新年度の日常と懐かしい顔ぶれ
269 新しい始まり
火の日になり、シウとレオンは共に歩いてシーカー魔法学院へ向かった。
「こんなに早く着くのか……」
「もしかして素直に馬車に乗ってた?」
「誘われたら、断るわけにはいかないと思って」
それに馬車で通うのがシーカーでは普通のことかと思ったようだ。
確かに、馬車の停留所付近は相変わらず混んでいるし、大きな馬車の待機所もある。あれを見たら勘違いするのも当然だ。
「でも遠回りになるんだよね。歩いたら三分ほどだよ」
「ああ。びっくりだな」
「あと、歩きで来る人も、いないこともないんだよ。ほら」
視線で示したら、レオンもそちらを向いた。
王都でも大商人街に住まいがある者は、馬車だと逆に時間がかかることを分かっていて歩いてくる者もいる。馬車の回転場で貴族と揉めたくない、というのもあるかもしれないが。
「……護衛か? お付きの者が多いな」
「大商人の子息たちだからね。学校内にもいたでしょ?」
「あれにはびっくりだな。ロワルの魔法学院とは全然違う。希少獣も廊下を歩いているし」
「幼獣や小型希少獣だったら、いいんだって」
話しているうちにロッカーへ来たので、互いに中を確認する。レオンはもう学校の仕組みに慣れたようだ。
「集会室にも行かないとダメなんだけど――」
「分かってる。そっちにも連絡事項があるんだろ?」
「さすがだなあ。僕、それ見逃して、休みのこと直前に知ったんだ」
そう言うと、レオンは呆れたような顔でシウを見下ろしてきた。
「えーと、これでも二年先輩だから。分からないことがあったら、なんでも聞いて」
「……分かった。そうする」
「お昼はねえ――」
「クレール先輩が教えてくれた。今日から他のメンバーも合流するだろうって言ってた。大勢で食べてるんだろ?」
「うん。ていうか、レオン、馴染むの早いね」
「まあ、肩肘張ってもしようがないしな。それに繋がりを増やせば、将来の仕事にも役立つかもしれないだろ。せいぜい愛想よくするさ」
レオンが大人になっている。
もちろん、実際に彼は成人しているし、シウよりも余程しっかりしているが。
「なんだよ、その顔は」
むすっとしてシウを見るので、慌てて首を横に振った。
が、すぐに止めた。なんだか子供っぽい気がしたからだ。
レオンは必須科目の飛び級を狙うそうで、こちらへ来てからはずっと勉強三昧だそうだ。早く専門科目に専念したいと、張り切っている。
週末を冒険者ギルドの仕事で埋めたいので、時間割の調整についてもクレールや担当教師に相談しているようだ。
この時期は飛び級をしたりなどで、講義の変更があり忙しない。
頑張ってねー、と手を振って、シウは研究棟へ向かった。
そこで、シウもまた取得授業が変わるという話が出てきた。
「え? 論文が通ったんですか?」
「そうなんだよね。年末、君、早めに休みを取ったろう? その時に試験もしたし、卒科に必要な受講も終わってるんだ」
「どう、でしたっけ?」
「ほらー、宿題って渡した分。冬の間の宿題なのに、君、すぐにやってしまって送ってきたから」
アルベリクはものすごく残念そうに、眉尻を下げて話す。
よっぽど嫌なことらしい。
「えーと、でも、みんなまだ授業を受けますよね?」
シウがたとえ卒科しても、問題ないはずだ。
ところが。
「フロランは卒業したからね」
「えっ、学校をですか?」
「うん。居座っていたけど、他の講義も全て取り終わっているから卒業しろと学院側から言われてね。でもまあ、結局院生になったから、相変わらずここへは来るんだけど」
「……先生みたいな立場になるわけですね?」
「うん、まあ、そうだね」
で、彼が言うには、リオラルたちも無事に卒業が決まって、来なくなるというのだ。
ミルトとクラフトだけはまだ在籍しているらしい。
「生徒がまた減ってしまうんだ」
しょげた顔で言うので、シウは可哀想になってしまった。
「えーと、僕の代わりに入ってくれる人を、探してみます。初年度生でも?」
「もちろん、もちろん!!」
手を握って、ぶんぶん振られた。
教室でもフロランやミルトたちから笑顔で頼まれるし、不人気の講義というのは可哀想なことだ。
さて、更に魔獣魔物生態研究でも、シウの卒科が決まってしまった。
ウスターシュたちも卒科になっており、残っているのはプルウィアやルイスたちだが、こちらは初年度生が入ってくる予定があるそうだ。
もちろん必須科目を飛び級していないと、専門科を受けるのは難しいからその結果を待ってということになるらしいが。
二年度生になった者もプルウィア経由で勧誘したそうで、教室を覗いたら知らない生徒が幾人もいる。
「とはいえ、もっと専門に学びたいと思ってくれるなら上級位を取るか、院生のような形で学び続けてくれても良いんだよ?」
バルトロメが爽やかに引き止めてくれるが、上級位とはいわゆる指導生のことであり、ひとつの分野を研究する院生と違って、他の授業を持っている在校生徒が指名されると忙しくて大変なのだ。というわけで、丁寧にお断りした。
そして、アルベリクにも言われたが、ここでも、
「授業への参加は自由だから、また暇な時はおいで」
と、誘われたのだった。
ということで、シウは担当教師のアラリコへ相談することにした。
火の日が完全に空いてしまったので、他の専門科か研究科を受講しようと思ったのだ。
今のまま、残りの講義を卒科して、最終論文を提出しても学院を卒業することは可能だが、年数が早すぎるのでたぶん却下されるはずだった。
それなら、もう少し学びたい。
アラリコもそれを勧めてくれた。
「そうだね。では、火の日にある講義から、探してみようか」
「はい」
「ああ、一つは、これでどうかな」
書類を取り出して、見せてくる。
「創造研究ですか」
「ベロニウス殿が、シウを寄越せと煩くてね。申請書類を、君が署名する欄以外を埋めて持参してきたんだ。君に渡すのを忘れていたよ」
ははは、と笑うが、明らかにわざとだ。
シウも一緒になって苦笑した。
創造研究科はアマリアや、以前生徒会長だったティベリオなどが受けていた講義だ。新しい魔法の在り方を研究する。
教師のオルテンシア=ベロニウスは、シャイターン国の男爵夫人だ。長年、単身赴任で講義を行う、ちょっと変わった性格の人だった。
変わってはいるが面倒見の良い女性だ。以前、揉め事に巻き込まれたシュタイバーンの女子生徒二人を、行儀見習いとして自宅に住まわせてくれた。今も女子生徒たちはベロニウス家から通っている。
この件も含めて何度か顔を合わせたことのあるシウは、シャイターン風の低い鼻を殊の外気に入られており、授業を受けに来いと誘われていた。
これはもう、行くしかない。
「じゃあ、午後は創造研究でお願いします」
「他にはそうだね、これとこれ。幾つかあるので、今は見学の期間でもあるから見てくると良いよ」
「来週、行ってみます」
「先生方には伝えておこう。ああ、生産はどうするのかね?」
「あそこはそのままで」
「上級位にもならないのかい?」
「えーと、はい。すみません」
仕方ない、といった様子で溜息を吐き、アラリコは下がりなさいと手を振った。
早めに話が終わったため、シウは図書館で時間を潰すことにした。
レオンを待つのだ。
昼食時には一人で帰ると言っていたが、徒歩での帰宅は初めてなので心配だった。
本を手に、中央の天窓から光が降り注ぐ席へ向かうと――。
金茶の髪をキラキラさせて、カルロッテが立ち上がったところだった。
シウを見て、微笑んでいる。
彼女はその席から、シウがやってくるのを待っていたようだ。そんな気がした。
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本日から、ツイッターで宣伝用超小話(SS)を朝と晩に投稿します。
なんの宣伝かって?
6月30日に「魔法使いで引きこもり?」の二巻が出ちゃうんです……
詳しくは、近況ノートにもありますし、次回投稿分からまた(また)宣伝を本文下部に書かせてもらいますのでよろしくです。
しばらく、うざたんになるかと思いますがどうぞ心を広く生暖かく見守っていただけますと助かります。
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