275 留学生の話と久々の王城




 オリヴェルの話は、デルフ国からやってきた留学生のことだった。

 人質と言っていいかもしれない。なんといっても、現在もまだ王城にて滞在しているというのだ。

「それで、誰が来たの?」

「スヴェルダ王子だ」

「あ、そうなんだ」

 シウの返事に彼はにっこり笑った。

「年が近いということや、同じシーカーの生徒になるということで、僕と話すことが多いんだよ。その中で、君の話題が出てね」

「そうだったんだ……」

 彼が来るかもしれないとは思っていたが、やはりそうなのか、という気持ちになった。

 スヴェルダとは、以前デルフ国で知り合った。彼等は聖獣狩りに遭って追われていた。それを偶然、助けたのがシウだ。

 となると、スヴェルダのパートナーでもある聖獣、プリュムも一緒なのだろうか。

 シウの目がわくわくしたものになったのが分かったらしいオリヴェルが、笑いながら教えてくれた。

「彼の聖獣も一緒だよ。美しいモノケロースだ」

「大きくなったんでしょうね」

 シウが出会った時はまだ小さい子だった。人型に転変したまま、ショックのあまり聖獣姿に戻れなかった幼子だ。可愛らしい子だった。

「スヴェルダ王子も君に会いたいようだった。もちろん、モノケロースの――」

「プリュム?」

「そうそう」

 では、何故、学校に彼等の気配がないのだろう。

 その答えは。

「僕も早く、共に学びたいと思っているんだ。でも、貴族たちがそれを許さなくてね」

「……人質だから?」

 オリヴェルは静かに頷いた。

「こちらからはカロラを送ろうという話もあったところを、結局、前国王の庶子を送ることで決まったんだ。つまり釣り合いが取れていないということなんだけど。分かるかな?」

「あ、はい」

「相手は直系王子だ。そのことで、この話を決めてきた貴族が調子に乗ってね」

「あー。ようするに、このまま監禁して都合よく使おうとか、そういう魂胆で?」

「はっきり言ってしまうと、そうだね」

「ひどいなあ」

 そんなことをして、相手側に伝わったら、今度はこちらの送った人質に何かあると考えないのだろうか。それとも――。

「前国王の庶子というのが、その貴族の関係者と揉めていたこともあってね。仕返しに使われているんだ。助けようと思う者もいたけれど、母親の身分が低すぎて、ね」

 母親の身分が低い、というところでオリヴェルは悲しそうな顔をした。彼も似たような立場だからだ。

「わたしとしては、やはり心穏やかに過ごしていただきたい。……どちらにも」

「はい」

 そこで、ずっと黙って話を聞いていたカスパルが、口を挟んだ。

「シウなら、動かせるというわけか」

「僕が?」

「そう。だって、君はスヴェルダ王子と顔見知りだ。いや、助けたことがあったのだね。それを口実に会いに行くことができる」

 歌うよう告げたそれに、オリヴェルが少しバツの悪そうな顔をして頷いた。

「……君を利用するようで申し訳ないんだけど、どうか、会いに来てもらえないだろうか。そして、できれば兄上を巻き込んでもらえたら――」

 上手くことを運んでくれるというわけだ。

 シウは、その話を受けることにした。

「シュヴィにも会いに行かなきゃいけなかったし、ちょうどいいね」

「そんな、聖獣様のことをついでのように言うなんて」

 オリヴェルが驚いて、それから笑った。

 カスパルもだ。

 二人共、シウらしいね、と顔を見合わせている。

 なんだか、からかわれているようだと思ったが、シウも結局は一緒になって笑ったのだった。




 善は急げとばかりに、土の日の朝、シュヴィークザームへ会いたいという連絡を入れた。前夜のうちに通信で知らせていたからか、彼からの返信代わりの連絡係は、馬車を差し回してくれた。

「アルフレッドが来てくれたんだ」

「ジュスト様が、もう専用の連絡係にしようかって言い出されてね」

 アルフレッドは、ヴィンセント王子の第一秘書官であるジュスト付き従僕だ。まだペーペーらしいので、ジュストの指示通りにあちこち走り回っている。シウとは本好き仲間として仲が良く、一度はシュヴィークザームの部屋の応接室を借りて本談義をしたほどだ。その関係から、連絡係に推されたのだろう。

 聖獣の王ポエニクスとして崇められているシュヴィークザームに、いまだ恐れ多いという気持ちはあるようだ。ただ、身近に接するうちに、シュヴィークザームの一風変わったところも知った。

 今は、少し落ち着いて接することができるようだ。

「今日も早く行ってこいと、背中を叩かれましたよ。ジュスト様がよく、聖獣様はのんびりされた方だと仰ってましたが、意外とせっかちでいらっしゃいますよね」

「ああ、うん」

 想像できてしまって、シウは笑った。

 しばらく会っていなかったし、年末年始は王族も忙しい時期だ。きっと駆り出されて、シュヴィークザームにも自由な時間がなかったのだろう。

 早くシウに会って遊びたいと思っているに違いない。

「今日は晩餐まで滞在するコースかな」

 思わず呟いたら、アルフレッドが、

「あ、それはもう予定にあるからね」

 と、にっこり微笑んだ。


 王城へ着くと、まずは本来の目的であるシュヴィークザームの部屋へと向かった。

 アルフレッドも付いてきた。今日の彼は進行役らしい。

「今日は予定が詰まっていますので、よろしくお願いします」

 とは、シュヴィークザームへの確認の台詞だ。

 どうやら「スケジュール」は完全に決っているらしい。そのせいか、シュヴィークザームはつまらなさそうに頷いている。

「分かっておる。ったく、何度も何度も。おぬしも、あのような男になるつもりか」

「ジュスト様ですか? 尊敬していますから、そうなれたら嬉しいです」

 シュヴィークザームは、無表情の顔でべえっと舌を出した。どこで学んだのやら、何かアピールしたいらしい。

 シウは笑ったが、アルフレッドは驚いていた。

 そしてシュヴィークザーム付きメイドのカレンはと言えば――。

「シュヴィークザーム様、そのような下品な真似はお止めくださいと申し上げたではないですか」

「ふん」

「最近はご表情がおありになって喜ばしいことですけれど、そのようなお顔は聖獣様らしくありませんよ」

「我は、我の好きなようにする」

「まあぁぁ。ですけれど、聖獣たちが『我等の王』と崇めておられるというのに、お可哀そうではありませんか?」

「む」

「先日も、下賜されたレーヴェが、涙ぐまれていたとか」

「むぅ」

 聖獣の王とも呼ばれるポエニクスは、希少獣全般から敬われている。きっと、会いに来てくれて嬉しかったのだろう。言葉を賜ったりしたのかもしれない。

 シュヴィークザームは、黙っていれば本当に「聖獣の王」と呼ぶに相応しい姿だ。人間離れした美しい姿は、作り物めいていて、どこか神々しい。

 シウにはいまいち分からないのだが、強者が持つオーラのようなものもある、らしい。

 本来の姿であるポエニクスに転変した時の、豪華でありながらもガラス細工のように繊細な様子は、確かに格好良いとも思える。

 ただ、最初が最初だっただけに、シウにはどうも彼の崇められる部分については同意しかねるのだ。

 とにかくも、彼は聖獣たちに好かれている。

 カレンは、その聖獣たちのことを思って、シュヴィークザームにもう少し「らしさ」を覚えて欲しいのだ。

 いつもなら突っぱねるシュヴィークザームも、親しくなってきたカレンには頭が上がらないらしい。

 国王や王子の説教よりも、素直に聞いている。

「分かった分かった。あれは、もうやらん。あー、シウの前でなら構うまい?」

「……シウ様でしたら、ええ、まあ。仲の良いお友達でらっしゃいますものね。でも、親しき仲にも礼儀あり、と申します。あまりシウ様にご無理は――」

「分かっておる。ああ、もう、下がるがいい」

「はい。では失礼致します」

 カレンはくすくす笑って、出ていった。この会話の最中にもちゃんと、客人を迎えるためのテーブルセッティングは済ませている。

 客がシウだからこそ、彼女はここで下がったが、他の人なら頑として譲らず残っただろう。それがシュヴィークザーム付きメイドの仕事だからだ。

「カレンさんも、シュヴィに言うようになったね」

「ふん。……まあ、あれは元々、物怖じしない娘であったがな」

 彼女は、ある意味でシウと似ているのだろう。鈍感なのだ。

 今までのメイドたちは、シュヴィークザームを畏れていた。関わりを持とうとしなかったようだ。シウも詳しくは聞いていないが、近衛騎士らも遠巻きにしていたようなので、人間との関係は希薄だったらしい。

 必然的に、契約を結ぶ相手としか深い付き合いがなかった。

 引きこもり体質のシュヴィークザームはそれでも良かったのだろう。

 でも、そこにシウという存在が現れた。良くも悪くも、シュヴィークザームに関わった。本獣にとっては良かったことのようだが。

「さて、それで今日は何を持ってきてくれたのだ?」

 今のパートナーであるヴィンセント王子にとっては、ちょっぴり悪いことかもしれない。なにしろ、餌付けしてしまったのだ。シュヴィークザームは甘いもの好きになり、お菓子作りが趣味となった。それは回り回って、ヴィンセントに影響した。

「我は先日、ヴィン二世と共にシュークリーム塔を作ったのだ」

「……ヴィンセント殿下と?」

「うむ。こう、大きなものを土台にしてだな。作り上げていったのだ。幾つか『ハズレ』も作ったのだが、これがまた面白くてな」

 能面で冷たいところのあるヴィンセントと、無表情の聖獣の王が二人して厨房で作ったのかと思うと、シウには笑いしかない。

 振り返ると、アルフレッドが肩を竦めていた。彼も何やら思うところはあったようだが、賢く口を閉ざしている。

「それで、そのシュークリーム塔はどうしたの?」

「ヴィン二世の子らと、大きいのもおったが、仲良う食べた。『ハズレ』を引いたのは二番目と……うん?」

「ヴィダル王子と、ウゴリーノ次席秘書官殿です」

 アルフレッドが教えてくれた。それから、ニヤリと笑う。

「ヴィンセント殿下が、それはもう皆が驚くほどの笑顔になられて」

「あの殿下が!?」

 シウが驚くと、アルフレッドはますますニヤリと笑った。

「その後、御前を下がってから、驚くやら笑うやらです」

 すると、シュヴィークザームが、

「そうであろう、そうであろう。やはり『ハズレ』を作るのは良いことだ。分かったか」

 と、何故か大威張りで宣言したのだった。

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