283 ガーディニアの様子
一通りワイワイと近況を話し終わると、女性陣は下がった。
アントレーネは力仕事を手伝ってくると言って一緒に出ていった。気を利かせてくれたようだ。
「シウ、今日は何か……?」
「うん。ほら、あなたは追われているよね。ここに隠れ住んでもらってるから安心だけど、念のため、もう一段階防御しておこうと思って」
「防御?」
シウは魔道具を取り出した。
「探索と鑑定の魔術式を付与してる。彼が、つまり、あー」
いつも気配りが足りないと言われるシウだが、さすがに言葉を飲み込んだ。ガーディニアの前で、彼女のトラウマとなるユーリアの名前を出すのはいけない。
しかし、当然だがガーディニアは気付いて、困ったような笑みで頷いた。
「ユーリアのことね」
「……ごめんね。その、彼が万が一近付いたらと思うと心配で」
「もしかして、それを防ぐ魔道具を作ってくれたの?」
「うん。これ。ペンダント型にしたから、常に付けていられるんだけど」
ガーディニアは両手で口元を抑え、それから何故か俯いた。その手が震えている。
「あ、あの、ごめんね?」
顔を上げようとして、それから彼女は何度も首を横に振った。
「……いいえ、いいえ。違うの。だって」
その後、彼女は言葉にならず黙ってしまった。泣くのを堪えているような様子だったのでオロオロしてしまう。こういう時、シウはどうしていいか分からない。女性に泣かれるというのは、ダメだ。
抱き締めてあげたい気もするが、シウとてもう成人した男子だ。いくら彼女からすれば対象外だとしても、それはいけない。
しかし、しばらくしてガーディニアは自ら立ち直ってくれた。
「ごめんなさい。なんだか、感動して」
「ええと――」
「魔道具がどれほど高価か、わたしはもう分かっているわ。庶民の暮らしで……確かにユーリアたちに守られていたけれど、それでも生活に必要なものは知ったの」
涙で潤んだ瞳を、こじ開けるように大きくしながら、ガーディニアは続けた。
「開発するのもお金がかかるのよね。それなのに、わざわざ作ってくれて持ってきてくれた……わたしなんかのために」
「ガーディニアさん」
何度も瞼を瞬いて涙を我慢し、彼女は笑った。
「ありがとう」
「どういたしまして」
シウも笑顔で応えた。
仮に《特定レーダー》と名付けたそれは、現在ユーリアとカミラで設定している。
使い方を説明すると、ガーディニアは何度も頷いた。
「最初に気付く距離は、この街の端から端までぐらいだからね。音と振動が鳴る設定なんだ。その後、近づくごとに音と振動の感覚が狭くなる。逆に近付きすぎると音は消えて、振動も小さくなるからね。見付からないようにそうしたから、そこだけ気を付けて覚えておいて。離れていく場合は、ここの光も徐々に消えていくんだよ」
ペンダントトップの根元に光属性魔法を付与してみたのだ。
ガーディニアは神妙な顔で頷いた。
「分かりました」
「方向は、魔道具を地面に対して平行に持てば分かるから。振動の具合で。振動するのは先端だからね」
「ああ、なるほど。分かりましたわ。あ、いえ、分かりました」
熱心に聞き終えると、最後におずおずとシウに問う。
「それで、その、お支払いの件なのだけど――」
「あ、それはいいよ」
「だめよ!」
真面目で頑固な彼女だから、そんなことを言い出すかなとは思っていた。が、庶民の感覚も知ったからこその心配と不安の問いであり、シウはどこか安堵もしていた。
「今はこちらでお世話になっていて恩返しもままならないけれど、必ずお支払いします」
「……うん」
「その、申し訳ないけれど、それまで待っていただけるかしら」
「……そうだね。分かった」
もらうつもりはないが、彼女がそれを目標にするのならそれもいいかと了解した。
リネーアやリマにも熱心に誘われて、シウとアントレーネは昼をご馳走になった。
ガーディニアが慣れない手伝いをするのを見ながら、シウはアロイスと話をした。
「彼女、どうですか?」
「頭の回転が早い。古代帝国時代についてはシウに遠く及ばないが、なかなかどうして、女ながら本を読みおる。わしの話にもきちんとついてくるぞ」
「そうですか」
「近代史に強いので、それに絡めて古代史を教えてやっているところだ」
「楽しそうですね」
シウがにこにこ笑っていると、アロイスは少し顎を引いた。視線をひとつ、ふたつと変えてから口を開く。
「……楽しいと、言えるかもしれん」
むっと引き結ぶので口元の皺が深く入る。シウは笑って返した。
「字も上手でしょう?」
「ふん。まだまだだ」
アロイス的には全くダメらしい。だが、この言い方なら大丈夫そうだと判断した。シウもアロイスのことをなんでも知っているわけではないが、この頑固なお爺さんは本当に嫌ならば全く相手をしないだろう。
ガーディニアは生徒としては真面目な人だったし、周囲に悪意のある人間がいなくなった今、素の状態でいる。
本来の彼女らしさ、つまり真面目に授業を受ける姿勢は、アロイスにとって好ましいもののはずだ。
「アロイスさん。突然のお願いだったのに引き受けてくださってありがとうございます」
「……大したことではない。それに、わしを頼ってくれたことは、まあなんだ。良かったのではないかな」
シウは頷いて、心の中だけでまた笑った。
昼には家主でもあるアロイスの甥、テオドアも戻ってきて共に食事を頂いた。
彼は筆耕に関する書籍を集めた図書館の館長をやっている。ほぼ趣味の仕事であり、この家の稼ぎ頭はその息子のネーロだ。彼は書籍関連の仕事に就いていて、今日は出掛けていた。光の日なのに大変だが、出版業界というのは忙しい時と暇な時が通常とは違うそうだ。
テオドアも同じく書籍関連の仕事をしていたそうで、食事の間はそうした話題を中心に楽しく教えてくれた。
ガーディニアは相槌を打ちながらもアロイスのことを気にかけたり、ネーロとリマの小さな子供たちの世話をしている。
給仕はリマが中心となって行うので、手の回らない部分を手伝おうとしているようだ。
子供たちはリマの言った通り、ガーディニアがとても好きらしい。
「ガーディ、明日学校で『ロワイエの七大英雄物語』の朗読があるんだ。後で聞いてくれる?」
「ええ。いいわよ」
「ぼくもぼくも!」
「タタンは何の朗読だよ」
「ぼくはね、おいのりのことばー」
「それ、朗読かー?」
「そうだもーん」
「違うだろ」
兄弟が仲良く言い合っている。ガーディニアは困ったように笑っていたが、リマはいつものことねと気にしていない。小さな子の世話などしたことがないだろうガーディニアには、ちょっとした言い合いも気になるのだ。反対に母親のリマは平然としている。
同じく母親のアントレーネは目を細めて笑顔だ。
「きょうだいって、いいね。あたしのところも早く喋らないかな」
「もう喋ってるよ。僕の名前も呼んでるし」
「あの子たち、シウ様の名前と、まんまだけはハッキリ喋ってるね。次は何を喋るのやら」
二人で話しているとリマが混ざってきた。
「まあ、レーネ。お子さんがいるの?」
愛称を呼ぶほど仲良くなったらしい。力仕事の手伝いはよほど嬉しかったのか、親しげだ。
「ああ。三つ子でね。歩き始めたところだから大変だよ」
「まあ!」
三つ子の大変さを想像したのだろう。同情めいた視線を向けてきたが、それでも嬉しそうだ。同じ小さな子の母親として親近感が湧いたらしい。二人はそのまま話し始めた。
「でもシウ様がいるし、他にも世話を手伝ってくれる人がたくさんいるからね。あたしは大雑把なものだからとても助かってるよ」
「そうなの。一人だと子育ては大変だものね。わたしも、お義母さんが助けてくれてとても助かったわ。それに最近はガーディが手伝ってくれるから本当に助かってるの」
不意にパスを出したため、ガーディニアは突然のことにびっくりして手を止めた。
「あ、いえ、わたしは――」
「本当よ。ね、だからもっと胸を張って」
「……はい」
恥ずかしそうに返事をして、ガーディニアはまたアロイスの横で彼のためにパンを取ったりしていた。その頬はしばらく赤いままだった。
おやつの時間まではアロイスを交えて話をしていたが、シウたちも帰りの時間があると断り辞去することにした。
皆、帰ることを残念がって、それからまた来てほしいと言ってくれる。
その中にはガーディニアも入っていたようだ。
去り際に、彼女は自室から慌てて持ってきたハンカチをシウにくれた。
「刺繍は少しだけ、自信があるの。その、お礼になれば良いのだけれど」
「……ありがとう。嬉しいです」
そう言うと、彼女はホッとした顔をして、それから小さい声で告げた。
「次に会う時までに、もう少しリネーアさんやリマさんに褒められるよう、料理や掃除を頑張ります」
張り切っているが、それはつまり、またシウに会えると思っているわけで。
シウはなんとなく彼女が可愛いなと思えたのだった。
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