265 新しい名前とダメ出し
ヒルデガルド改め、ガーディニアは、シウたちのやり取りを仲良しのじゃれ合いだと思ったようだ。
顔を上げて微笑ましそうに見つめられてしまった。
(あと、噂に聞いてたのと全然違う!)
(そう? 確かに憑き物が落ちたみたいに、正常だね)
本来の彼女は少しお節介で正義感の強い女性だったから、いずれ元に戻るだろう。
「わたし、平民として生きていきます。そのために最初だけ力を貸してくれますか?」
「そのつもりだよ。……カミラさんのことは僕も気にしておくから」
「いい、の?」
「うん。その代わり、あなたは自分の生活を立て直すことに力を注いで。今のあなたに、他人を助ける力はない。それはもう分かっているよね?」
シウも喋り方を変えた。
彼女はもう貴族のお嬢様ではない。だからこそシウに敬語を使うようになったのだ。助けてくれる相手への敬意として。
「……カミラのことは無謀だったと思ってるわ。それにスタンピードの、アルウェウスでのことは反省しているの。冷静に客観的に考えても、わたしには反論の余地はなかった。治癒魔法が使えるからと思い上がっていた」
「反省しているのなら、それでいいんだ。僕も反省の毎日だよ」
「シウが? まさか。あなたに反省することなんてないでしょう」
彼女に言われるとシウも困ってしまう。
なにしろ女性への扱いの悪さは当時からひどかったのだ。貴族の女性への態度ではないと、怒られたのも当然だと思っている。
「……僕が言うとおかしいかもしれないけど、僕もあなたも互いに悪いように受け取りすぎたね」
「そう、そうね。でもやっぱり、あなたは優しい」
そう言うと、彼女は呟くように小さく、
「あなたのようになりたい」
と口にした。
本当に驚いてしまう。
ロトスも、本物? と念話を飛ばしてくる始末だ。
でも、本当に彼女はヒルデガルド、いやガーディニアなのだ。洗脳もされていない。
数ヶ月の市井での苦労が彼女を変えてしまった。
もちろんその前から、シーカーを退学になった時から、彼女は変わり始めていたのだろうが。
それから、平民になるのなら生き方を考えるべきだと話し合った。
仕事に就くのか、あるいは結婚したいなら、相手を探してみるとも告げた。この世界の女性の生き方として、結婚が就職先というのは普通のことだからだ。
しかし、ガーディニアは首を横に振った。
「正式な婚姻関係はなかったとはいえ、わたしはすでに傷物よ。結婚なんて望めないわ」
そんなことないよ、とシウとロトスが二人がかりで言ったのだが、真面目で身持ちの固い女性ならではの頑なさで首を振られる。
(美人なのに勿体無い~! よし、レーネを呼ぼうぜ)
(荒療治すぎるよ。レーネはレーネなりの恋愛観あるけど、相手構わずだもん)
(……だよなぁ。開放的すぎるよな。この人とは正反対か)
こういう頑ななところは相変わらずだ。
ならば、ユーリアとの関係を受け入れたのは、よほどのことだったに違いない。
それならば性格に大きく影響してしまうのは当然だ。
可哀想にという同情めいた気持ちもあって、シウはつい、彼女に提案していた。
「だったら、僕と結婚します?」
ガーディニアが、「自分みたいな人間と結婚してくれる人なんていない」とまで言い出したので口に出したのだが。
彼女は唖然とした顔でシウを見ているし、隣のロトスは呆けた後、ガツンと本気で頭を叩いてきた。
「いたっ」
「お、おまっ、お前はバカか!」
「え?」
「そ、そんな簡単に、あっさりと!」
「いや、簡単ではないけど。だって、結婚してくれる人がいないって言うんだもん。僕も、結婚相手なんてできないって、みんな言うしさ。だったら、どうかなと思ったんだけど」
「だもんとか、だけどとか、言ってんじゃねー!!」
「ええっ?」
「シウ様? 何を騒いでいるんだい」
アントレーネがやってきた。
すると、ロトスが立ち上がって走り寄り、アントレーネの腕を取って揺さぶった。
「聞いてくれよ、レーネ。こいつったら、また突拍子もないこと言い出して!」
「なんだい?」
「あの子に、僕と結婚します? って気楽に聞いちゃうんだぜ!」
「だから、気楽じゃないってば」
今回のことで、ガーディニアは以前ほどシウに対して怒ってるようでもないし、シウなら紳士に付き合う自信はある。男としての魅力には欠けるだろうが、結婚するからには幸せにする努力をするつもりだった。
シウは決して、からかっているつもりはないので、あまり反対意見を出さないでほしいと思う。
なにしろ、ガーディニアに対して失礼だ。
案の定、彼女は驚いてぽかんとしていた顔を徐々に険しくさせた。
「わっ、わたくしをバカにしてるの!?」
「え。冒険者が申し込んだから?」
「違いますわ! あなた、わたくしのことを嫌っていたでしょう!!」
「いや、嫌ってはないけど」
「嘘よ!」
「いえ。本当に」
「……そう、なの?」
「はい」
「でも、わたし、悪い部分があるわ……」
それは人間なのだから、あるに決まっている。誰だって良いところもあれば悪いところもあるのだ。
「素直で真面目なところがあると思うよ」
反面、それが悪い部分にもなる。
「ただまあ、騙されやすそうだし、思い込みは激しいし、人の言うこと聞いてくれないし、正義感が強すぎるし、空気読めないところは僕以上だと思――」
「シウ、シウ。おい、ヤメロ。もうそのへんで」
「そうだよシウ様。いくらなんでも、ひどい」
止められて、シウはぱくっと口を閉じた。
見ると、ガーディニアがふるふると拳を握って震えている。
怒っているようには見えないが、決して良い感情ではなさそうだ。
だからか、ロトスとアントレーネが二人がかりで彼女を慰めるように語りかけていた。
「あんなやつ、相手にしちゃダメだぜ。分かっただろ? 女心なんて全くワカランチンなんだから。あんた美人なんだし、誰も相手がいないなんてヤケにならず、仕事しながら恋愛できる相手を探しなよ。な?」
「そうだよ。こんなに綺麗な顔なんだ。治癒魔法も使えるんだろ? 仕事も男もよりどりみどりさ。シウ様は人は良いけど、男としてはオススメできそうにないからね。あたしも主のためを思えば、お嬢さんみたいな美人が嫁に来てくれたらって思うけどさ。もうちっと心臓の強い子じゃないと、耐えられないだろうよ。お嬢さんは、そこまでの苦行を背負おうことはない」
女心がワカランチン? 苦行を背負う?
そこまで言わなくても!
と、思ったが、女性に対してスマートに付き合えるかと聞かれても自信はない。
男としての魅力も正直「ある」とは言えない。
妻には尽くすつもりだが、身近にいる二人がここまで言うのなら、やはり自分はどこかが欠けているのだ。
「えーと、とにかく。他に誰もいなければ僕も候補にいるということで、いいかな?」
立候補ぐらいは許してほしい。
いわゆる滑り止めのような気持ちで。
どうだろうか、と不安になりつつ彼女を見たら。
さっきまで肩の力が入って険しかった彼女の顔が、へにょりとなっていた。
「……なんだか気が抜けましたわ。その、ありがとう、シウ。やっぱり優しいのね。でも、あなたこそ平民なのだから好きな人にプロポーズしなければならないわ。そうでしょう?」
「えーと」
「わたくしのこと、嫌いではないと仰ってくれたわね。でも、だから『好き』だということには、ならないわね?」
シウは賢く口を噤んだ。
ガーディニアは小さくふふっと笑うと、だらんとクッションに背中を預けた。そして、天井を眺めながら誰にともなく囁くように告げた。
「誰かに好きになってもらえるような人間に、なるわ」
シウは心の中だけで返事した。大丈夫だよ、と。
まあ、しかしその後。
部屋を出てからロトスとアントレーネには散々怒られた。
安易に結婚を申し出るな。
お付き合いをしてから結婚するかどうかではなかったのか。
アキエラに説教しておきながら気楽すぎる。
誰もいないなら自分が、というようなプロポーズの仕方があるか。
などなど。
極めつけは、女性の性格について、ましてやプロポーズをしたのに悪いところを延々と語るなんて男として最悪だと叱られた。
どれもごもっともなので、はい、と素直に頷いた。
アキエラに安易に結婚相手を見付けるなと言ったのは確かにシウだ。お付き合いをして両親に見てもらうのも大事だ、とも言った。
シウの場合なら後見人はキリクだろう。身近な存在だとロトスやアントレーネ、あとはカスパルだろうか。
確かにいろいろすっ飛ばしてしまったと、シウは反省した。
ただ、念のため確認してみる。
「……お付き合いをしてもいいって言われたら、じゃあ、お付き合いはいいんだよね?」
そういうことだろうと思って聞いてみたのだが。
ロトスがとても残念なものを見るような視線をくれ、シウの肩をぽんと叩いた。
「あれな、断られてるから。分かってないかもしれないけどさ」
「えっ」
「シウ様。あたしも言いづらいんだけど、たぶん、ないと思うよ? 大体、適当すぎるよ。あたしでも、あれはない。もうちょっと女性を褒め称える言葉ぐらいは添えないと」
「レーネにまで言われてやんの」
と、どこまでもダメ出しが続くのであった。
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ツッコミどころあるでしょうが、次回で突っ込まれてるので、しばしお待ちを。
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