274 早口の教授と安定の無視と王子様




 午後は新魔術式開発研究科の授業で、久々の授業のはずだが――なにしろ冬休みは一月もある――教師のヴァルネリは相変わらずの絶好調で矢継ぎ早に喋っていた。

 息継ぎできてるのかなと、妙なことを考えながら、シウは脳内に記録していく。

 こんな便利なことも、できるようになった。書記魔法も要らないのだ。もちろん、何もしていないのは対外的によろしくないので、ヴァルネリの話す内容について気になる点を書き記していた。

 授業の後半に質問タイムがあるので、その時にまとめて聞くつもりだ。


 このクラスでも、生徒の入れ替わりがあった。

 大幅に変わっており、シウと仲良くしてくれていた貴族家出身のランベルトとジーウェンがいない。

 四時限目が終わってからオリヴェルに聞いてみると、卒科ではなく卒業したということだった。

「そうなんだ。知らなかった」

「卒業できるかどうか、ギリギリだったみたいだよ。シウは早めに冬休みへ入ったからね。知らないのも仕方ないよ。わたしたちだけで卒業祝いのパーティーをしたんだ」

「そうだったんだ。遅くなったけど、後で何かお祝いを贈っておこうかな」

「うん、そうしてあげるといいよ。もちろん、負担にならない程度にね」

 オリヴェルはラトリシア国の王子だ。シウが庶民であることを気にしての、発言だろう。こうしたことに気が回るのは、彼が第六子だからだ。王族として残る立場でないし、母親の身分が低いことからも、いずれ臣籍に下る。いろいろ、気遣いがなければいけない人生を過ごしてきた。

 今も、新しく入ってきた生徒たちが遠巻きに何かしら話しているが、耳に入れようとはしていない。

 まあ、ほとんどがシウへの「殿下に対して失礼ではないか」という文句が多かったのだけれど。


 五時限目になると、いつものようにヴァルネリの秘書ラステアが補講を始める。

 新入生も必死の顔だ。同じく秘書兼従者のマリエルが机の間を見て回るが、質問する余裕もないようだった。

 そして、やっぱりシウの横にはヴァルネリが張り付いている。

「僕はね、冬休みって必要ないと思うんだ。どうかな」

「そうですね~」

「どうせ寒いんだから、建物に籠もって過ごすと良いと思わないかい?」

「そうかもですね~」

「ほら、そういう時には新しい複合魔法も出来上がるんじゃないかな」

「たとえば?」

「そうだね。……温風とか?」

「ヴァルネリ先生が、そんな簡単な魔法を今更考えたとは思えないんですが」

 シウが投げかけると、良くぞ聞いてくれましたと目を輝かせた。

 よし。あとは勝手に喋るはずだ。

 シウは内心でほくそ笑み、マリエルに合図した。彼女がそそそと近寄ってきたので、ヴァルネリが話し始めるのを横目に、先ほど授業中に書いたメモを見せた。

「ああ、それでしたら、教授の資料室にありますね。帰りに寄られます?」

「はい」

「関係書類も用意しておきましょう。どうせ暇ですし、護衛の誰かを行かせておきます」

 ヴァルネリも貴族なので、教室には護衛がいる。

 というか、この授業を受ける生徒はシウ以外はほぼ貴族家の者ばかりだ。そのため、教室の後方には護衛や従者が大勢待っている。

 マリエルはその中に視線をやって、すぐに護衛に伝言を頼んでいた。

 ヴァルネリの執務室には専用の秘書が他にもいて、大きな資料室もある。変人と名高いヴァルネリだが、研究成果を挙げているのだろう。他の教授陣よりも部屋が広い。

「他にはありませんか?」

「そろそろ引き剥がしてほしいです」

「うふふ」

 彼女は笑うと、また、そそそと離れていった。

 ヴァルネリはずっと横で、

「つまり効率を上げるためにも、火属性の重ねがけをするよりも風に対して温めるという行為が必要なわけだよ。更に風属性による壁を作る。いいかい? ここ、この術式を見てご覧。これほど美しくも単純な術式はない。僕はね、バカでも発動できる方法を考えたんだ。これなら、次の被験者にも、固有魔法として増えるはずだ」

 自分の考えた術式を自画自賛していた。

 彼は新しい魔法や術式を編み出すことが心から好きらしいが、固有魔法として発現させることも研究の対象としている。いつも実験に付き合ってくれる人を募集していて、固有魔法が発現するまで夢中になっているそうだ。

 シウは頼まれたことはないが、クラスの生徒のほとんどが声を掛けられている。

 恐ろしいことに、王族でもあるオリヴェルにだって、声を掛けたことがあるそうだ。ファビアンが笑い話として教えてくれた。


 ところで、ファビアンは今日、休んでいる。

 この学校では、毎回、生徒が授業に出てくる方が珍しい。貴族出身者が多いため、付き合いなどで抜けることも多いのだ。

 ただ、ファビアンはそうしたものよりも授業を好むため、休むのは珍しかった。

 自由時間の時にこっそりオリヴェルに聞いてみたら――。

「ああ、確か、ハッセ領の人とどうしても外せない話し合いがあるとかでね。内容までは聞いてないけれど、残念がっていたよ」

「ハッセ領ですか」

 ふと、夏にあった飛竜大会への道中に知り合ったハッセ領の人たちを思い出した。オデル領からの帰りだったはずだ。その関係かもしれないし、全く関係ないかもしれない。

 どちらにしても、貴族家の人は大変だなぁと感想を抱いた。

「大変ですね」

「そうだね。あ、授業が終わったら少し話したいことがあるんだけど、大丈夫かな?」

「はい。資料をもらいに教授室へ行くので、その後でもいいですか」

「もちろん。どこか、サロン、は嫌なんだったね。では――」

「もし良ければ、ブラード家へおいでになりませんか」

「ああ、それはいいね。カスパル殿に、よろしく言ってくれるかい」

「はい」

 カスパルの家は、良い意味で貴族家らしくない。カスパル自身がのんびりというのか、いや、どんと構えているところがある。働いている者たちも皆が気の良い性格で、屋敷は居心地の良い場所だ。

 やってくる知人たちも、招かれた貴族たちも、口々に喜んで帰っていく。

 貴族が喜ぶのは、珍しく美味しい食べ物が多く出てくるからだが、とにかく居心地の良い屋敷としてファビアンたちには認識されていた。仲の良いオリヴェルも、それは知っている。彼も来たことがあるからだ。

「食事もしていってくださいね」

「ありがとう」

 遠慮することもなく、喜びの笑みを見せる。それだけ、シウに慣れ親しんでくれたということで、なんだか嬉しい。

 二人でにこにこ話していたら、途中で気付いたヴァルネリに突撃されてしまった。

 授業中だと怒られるのかと思っていたら、違った。

「僕のことを無視して、何を楽しそうに術式の話をしてるんだ? ひどいじゃないか!」

 ということらしかった。



 通信で知らせてあったが、なにしろ徒歩数分のところにある屋敷だ。

 資料を受け取ってから、オリヴェルの馬車を引き出して、ゆっくり乗ったとしても到着は早い。

 それでも、誰も嫌な顔などせず、オリヴェルを歓待した。

 カスパルは帰宅したばかりで着替えていなかったが、慌てた様子もなく鷹揚な態度だ。

「今日は予定がなくて良かったです。殿下をお招きしていながら、家主がいないなど、失礼ですからね」

「いや、わたしが突然お邪魔したのだからね」

「とんでもないことです。さあ、どうぞこちらへ」

 案内しながら、シウにウインクしてきた。喜んでいるので、連れてきたのは良かったらしい。何故だろうと思っていたら、着替えてくるといって退出したカスパルがにこにこ笑って教えてくれた。

「今日のパーティーは行きたくなかったんだ。よくやった、シウ。これで、お断りできる」

 なるほど、そういうことか。シウは納得して、苦笑した。

「カスパルでも、そんな風に思うんだね」

「僕だって人間だよ。大体、パーティーが好きな人間に見えるかい?」

「そう言えば、嫌いだって言ってたね。最近、ロランドさんに逆らってないから、慣れたんだと思ってた」

 シウの軽口に、カスパルは肩を竦めただけだった。


 シウも急いで着替えを済ませると、厨房に顔を出して食材について頼んだりしてから、客間へと戻った。

 レオンを紹介しようと思って部屋に寄ったのだが、

「王族! はぁ? お前、何言ってんの? バカじゃないのか?」

 と、怒られてしまった。

 ロトスとアントレーネももちろん首をブンブン横に振るので、仕方なくシウだけだ。

 客間に行くと、オリヴェルがシウの後ろをキョロキョロと見る。

「今日はフェレスたちはいないのかい?」

「庭で遊んでますよ。呼びましょうか」

「いや、遊んでるなら、いいよ」

「モフモフに飢えているなら、獣人族の赤ちゃんもいますけど」

「……君のところは本当に面白いねぇ」

 オリヴェルは目を丸くして、驚いていた。

 カスパルが来るまで時間もあるので、シウはブラード家でお世話になっている自分の仲間のことについて語った。

 おかげで、カスパルがやって来た時には、客間は笑い声でいっぱいだった。






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もうないだろうと思いましたよね?

すみません……






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