267 堕ちた男
夕方、シウとアントレーネはアロイスの家を辞した。
泊まっていけば良いのにと言われたが、シウたちにはやることがある。
また転移して、離れ家で着替えを済ませると二人して夜の街へ出かけた。
行くのは飲み屋街だ。
「ユーリアって騎士、諦めていないと思う?」
「妻に逃げられたばかりの男ってのは、二通りしかない。泣いて管を巻くか、追いかけるか、だ」
どう考えても諦めてない、という結論である。
「泣いて飲んだくれてるだけなら構やしないがね。酒場ってのは、悪党どもが妙な企みをする場所でもあるんだよ」
「なるほど」
「シウ様を連れて行きたくはないんだけどね」
「僕、もう成人したんだけど?」
アントレーネはそれには答えず、肩を竦めて溜息を漏らしていた。
カミラのことは、ガーディニアも気にしているため早急に調べていた。
あまり使いたくはないが、全方位探索の強化版を使って、更には鑑定魔法を乗せて探す強引技だ。
魔力量計測器も脳内には表示されるため、それはもうすごい勢いで魔力庫から放出されるのが感覚的に分かった。
それでもまだ残っているのだから、改めて魔力庫は恐ろしい。
あまり便利なものに頼っていたら使えなくなった時に困ると思うのだが、やっぱりこうして使っている。
ストッパーのはずのシウがこれだから、どうしようもない。
せめて普段はこういう大技は止めようと、あまり意味がなさそうな節約をしている。
この大技魔法によってカミラの居場所を特定しようとした。が、一向に見付からない。
王都中を探せるように、こっそりと夜に転移であちこち飛んでは全方位探索と鑑定で探し回ったが、ついぞ見付かることはなかった。
これは王都から出ているな、というのがシウの結論だ。
ユーリアのマーキングも外してしまっていたため、まだ王都にいるであろうユーリアの方だけ探し当て、彼を尋問することにした。
本当はロトスも行きたがっていたが、それはアントレーネが大反対で却下。彼女の中では、ロトスはまだ一歳になったばかりの子供なのである。
シウは渋々許された格好だ。
西下地区の、あまり治安が良いとはいえない裏路地を進むと、その飲み屋はあった。
見るからに怪しげで笑ってしまう。
アントレーネは堂々としたもので、炭や土で汚した軽鎧という冒険者姿で先に入った。
シウは駆け出し冒険者風にしてある。イオタ山脈で暮らしていた頃の毛皮のベストはかなり小さくなっていたが、まあ着れないことはなかった。
爺様の大きなものを着るよりはマシだろうと思ってのことだが、アントレーネはどちらを見ても困ったような顔をするだけだった。
「珍しい客だなあ」
「へぇ~。でかい図体の野郎かと思ったら、獣人族の女かよ」
「さっすが、獣人族の女だ。軽鎧が伊達じゃねえ」
威圧感といい、静かに立ち上る戦士職としての強さのようなものが伝わるのか、男たちは難癖を付けるようなことはなかった。
アントレーネも、にやりと笑って相手をしている。
「そりゃそうさ。あたしは戦士職だよ。それより、酒を出しとくれ」
「何がいいんだ?」
「強い酒さ。この店で一番強いのをおくれ」
このくだり、いるのかな? と思ったが、アントレーネも飲みたいだろうしとシウは黙ってついていく。
気配を断っているせいもあり、誰もシウの存在には気付いていない。
酔っているらしい男は「ん?」と眇めたものの、それがどうしたと思ったのか、また酒をあおる。
シウはアントレーネが客たちの視線を集める中、そっとユーリアの様子を窺った。
彼は隅の席で、男たちと何やら密談中だ。彼等にすれば、物珍しい客が入ってきたことなどどうでもいいようだ。そうした騒ぎはいつものことなのだろう。
《感覚転移》で彼等の会話を聞いてみる。
「つまり、その女を探せばいいんだな?」
「ああ。お前はこっちを探せ」
「これは楽そうだ。美人は、目立つ」
「なあ、見付けたら好きにしていいのか?」
「金髪はダメだ。それは俺の妻だからな」
「へっ。逃げられたってわけか」
「余計な詮索はなしだ。お前らだって、調べられたくないことのひとつやふたつ、あるだろう」
「おー、怖い怖い。分かったよ。探して、お前の下に連れてきてやらあ。前金は払えよ」
「ああ」
「だったら、こっちは好きにしていいんだろ」
「お前はそればっかだな」
「当たり前だ。俺は男色家じゃねえんだからな」
「へっ」
「特に、こういう吊り目の生意気そうな女は、好物だ」
紙を見ると、それはシウにも見覚えのある女性の顔が描かれていた。カミラだ。
ユーリアもカミラを探している、ということか。
何かありそうだ。
シウは念話でアントレーネにそれらを伝えた。
すると、お酒の話で盛り上がっていたアントレーネがカウンターから離れた。
どこへ行くんだよと気を良くした男たちに、探し人が見付かったんだよと笑顔で答えている。
皆、不自然には思わないらしい。
アントレーネはこうした場を支配するのが上手いようだ。
歩きながら杯の中身を飲み干し、カウンターの端に置いた。シウはそっと代金プラスを置く。
そこで初めて、マスターがシウの存在に気付いた。目を丸くしていたが、その時にはもう動いていた。
アントレーネは、何かうまそうな儲け話かい? と話しかけて、割り込んでいる。
男たちが胡乱げに見ていたが、威圧を使ったのか、それ以上彼等は言葉を発しなかった。
「あたしにも、儲けさせておくれよ」
にっこりと笑ってユーリアに話しかけるが、その目は笑っていない。
騎士とはいえ、ユーリアは戦争に従事したことのなさそうな名ばかり騎士のようだ。歴戦の強者であったアントレーネの迫力には負けた。
彼女の伸ばした手に腕を取られても、跳ね除けることさえなかった。
ユーリアを連れて外に出る際、彼等のテーブルに銀貨を数枚置いてきた。
だからか、男たちから文句は出なかった。
もっとも、アントレーネの目つきに恐れを抱いていたのかもしれないが。
アントレーネは店の裏までユーリアを連れていった。
彼女がシウを振り返ったので、そこを空間壁で取り囲む。遮音もしているが、認識阻害を重ねがけしているため、誰かが通ったとして気付かないだろう。
「さっきの話、詳しく聞きたいんだけどさ」
「は?」
「あたしらも、そっちの女、探してんだ。で、あんたに関係あるというところまで突き止めてね?」
そっちの女、と言ったところでユーリアがシウの方を見た。シウの手に持つ、男たちから取ってきた姿絵の紙を、見る。シウには気付いていないようだった。認識阻害で曖昧になっているはずである。
「……何故、この女を探してるんだ?」
「無礼討ちの仇ってことじゃあ、理由にならないかね」
「ちっ。あの女、あちこちでやらかしてるのか」
荒んだ様子で答え、以前見た時とはまるで雰囲気の違う下品な笑みを見せた。
「幾ら、出す?」
「あんただって探してるんだろ? 大した情報は持っていないだろうに」
「はっ。タダでは教えられねえな」
「がめついやつだ。よし、金貨一枚やろう」
「金貨一枚か。いや、二枚だ」
「内容によるね」
さあ、さっさと言いな、と続ける。ユーリアの喉がひくっと鳴ったので、また威圧でも掛けたのだろう。
ユーリアは逡巡してから、口を開いた。
「仕えている姫のことは、知っているんだろう?」
「ああ」
「姫に心酔しきっているが、あいつは頭がイカれてる。だから、姫のために色街にでも行って稼いでこいと言ったらすっ飛んでいきやがった。でもあんな性格のやつに色事が務まるわけがない。早々に客をぶち殺そうとしたとかで、揉めたんだよ。で、逃げた。おかげで、こっちにまで手が回ってきたんだ。そのせいで姫まで……」
最後は小声だったが、はっきりと聞こえた。
つまり、逃げたカミラの穴埋めもあって女が必要だったのだ。
そこに飛んで火に入る夏の虫、というわけで、ガーディニアがやって来た。名前を出したのだから関係者だとも思っただろう。店からすれば、こいつを使え、となったわけだ。
なんと間の悪い。アントレーネも呆れたような顔で、シウを振り返った。お互いに肩を竦める。
とにかく、流れは分かった。
アントレーネもひとつ頷いて、ユーリアに向かう。
「金貨一枚だね。さて、それじゃ、もう一人の方の話だ」
「……は?」
「こっちの女の話だよ」
シウの左手にある紙をピッと指で弾いた。そこにはガーディニア、ユーリアからすればヒルデガルドの美しい顔が描かれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます