280 秘密基地→イグの住処
翌日、シウは転移で秘密基地へ向かった。全員で、だ。
そこにはシュヴィークザームが待っており、ククールスとも顔を合わせた。実は、ククールスとアントレーネを連れてイグのところへ行こうと思っていたのだが、二人が怖いというので、シュヴィークザームも一緒にと持ちかけたのだった。
シュヴィークザームは、
「我よりも好きなようにやっておるのではないか?」
と、シウにチクリと言うので、それもそうかと二人に謝った。
「いや、あの、シウ様に謝られると……」
「まあ、俺もそろそろお前の無茶振りに慣れなきゃとは思ってるんだぜ。ただ、ほら、相手がドラゴンって言うからさ」
ロトスは、だろだろ? と我が意を得たりと頷いていた。
昨日の話をしながら皆で転移することになった。
「改めて思うけど、こんなに大勢でも転移できるんだな」
「そうよ、おぬしは本当に規格外だ」
「だよねーだよねー」
「やはり神の愛し子だからだね。シウ様はすごいよ」
と、人間組(半数は聖獣)が言うと、希少獣組も会話に交ざってきた。
「にゃにゃにゃ」
「きゅぃー!」
「ぎゃぅ?」
順番に、「シウはすごいよー」「好きなの!」「何が?」である。
それぞれ可愛くて面白いので、シウは頭を撫でた。
転移の前に、一度通信で連絡は入れた。
以前のように驚かせても悪いし、鏡に向かってうっとりしていたら悪いと思ったのだ。
しかしまあ、シウもそうであったように、自分の前に突然転移で現れるというのは心臓に悪い。イグは相変わらず宝石を手にして、岩の上で固まった。
([……そうか、来ると言うておったな])
念のためククールスとアントレーネは少し離れた場所に転移させたのだが、二人共めまいを起こしたかのように、その場に手をついて倒れ込んでいた。
「な、言っただろ? こうなるんだよ、普通は」
「大丈夫か、おぬしら」
ロトスとシュヴィークザームがにやにやとしている。
「にゃにゃ」
「きゅぃきゅぃ」
フェレスは、どうしたの? と聞いているが、クロは大丈夫なのかと心配げだ。
ちなみにブランカはもう慣れたらしく、わーいとイグに走り寄っていた。
「ぎゃぅぎゃぅ!」
([そうかそうか、ほれ、また小川へ行くが良い])
田舎に帰ってきた幼児と老爺のように見えるが、ブランカは「黒トカゲだー」と言っただけである。もちろん、言葉の裏に「懐かしい生き物に会えた!」というのが混ざっていたからこその、小川へ行っても良い、という返事なのだが。
「イグ、僕の仲間を連れてきたんだけど、もうちょっとしてから紹介させてね」
([うむ。ああ、どうやら思念も伝わるようだ。無理をさせずとも構わぬぞ])
「言葉を交わしてないのに?」
([以前もそうであったろう? おぬしと繋がったので、他のものとも繋がりやすいわ。念話で話す癖をつけておるだろう? 波長が合うのだ])
「へえ、そうなんだ」
そう言えば、ロトスやシュヴィークザームとは古代語でもなく会話になっていた。
彼等が聖獣だからだと思っていたが、そうでもないようだ。
「そっか。イグが古代竜だからだね。上位の存在は下位に合わせられるんだ」
([うむ])
喉を膨らませているので、何か楽しかったらしい。
「じゃあ、僕はちょっと二人を見てくるね。ブランカのこと見ててくれる?」
([承ろう])
右前足を顔の前に持ってきて、左足を少し屈伸させる。どうも人間の仕草を真似したらしい。ジョークのつもりらしかったので、シウもよろしくと手を上げて合わせた。
それを見ていたロトスがシウを叱ってきたので、ジョークの説明をするという苦行をすることになってしまった。
ククールスは冒険者という経験からか魔獣と対戦することも多く、威圧にはなんとか耐えたようだ。ただ、アントレーネは魔獣よりも対人戦が多かった。そのためダウンして、しばらく横になっていた。
「ごめんね、大丈夫?」
「いえ。情けないね、あたし。……シウ様、申し訳ない」
「こっちこそ、ごめん。あれでも、前よりずっと威圧を抑えてくれてるんだ」
「あれで……」
「たぶん、レーネは獣人族で力もあるからこそ感じ取りやすいんだと思うよ」
慰めたことが分かったらしく、アントレーネは困ったように笑うと腕を額に乗せた。
「あたしは、まだまだだね」
「ええと、古代竜が相手じゃあ無理だよ」
「それをシウが言うかー」
ロトスが混ぜ返す。彼はアントレーネのもう片方の腕を取って、振った。
「安心しろって。俺も最初はビビりまくったし。ドラゴン相手に平気だったの、シウとフェレスだけだぜ」
「おーい、ロトス、そこにブランカも入れてくれや」
「なんでさ、兄貴」
「あいつ、さっきドラゴン相手に『黒トカゲだー』つってたぞ」
「マジかよ。てか、兄貴いつの間にブランカの言葉が分かるようになったんだ?」
「いや、割と前から分かるようになってたぞ。あれだ、フェレスがわけわかんないこと言うから通じてなかっただけだ。……まあ、お前が来た頃からかな。だんだん分かるようになったの」
などと二人は会話している。
寝ていたアントレーネは大分マシになってきたようだ。
ゆっくり起き上がり、ずっと傍に付いていたクロにお礼を言っている。
フェレスはシウと交代するかのように離れていったので、アントレーネのところに最後までいたのはクロだけだった。シュヴィークザームももちろん、小川へ行ってしまった。
「ふう。なんとか落ち着いてきたよ」
「お疲れ様。イグは気にしてないって言ってるし、とりあえず休んでて」
「いや、ご挨拶だけはしておきたい。……シウ様、一緒に行ってもらえるかな」
「いいよ。手を握ってようか?」
シウとしては冗談のつもりだったのだが、アントレーネはお願いしますと真面目な顔だった。
ククールスも挨拶するなら一緒にと言うので、これも冗談で手を出したら、何故か握ってきた。
立ち直りは早かったようだが、彼は彼でかなり緊張しているらしかった。
幸い、イグはそうした態度には慣れているようで、気にしてないと前足を振っていた。
「あ、あれは気にしてないっていう人間のフリをしてくれてるんだ。意外と人間くさいんだよ。どこで学んだんだろう、面白いね」
「シウ、お前ってやつは……」
「シウ様……」
「え?」
([おぬしらも気にせず、ささ、小川で宝石取りでもするが良い])
「え、いや、俺は……」
「あたしも、古代竜様の宝物には――」
([ここにあるのは、零れ落ちたものよ。構わぬ。ほら、子らも楽しげであろう])
そう言って小川に視線を向けると、確かに三頭がきゃっきゃと楽しく騒いでいた。
違う、五頭だ。
アントレーネがシウと手を繋いだあたりから、クロも参加していたが、問題はそこではない。ロトスもまだ、成獣になったばかりだ。そこも良い。きゃっきゃと楽しそうにしている中に、年齢八十超えの聖獣の王が混ざっていることだ。
「……まあ、何千年も生きてるイグも楽しんでるんだから、年齢は関係ないか」
思わず呟いてしまったシウである。
冬の寒い中、小川に入って宝石探しをするような気になれなかった人間二人は、シウの手伝いをするからと言い訳して川へは入らなかった。
「じゃあ、ご飯の用意でもしようか」
「あたしは狩りに行ってこようかな……」
「あ、俺も行く」
なんだか毒気を抜かれたかのように、二人はふらふらと結界の外へ出ていった。
結界の外は真冬だ。イグの住処は地熱もあって――本獣の力もあるだろうが――雪は積もっていない。
が、少し離れると雪が増え、やがてアイスベルク周辺と同様に深い雪の中だ。
シウだけ、後でウィータゲローへ行くつもりだが、そこも極寒の地となっているだろう。
アントレーネもククールスも真冬装備だったが、念のため各自の首輪や手袋に、温度調節の魔法を付与している。温かいフード付きのローブも渡しているので大丈夫だろうが、シウは少し心配である。
せめてフェレスかブランカのどちらかが付いていれば良いのだが、なにしろ二頭とも嬉しくてしようがない。湧き出る泉は冷たすぎず、彼等は潜ってまで宝物を探していた。
「時々、感覚転移してればいいか」
脳内レーダーもあるので、二人の様子を見ながら、シウはのんびり昼食の用意を始めた。
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