感覚転移で教室内を見回した。以前来た時とガラリと人員が変わっている。

 シウが初年度生の時は生徒会長だったティベリオがいた。アマリアもだ。それからカロリーナもいたはずだ。

 カロリーナは、シウと因縁のあるベニグド=ニーバリの婚約者だ。彼女がまだいるなら困ったが、卒科はしたようでホッとした。なにしろ彼女は、誰もいないミーティングルームでシウと二人きりになろうと画策するような女性だ。そうすることで、シウが淑女相手に無礼を働いたと知らしめたかったようだ。

 実際には二人きりではなかったし、シウは部屋へ入らなかった。もし、ぼんやり入っていたら糾弾されていたところだった。

 そんな人がいないので安心していたが、クラスにいる生徒の視線はあまり良いものではない。

 その先鋒に立つのがビアンカ=グルーバーだ。

 シウと同じ初年度生のクラスだったので、かすかに覚えていた。ラトリシア国以外の生徒を集めたクラスだったが人数調整のために自国の生徒も混ざっていたのだ。彼女はそのうちの一人だった。

 最初の顔合わせの挨拶以降、科目が重なることがなかったため、廊下ですれ違う程度の顔見知りだ。そのため接点はほとんどないのに、彼女は何故かシウのことを睨んでいた。

 オルテンシアに可愛がられて(?)いたからだろうか。

 シウは首を傾げながらも気をつけようと身を引き締めた。


 授業は意外と面白かった。創造研究科は、魔法の新しい在り方を考えるところだ。新魔術式開発研究科とあまり変わらないのではと思っていたが、複合魔法を使って固有魔法を作り出すことに重きをおいている新魔術式開発研究科よりも、もっと魔法の使い方を広げる、という研究らしかった。

 たとえば、水属性魔法だけで火を付けられるか、ということを考える学問だ。

 前世の記憶のままだと電気分解して酸素と水素に分けて、なんて考えるかもしれない。あるいは水蒸気を使うなどもあるだろう。でももっと簡単に、水をレンズ代わりにして光を集める、でも良いのだ。これなら水属性魔法だけで可能である。

 ようは想像力を膨らませた、魔法の新しい使い方を模索するという研究なのだった。

 想像力とはシウにはないものなので、聞いているだけだと楽しい。

 オルテンシアはぶっ飛んだ先生だが、その分ヴァルネリと同じで頭の回転が早く、授業も大変有意義なものだった。


 五時限目では討論の時間が設けられるためシウも参加した。

 エドヴァルドがグループに呼んでくれたのだ。

 残りはビアンカが集めるので、どうなるかと思ったところだ。

 エドヴァルドも苦笑してシウを慰めてくれた。

「彼女、シュタイバーン出身者を目の敵にしているからね。しかも、シウは冒険者だから、いろいろ気に障るんだろう。気にしない方がいい」

「ありがとう」

「いや。君にはシュタイバーンで助けてもらったから」

 スタンピードの時のことを言っているらしい。義理堅いなと思いながら、シウはふと同郷人会のことを思い出した。

「同郷人会、今週末でしたか?」

「ああ。……というか、普通に話してくれていいよ。君、もっとくだけて会話してるよね?」

 シーカーの生徒同士ということで、確かにシウは最近、敬語を使わない。

 エドヴァルドはロワルの魔法学院で先輩だったこともあって口調がつい戻りがちなのだが、普通で良いのなら助かる。他の人との兼ね合いもあるからだ。

「オリヴェル王子との話を聞いて驚いたよ」

「あー、でも、友達だから」

「君らしいな」

 王族に対して構えすぎないところがエドヴァルドたち貴族出身者には驚きなのだろう。でもこれは、流民と呼ばれる冒険者だからできることなのだ。

 シウもこの国に根を下ろし、一市民として暮らすならばそんなことはしない。

 そしてオリヴェルたちもまた、シウが冒険者だからこそ対等な立場を珍しがって相手してくれるのだ。でなければ、お互いに問題があるのでマナーを徹底して気を付ける。

「一応、建前上、学校内は平等なんだけどね」

「そうとも。だからわたしにも同様に、な」

 そう言うと、彼は今週末の同郷人会について教えてくれた。

「シーカーの生徒は全員参加だ。大人組は仕事もあって半数ほどだな。ところでカルロッテ姫のこと、助かったよ」

「招待状はもう?」

「お送りした。アルゲオがエスコート役も引き受けてくれたので一安心だ」

「アルゲオかあ。そう言えば会ってないなあ」

「君ら、仲が良かったと思うが」

 会いに行ってないのかと、少々非難の目だ。

 そうは言ってもレオンたちと違って、そう仲が良かったわけでもない。あえて会いに行くほどのことではないし、そのうち会うだろう。

 その考えが見えたららしいエドヴァルドは、苦笑して肩を竦めていた。

「どちらも同じか。アルゲオもサロンで会った時に似たような顔をしていたよ。しかし、彼は初年度生だというのに落ち着いている。サロンでも堂々としたものだったよ」

「昔から、偉そうな感じだったから。悪気はないと思うんだけど」

 と、笑って言うと、エドヴァルドの周囲にいた人たちが一斉に笑った。どうやらツボに入ったようだ。エドヴァルドも呆れた顔をして笑う。

「まあね。彼、そういうところ、あるね」

 付き合えば、案外気持ちの良い青年だというのは分かる。だからこその発言だ。


 ひとしきり同郷人会について話をすると、その後は真面目に討論へ戻った。

 最後にグループごとの発表があるからだ。

 それまでは何をしてもいいが、発表内容が疎かであればオルテンシアからの厳しい課題が待っている。皆、必死になってああだこうだと話し合ったのだった。

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