266 行き先選び




 滋養のある食事を摂り、治癒と浄化を掛けていたこともあってガーディニアは元気になった。

 シウたちはそろそろラトリシアへ戻らなくてはならないが、彼女にとって複雑な場所となるので連れて行くことは考えていない。

 ではどこで生活を立て直すのか。

 一番良いのは、このまま離れ家で暮らしてもらうことだ。しかし、ユーリアたちが王都にいる以上、顔を合わせるかもしれない危険がある。

 スタン爺さんもエミナも訳あり女性を一人匿うぐらいはなんでもないと思っているようだが、赤子のいる家庭にユーリアのような人との出会いは避けるべきだ。

 次に考えたのはベルヘルトとエドラのところだった。年老いた彼等の家に、若い女性の存在は華やかになって明るくなるだろう。なによりも、エドラという女性の優しさに触れることができる。

 しかし、仮にも男爵家だ。

 平民となって生きていくことを決めたガーディニアに、貴族社会と関わることは良くないだろうと思う。

 オスカリウス家は論外だ。

 ロトスやアントレーネは、事情を知らないので「どうして?」と思ったようだった。シウはプライベートな事柄なので言いづらかったが、小声で告げた。知らないまま、ガーディニアを傷つけてもいけないからだ。

「……キリクのこと、好きだったみたいだから」

「あー。そりゃまた、なんつうか」

「へえ。英雄様が好みなのか。……でもだったら、やっぱりシウ様は無理だったんだよ。ね、止めて正解だった。シウ様、シウ様?」

「レーネ、その話はもう止めてやって。追い打ちしなくても、な?」

「え、あ、そうか」

 別段、気にしてはいない。

 気を遣ってもらわなくても、いい。

 シウはツンと顎を上げて、続けた。

「そういうわけだから、オスカリウス家は却下」

「じゃあ、どこに預けるんだ、シウ」

「王都じゃあ、ダメってことだよね。変態騎士がいるんだ」

「変態騎士って! レーネ、それ、いいな!」

「ロトスは妙なところで笑い出すねえ。で、どうするんだい」

「ゲハイムニスドルフはー?」

「ああ、それいいね! あたしは行ってないからどんな村か分からないんだけど、美男美女が多そうだから居心地は良いんじゃないのかい」

 竜人族の里オリーゴロクスは無理だろうというのが、二人の意見だ。

 でも、待ってほしい。

 将来的には恋愛して、結婚相手ができることをシウたちは望んでいるわけだ。彼女の絶望感を覆すためにも。

 ならば。

「ゲハイムニスドルフはなし」

「え、なんでさ」

「寿命の違いで悩むと思うから」

 シウも話していて気付いた。

 これは二人に叱られても当然だった。気軽に、と言われたが、確かに軽々しく考えていた。

 何故ならシウは、たぶん寿命が長くなるはずなのだ。

 それが分かっていながら結婚を申し出るなど、こんなに身勝手なことはない。

「僕もすっかり頭から抜けていたけど、寿命の違いは辛いよね」

 好きになってから判明するのならともかく、お付き合いの前段階で分かっていて黙っているのは不誠実だ。

「あー、そっかあ。そういや、そうだっけ。俺も寿命長いからコロッと忘れてたわ」

「あたしも魔力は高い方だし、人族よりはちょこっと長生きするだろうね。とは言っても、あたしの場合は戦士だからさ。いつ死ぬか分からない。そういうことを考えたことがなかったね」

 二人とも溜息を漏らして、じゃあどうすると頭を抱えた。

 いずれは独り立ちするとしても最初に支える人が必要だ。

 貴族ではなく、それなりに外との交流がないと閉鎖された空間で一般人が生きていくのはつらい。

 考えるだけ考えて、シウはふと、週末に会いに行こうと思っていた相手のことを思い出した。

「……アロイスさんに頼んでみようかな」

「えっ、そこんち、シウの【オタク】仲間がいる家だろ?」

「芸術家って呼んでほしいな。……この間、通信で話したんだけど。アロイスさんが元気になりすぎたのはいいけど、その分お世話するのも大変らしくて。良い人がいないか探してるって言ってたんだ。偏屈だから、なかなか話の合う人がいないってお嫁さんが愚痴を零してたし」

 手紙や通信のやり取りはしていて、年明けに遊びに行く予定も立てていた。

 週末あたりのどこかでと話していたから、少し早めに行って相談しよう。

 思い立ったら即行動だ。

 シウは一人で転移して、ローゼンベルガー家へと向かった。



 彼等はシウの突然の訪問にも喜んで、それから相談という名のお願い事にも喜んだ。

 どうやら本当に困っていたようだ。

 アロイスは悪い人ではないのだが老人特有の頑固さがあり、なおかつ研究肌の偏屈さを併せ持っている。

 今までにやってきたお世話係の人とは尽く喧嘩をして追い出してしまったそうだ。

「しばらくは家事手伝いもできそうにないんですが、構いませんか?」

「ええ。お祖父様の話し相手をしてくれたら、それでいいの。夫も息子も仕事を持っているし、わたしもリマさんも家のことで手一杯なのよね」

 お嫁さんのリマがこれまではアロイスの話し相手をしていたようだ。と言っても、去年の夏までは静かなものだったらしい。だから編み物や子供たちの面倒を見ながらでも良かった。

 ところがシウと出会ってから元気になってしまった。

 甥のテオドアがやっている図書館まで歩いていっては研究をしたり、その内容を延々と話し続けたりするのに、ようは参ってしまったという訳である。

 シウは、ガーディニアの詳細な出自についてはぼかしながら、ある程度を説明した。

 テオドアと、その妻リネーアはなんとなく気付いたような感じではいたが、話し相手としてまずは来てみたらどうかと言ってくれた。

 上手く行けば契約成立だ。

 住み込みでアロイスの面倒を見てもらうとのことだった。

「その間に家事でも仕込みましょうかね」

「できたら、お願いします。その、たぶん、かなり不器用だと思いますが」

「わたしもお母様に鍛えてもらったの。不器用だったわたしができたのだから、大丈夫よ」

 それはどうかなあと思ったが、シウは黙って頷いた。


 アロイスとは新たに発見した古書のことで盛り上がり、学校から帰ってきた子供たちを交えて古代帝国の謎について楽しく語り合った。

 リマが子供たちの面倒をアロイスの傍で見ながらやっていたせいか、小さな子供たちはすでに本好きで、かつ古代帝国に憧れがあるようだった。


 晩ご飯は辞退して、またこっそり転移で戻る。

 ガーディニアの様子を聞けば起き上がって歩くこともできるそうだし、今日は中庭で赤子たちとも遊んだようだった。

 これなら連れて行っても大丈夫かなと判断し、翌日行くことにした。




 風の日、まずはガーディニアを残した全員でオスカリウス家に行った。そこから転移門を使ってラトリシア国ルシエラ王都のブラード家へ向かう。

 もちろんスヴェンを借りて、だ。

 午前中の早い時間に移動を済ませ、カスパルに軽く挨拶だけした後、シウとアントレーネはこっそり《転移》でベリウス家の離れ家へと飛んだ。

 そこから、ガーディニアを連れて転移するのだが。

「隠して運びたいから」

 と説明していたため、昨夜から寝続けている彼女をアントレーネに抱いてもらい、移動した。

 ケントニス街の外れに、だ。

 そこにテントを張って、まずはガーディニアを寝かせる。

 眠り薬ではなく、精神魔法の催眠状態だったので起こすのは簡単だ。薬だと副作用もあるが、魔法はほとんど気分が悪くなることはない。

 ガーディニアもそろりと目を覚まし、ゆっくりと起き上がった。

「荷物扱いで運んだけど、大丈夫かな?」

「ええ。とても飛竜の荷物便で運ばれたとは思えないわ。催眠ってすごいのね」

 シウは、素直に嘘を信じてくれるガーディニアに苦笑を隠しながら、遅めの朝食を勧めた。

「落ち着いたら、街へ入ろうか」

 着替えは夜のうちに済ませていたが、他にも気になることはあるだろう。

 ゆっくりと時間を掛けて過ごしてもらった。



 アロイスとガーディニアは最初はお互いに「?」といった様子で、まあ合わないだろうと思ったらしかった。

 ところが、シウが古代帝国の戦略本を取り出してきたら、どちらも持論を展開し始めた。そのうち意気投合してしまった。

 文字を大事にするアロイスと、戦略に興味のあったガーディニアでは方向性は違うが、どちらも古代帝国については一家言を持つ者同士。

 シウもその気はあるが、より本好き勉強好きの二人は、世代と男女の別を超えて感じるものがあったらしい。

 最後には握手をしていた。


 その不思議な光景にリネーアと息子のネーロ、その妻のリマは唖然としていた。

「シウと同じような人が、いたのねえ」

「俺、アロイス爺様と語り合える人がいるなんて、ついこの間まで考えたこともなかったのに」

「わたしも。大爺様があんなに楽しそうなの、シウ君が来て以来よ。シウ君だけが変だと思ってたけど違ったのね……」

 微妙に失礼なことを言われてる気もしたが、結果良ければそれでよし。

 アロイスなど最後には、

「いかん。お嬢さんが疲れているではないか。お前たち、早く休ませてやりなさい」

 などと言って、自分が論じるのに一生懸命で休ませていなかったのにと、家族から叱責を受けていた。


 何はともあれ少し一段落だ。

 アントレーネも様子を見て大丈夫そうだと判断したのだろう。子供たちの遊び相手にされながらも注意深くガーディニアの様子を見ていたが、ホッと安堵していた。

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