270 カルロッテの場合は




 カルロッテは今まで見た中で、一番輝いて見えた。

 自分の手で勝ち取った「魔法学院の生徒」になったからだ。

 しかも、まだ初年度生だというのに、もう図書館へ来ている。

「お久しぶりです、殿下。お元気のようで良かったです」

「はい。あなたのおかげで、ここまで来ることができました」

「いいえ。カルロッテ様の努力の結果です」

 シウが返すと彼女は黙って、そしてまた微笑んだ。

 傍に控えている護衛兼従者の女性は気が気ではないようだが、もう一人の侍女が「控えなされませ」と小声で注意していた。

 シウは地獄耳だから聞こえたのだが、近くにいたカルロッテも何やら揉めている二人に気付いたようだ。

 振り返って、困ったような顔で告げる。

「アビス、いい加減にして。いえ、しなさい」

 命じる形に言い直し、カルロッテは背筋を伸ばした。

「わたくしの友人への無礼な態度、許しませんよ」

「姫様!」

「それに、あなたのその態度は、わたくしを信用していないということだわ」

「いえ、いいえ。それは違います!」

「静かになさい。あなた、ここがどこかも分かっていない」

 アビスはハッとした顔をして、真っ赤になった。情けないのか恥ずかしいのか、震えた手で騎士服のような黒い男装姿の上着を握った。

「主のため、主のためと思っているのでしょう? でもそれは、あなたのためなのよ」

 そう。

 カルロッテは分かっていたのだ。

 アビスの出過ぎた態度は、結局はカルロッテのためではなかった。全て、アビスが望むもののためなのだ。

 そして、同じような立場であったヒルデガルド、今はガーディニアという名になった少女のことをシウは考えた。

 当時、彼女がカミラをもっと諌めていたら。

 カルロッテのように、静かに諭すことができていたら。

「反論したいと顔に出ているわ。……ねえ、わたくしは、アビスには感謝しているの。あなたは大事な従者よ。わたくしのために尽くそうとしてくれることも、有り難いことだわ。けれど、そこにわたくしの意思を尊重する気持ちはあるのかしら?」

「姫……」

「わたくし、あなたの手を煩わせるようなことを、した?」

「いいえ!」

「確かに、頼りなかったとは思うわ」

「いいえ。姫、姫様、わたし――」

 こうして、反論してしまうところが、たぶんダメなのだろう。

 彼女たちの仕事は従者とは違うのだ。

 何故なら。

「あなたに『影』の仕事ができないのなら、担当を変えてもらいます」

 アビスは王族専用の影として仕える立場の者だからだ。国によっては暗部だとか、諜報部隊と呼ばれるかもしれない。

 そうした一族だとシウはもう知っていた。

 王族の住まう場所へ行った際にも、隠れて見張っている者がいた。鑑定すれば姓も分かる。彼等の一族が隠密魔法を持っていることからも仕事内容は知れた。

 カルロッテは、寂しそうな笑みで続ける。

「……王族ではない、わたくし個人に仕えたいと思ってもらえるような人間に、なりたかったわ」

「姫様、わたしは一生を姫様に捧げるとお誓い申し上げました」

「では。……では、あなたはもっと、わたくしを信じるべきです。そうでしょう?」

「……はい」

「もし、道を間違えていたのなら、その時にそっと教えて? 決して、主であるわたくしの道を遮ったりしないで」

「はい。はい、姫様。承知致しました」

 その場に膝を付き、誓いの格好をしてカルロッテを見上げる。アビスは盲目的だ。まるでカミラのようだった。

 でも。

「アビス、ありがとう。わたくしも、あなたが仕えるに相応しい人となります。だから、お願い。わたくしを信じて」

「信じます。わたしが間違っておりました。申し訳ありません」

 そう言うや、シウにも頭を下げた。

 カルロッテの懇願は、アビスに確かに伝わっていた。


 アビスには、シウも頭を下げた。

「王族に対しての態度が緩いのは、僕の悪いところです。あなたが心配になるのも理解できます。ジークや、レオンハルト様と親しくさせてもらっていたので、つい、カルロッテ様にも同様に接してしまいました。ですが、いたずらに貶めるつもりも、蔑んでいるのでもありません」

「……本当は、気付いておりました。ただ、わたしは、姫のお立場を先走って考えてしまい……失礼なのはわたしの方でした」

 落ち込んでいるのは、カルロッテに厳しく言われたからのようだった。

「では、お互いに相殺するということで終わりにしましょう」

「え?」

「そちらの侍女さんも、これからよろしくお願いします」

「あ、はい!」

 侍女はマリエッタという名前で、こちらはしずしずと挨拶してくれた。

 でもチラリと、貧乏貴族家の出身なので平民と同じですと付け加えたから、どうやらシウと同じですよと伝えたかったらしい。

 カルロッテは苦笑していたが笑顔であったし、こちらは信頼関係が出来上がっているようだ。



 まだ生徒の姿はほとんど見えない図書館だったが、話をするには中央部分は良くないと、入口横にある休憩所へ移動した。

 明かりもあるため、地下とはいえないほど明るい。

 そのテーブルに、お茶とお菓子を置いた。

「まあ」

 マリエッタは目を見開いて驚いていた。シウが魔法袋から取り出す度にだ。

「すごいですわねえ。たくさんの飲み物やお菓子が次から次へと! 本当に本物の魔法使い様ですわね」

「マリエッタったら。さあ、あなたも驚いてばかりいないで」

「あ、はい。シウ様、給仕はわたくしが!」

 張り切ってカップに注いだり、小皿に取り分けるなどしてくれた。

 マリエッタとアビスの分は隣のテーブルでどうぞと勧め、シウはカルロッテと会話を再開した。


 彼女は年明け早々に移動し、先週始めには寮へ入ったそうだ。

 当初はラトリシア国の好意で王城に滞在をと言われていたらしいが、行き来だけで時間がかかることや、学業に専念できないなどの理由で断ったとか。

 寮にも各国の王族が入るに相応しい特別室もあるのだそうだ。

 もっとも、直系の王族であったり、力の強い親族を持っていれば「屋敷」を借りて通うことになっただろう。しかし、カルロッテは妾腹であり、母方親族も力のない下級貴族のようだ。とても援助はできなかった。

 そもそも、王族の留学であるのに、付いてきたのが女性二人だけというのも問題がありそうである。

「護衛はどうされています?」

 声を潜めて問いかけると、シウの心配を理解したカルロッテが苦笑で答える。

「アビス一人でも十分なのですが、どうしても必要な場合はラトリシア王族からお手助けいただけるようです。それに、臨時で雇える程度のものでしたら、なんとか」

「もしかして援助が?」

「はい。無理ならば奨学金を取ろうと思っておりましたし、初期費用は宝石などを売って用立てるつもりでした。……でもどうやって売り捌くのかと姉上様に叱られてしまいましたけれど」

 妙なところで世間知らずなのだと散々叱られ、カルロッテの留学に対する決意は固いと知った家族たちからの助けもあり、国王の個人財産から支度金をもらったようだ。

 もっとも正妃の目もあって、多くはもらえなかったらしい。

 以前ならそんなことは口にしなかったのに、カルロッテは留学してきて羽根を伸ばしているのか、さらりと教えてくれた。

 しかも、だ。

「聞きましたところ、シーカー魔法学院の生徒には冒険者ギルドの仕事を手伝うと点数がいただけるとか。実地訓練だからと伺いましたわ。その上、お仕事をこなせば給金までいただけるのですってね」

 にこにこ話すので、これはやるつもりなんだなと、目を細めた。アビスやマリエッタを見ると二人とも渋い顔をしている。

「……給金ではなく、依頼料ですね。ですが、ギルドの仕事は大変ですよ?」

「分かっておりますわ。物語通りではないことも。ですが、基礎体育学を飛び級できそうですから」

 だから大丈夫だと言いたいらしい。

 王族の姫とはいえ、それなりの訓練は受けているのだろうか。

 シウは不安になってアビスに声を掛けた。

「あの、剣術などは……」

 アビスが静かに首を横に振った。

「では、防御訓練も?」

 また横に振られる。

 ううむ。

 これではアビスが前に出て意見を言い出すのも分からないではない気がしてきた。

 シウはアビスからのお願い光線に負けて、口を開いた。

「まずは、足手まといにならないよう、訓練してください。そうですね、必須科目の攻撃防御実践はまだ飛び級が確定していませんよね?」

 カルロッテは痛いところを突かれた、というような表情になり、しおしおと頷いた。

「まず、それを目標にしましょう。それから戦術戦士科へ来てください」

「……もしかしてシウ殿もそちらに?」

「はい。そこでは護身術も習います。高位貴族の女性も在籍していますよ」

「まあ、そうなんですか」

「せめて攻撃防御実践だけはクリアしてください。そして、どうしても冒険者ギルドの仕事をシーカーの生徒として受けるというのなら、僕に声を掛けてくれますか?」

「……良いのですか?」

「はい。最初は僕が付き添います。ギルドにも話を通すことができますから。ギルドでも安心できる相手と組ませてくれるでしょうが、念のため」

「はい!」

 頑張ります、と張り切って答え、彼女は美味しそうにシウの作ったケーキを食べた。

 ホッとしたらしいマリエッタも食べ始めたが、アビスは小さくシウに頭を下げ、聞こえるか聞こえないかの声で、

「ありがとうございます」

 と礼を伝えてきたのだった。










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6月30日に拙作、

「魔法使いで引きこもり?」の二巻

が発売されます。

よろしければ、書籍の方もよろしくお願い申し上げます。

今回、五万字ほど加筆しております(もちろん修正もしました)。本編ではいろいろあって削っていたシーンを復活させたり、人気者のあの人のことを一般人目線から入れてみたりと盛りだくさんです。

戸部淑先生のイラストが更にパワーアップしてます。フェレスは大きくなって、よりモフモフ度がアップ。他にも大勢のキャラが出てきまして、目の保養になりますです。個人的なイチオシを書きたいのですがそれはまたツイッターなどで呟いてみます。(もう呟いてました)


以下、本屋さんでのご注文に際して必要な情報です。

「魔法使いで引きこもり?2 ~モフモフと学ぶ魔法学校生活~」

出版社: KADOKAWA

ISBN-13: 978-4047352254


どうぞよろしくお願いします。

また、本文最後に宣伝を付け加えるという投稿が続きますが、どうぞお許しいただけましたら幸いです。


そして、とうとうコミカライズ始動です。

yui先生が描いてくれるシウたちの物語をどうぞよろしくお願いします。

https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_MF02200433010000_68/

可愛らしいタッチで描いてくださってて、プロってすごいと思いましたです。ぜひ、ご覧ください!


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。



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